接触
埼玉県にある某大学近隣の定食屋。
その店でなぜか天野先輩と二人、定食を食べている。
「このA定食、神と違うか?サックサクの揚げたて唐揚げにシャキシャキの千切りキャベツ。ポテトサラダの味付けも絶妙や。これに大根の味噌汁ついて350円は完璧過ぎるやろ」
「先輩……もう少し静かにしてください」
先輩は食堂のおばちゃんを絶賛し、唐揚げを一個おまけしてもらっていた。
全く、ここに何しにきてると思ってるんだ。
あの夜、先輩は出品者である石田の存在を突き止めた。
まずフリマアプリのアカウント名をキーにして割り出せるSNSアカウントを全て検索した。
それが終わると、各アカウントの共通のフォロー、フォロワーなどを繋げて友達を割り出し、今度は友達のアカウント名をキーにして、先ほどと同じくSNSを洗い出した。
「本人が気ぃつけてても、友達十人おったら一人くらいはザルや。人間関係は鎖やからな。しょぼい輪っかから手繰ればイチコロや」
先輩は手を動かしながら、そんな持論を語った。
そしてその言葉通り、出身高校から大学までフルオープンな人物を見つけた。彼を起点にサークル情報、Facebookアカウントなどさらに調べを進めると、落ち葉の出品者、石田の特定はすぐだった。
流石に自宅住所はわからなかったが、大学の学部や友人関係、行動範囲までは絞り込めたし、ピンボケではあるが顔写真までゲットできたので、あとは本人に話を聞こうと、大学のそばまでやってきたのだった。
「おばちゃん、ほんまに唐揚げの天才やなぁ」
お冷のおかわりを注ぎに来た女性に軽口を叩く。
「やあね、でもありがと。関西出身なの?」
「大阪でもこんな美味い唐揚げ食べたことないわぁ」
そりゃそうだろう。先輩は大阪に行ったことがないと言っていた。
「ところで、最近も石田くんはこの店ようくるんか?」
「あー、石田ちゃんね」
事前の調査で、石田がこの店によく食べに来ることは把握していた。
最近はみんな食べたものの写真を気軽にSNSに上げるが、そこから行動範囲が特定される可能性があると思うと、なんだか怖くなった。
「授業がある時はよく来るけどねぇ。夏休みになってからはボチボチ。でも今日は確か午後からサークルの集まりがあるって……」
そう言いかけたタイミングで、定食屋の引き戸がガラリと開く。
「いらっしゃい!」
そう言っておばちゃんが店の入り口を見る。
ヒョロリとした青白い男性が店に入ってくる。
「石田ちゃん!ちょうど今あんたの話をしてたのよー」
悪意なくそういうおばちゃんに、石田らしき男はさらに顔色を青くした。
「俺の……話?」
そう言うと、俺たちをチラリと見る。
やばい、逃げられるかもしれない。俺が直感的にそう思ったのと同時に、石田は「ごめん、また来るわ」と踵を返した。
同じタイミングで、天野先輩は千円札を一枚テーブルに置く。
「マジで美味かった!お釣りはいらないからまたサービスしてな!」
そう言って店を飛び出していくので、俺も慌てて後を追う。
後には何が起きたのかわからない様子のおばちゃんが残された……と、思う。多分。
店を出て、走る。
走る、走る、走る。
石田の足元はサンダル履きで、時々つんのめっている。
一方こちらはスニーカーだ。走るかもしれんからサンダルはやめとけ、と先輩が言っていた意味がわかった。
定食屋から走ること数分。路地裏に石田を追い詰めると、彼は突然土下座した。
「すんませんでした!マジで!許してください!!」
音量調節を間違えたみたいな声で、石田が叫ぶ。
「ちょ、何?石田くん?」
「命だけはどうか……」
どうやら俺たちを別の誰かと勘違いしているようだ。
天野先輩が石田のそばにしゃがみ込むと、彼はびくりと身を震わせた。
「おおお、俺、殺されるんですか……?」
泣きそうな顔で先輩を見上げる。
なんだか少し可哀想な気持ちになってきた。
「なんか勘違いしとるが、ボクらは石田くんから話を聞きたいだけや」
「話……?」
「そうや、少し落ち着こうか?」
そういうと、先輩は横にあった自販機で水を買い、開けやすいようにキャップを緩めてから、石田に手渡した。
「ボクたち、誓って石田くんを困らせたりしない。むしろ、助けたいんや。原田さんが殺されて驚いてるんやろ?」
「え……?はい。そう、です」
石田は水を一口飲み込むと、やっと落ち着きを取り戻したようだった。
「あのおじいちゃん、まさか殺されるなんて……」
「ボクらも、同じ気持ちや。とりあえず、ファミレスでも入ろか。昼飯食いそびれたやろ」
天野先輩はそういうと、石田を立ち上がるように促した。
◇
ランチタイムは終わりかけで、近くのファミレスは閑散としていた。
集客のメインである大学生たちも夏休みで来ないのだろう。俺たちは奥の四人がけのテーブルに座った。
「好きなもん頼み?」
そう言われて、石田は恐る恐るハンバーグ定食を頼んだ。
恐る恐るの割にガッツリ食べる気である。
俺はコーラ、天野先輩は何故かパフェを頼んだ。あんなに唐揚げ食べた後なのに、この細い体のどこに入るのだろう。
注文を終えると、石田は不安そうに質問した。
「あなたたち、警察ですか?」
「そう見えるん?」
「……見えないです」
なんだそりゃ。
「警察やない」
「じゃあアイツらの仲間?」
「それもちゃうなぁ」
「じゃあなんなんですか?」
確かに、俺たちはなんなんだろう。
「うーん、正義の味方?」
「はあ……」
石田がリアクションに困っている。
なんか、ごめん。
「ボクらは、石田くんの味方や。ほんで、次の『事件』を止めたいと思うとる。そのために、石田くんの情報が必要なんや」
「……わかりました、俺で話せることは、お話しします」
ちょうどそのタイミングで、頼んでいた料理が運ばれて来た。
俺たちは、と言うか石田と天野先輩は、しばし目の前の食べ物を貪った。俺はそんな二人を見ながらコーラを飲んで待っていた。
「じゃあ、聞かせてもらおか」
石田が食べ終わり、ウェイトレスの女性が皿を下げたのを見計らうと、先輩が切り出した。
「まず、あのバイトはどこで見つけたんや?」
アルバイト?どう言うことだろう。
「ネットの求人広告でした。出勤不要で高収入!近隣リサーチの仕事で一件三万円からってあるから、話を聞いてみたくなって……」
「ほんで、応募したん?」
「はい。簡単なアンケートに答えたら、まずは説明会からと言われて。指定された都内の貸し会議室に行きました」
「会議室は何人くらい集まってたん?」
「俺を含めて六人くらいだったような……」
「どんな説明されたんや?」
「……恐ろしい説明会でした」
石田はそう言うと、暗い表情になった。
「詳しく教えてくれるか?」
先輩に聞かれ、石田は小さく頷いた。




