訃報
アパートから戻ると、俺たちはそれぞれの部屋に帰った。
だが、寮の部屋の鍵を開けようとすると、閉めたはずの鍵が開いている。閉め忘れたのだろうか。
しかし……
室内はいつもと変わりない様子だが、日頃から乱雑にしているのでよくわからない。
現金や通帳など、貴重品を確認したが、全て無事だった。空き巣ではなさそうだ。やはり鍵のかけ忘れだろう。不安と疲れから、そう思い込むことにした。
俺はそのまま床に大の字になり、目を瞑った。
だが先ほど見たリストが頭から離れない。あの紙はなんなのだろう。そして最後の数字は何を意味しているのか。俺もこのまま巻き込まれてしまうのか。
そんなことをグルグルと考えていると、部屋のドアがノックされた。
「へーちゃん、今ええか?」
「え?はい」
天野先輩は部屋に入ってくるなり、封筒を俺に手渡した。
「10万円ある。これをあの住所に送れ。冗談で出品しました、ゆうて謝るんや」
「普通郵便で現金送るの、普通にアウトですよ」
「そんなん知っとるけど、綺麗事ゆうてる場合か?他に相手に届く方法ないやろ?」
「……」
「とにかく、落ち葉との関わりを断つんや」
いつになく真剣な天野先輩の様子に、これは本当にやばいことなんだとわかる。
「ありがとうございます。必ず返します」
そう言って受け取ると、先輩は少し表情を緩めた。
「おう、よろしくな。でも身体で返すのはあかんよ。ボク、へーちゃん好みとちゃうし」
「俺も嫌ですよ!」
「こわいこわい、怒らんといて」
ようやく元の調子に戻ると、先輩は自室に戻っていった。
◇
翌日、俺はすぐに例の住所へ金と謝罪の手紙を送った。だが、その後も相手から連絡はなかった。許されたのか、そもそも相手に届いたのかもわからない。だが、ポストに投函してすぐ、俺は落ち葉のことを考えるのをやめた。
そしてすぐに日雇いのバイトを入れた。夏の引越し作業は辛いが、本来お金はこうやって稼ぐものだと思うと、少し安心する自分がいた。
夜になると、先輩の部屋に遊びに行った。先輩も意図的に落ち葉の話題を避けているようで、話に出ることはなかった。
そんな奇妙な平穏を保ったまま、数日が過ぎた。
「なぁ、へーちゃん、これ……」
いつものように先輩の部屋でグダグダしていると、俺にリンクを送ってきた。
開くと、ネットニュースのURLのようだ。
埼玉県で起きた強盗事件を報じていた。
「広域強盗、でしたっけ?最近マジで多いですよね」
「いや、そうやない。この名前、見覚えないか……?」
事件が起きたのは埼玉県のS市。死亡したのは原田正雄さん(74)。自宅に保管していた現金約500万円が奪われた、とある。
「先輩、これ……」
「ああ、あの時の名前や」
先輩はカメラロールを開き、あの日カラオケボックスで撮影した写真を表示した。
「原田正雄……漢字まで同じや」
記事に載っている画質の荒い顔写真が、こちらを見ていた。元々無愛想なのかもしれないが、なんだか睨まれているような気がした。
「俺たちがポストに戻したから……」
「それはちゃうで。戻さんかったら、きっと別の事件が起こっとる」
「でも……」
「気持ちはわかるで。止められたかも、て思うんやろ。ボクも同じや。けどなぁ……」
そこまで言うと、先輩も黙ってしまう。
「警察に言ってみます?」
「なんて?」
「事件の前に、被害者の情報が書かれた紙を見ましたって」
「その紙、どこで見たっていうんや」
「……」
「こっそり他人の郵便物抜いて、封筒開けて、写真撮りましたって言うんか?」
「言いましょうよ。この際体面を気にしてる場合じゃないと思います」
「下手したら仲間やと思われるで?それに警察にチクッたのがバレたらへーちゃんが危ないやろ。命狙われてもええんかいな」
平行線だった。
だが、先輩の意見もわかる。
しばらくして、先輩が口を開いた。
「ほんなら、もう少しだけ時間をくれ。次の落ち葉が落札されるまで」
「どういうことです?」
「原田さんには申し訳ないことしたと思う。でも、今ボクたちが持ってる情報だけじゃ、たぶん次は止められへん。アパートの場所チクったって、送付先変えられて終わりや。だったら次の落ち葉が買われるまで、自分でも調べてみたいんや」
「そこまでに調べても何もわからなければ、一緒に警察に行く。そういうことですね?」
「ああ、約束する」
天野先輩の真剣な表情に、俺は頷くしかなかった。
◇
「で、計画はあるんですか?」
「それなんやけど、次は出品者をあたってみよ思うんや」
「出品者?」
俺が聞き返すと、先輩はスマホの画面を見せた。
「ああ、封筒開けた日にな。嫌な予感したから、原田さんの情報を出品してたアカウントや出品時の情報、念のために全部スクショしてある」
「!!」
「さっき見たらアカウント名とアイコン変えとるみたいや。ま、手遅れなんやけどね」
そう言って、先輩はパソコンを開き、早速調査を始めた。
俺はその背中を見ながら、天野先輩を恐ろしい男だと思った。
そして同時に、この人についていくと、踏み込んではいけない場所に辿り着いてしまうかもしれない。
そんな予感がした。




