第九話 勘違いのヒーローと、場違いな静寂
ずっしりと重い金貨の入った袋を懐に入れ、私は買取屋の薄暗い店先を出た。
白金貨百枚。この世界の物価からすれば、これだけで一介の平民が一生遊んで暮らせるほどの額だ。本来なら、こんな大金を持って表通りを歩くのは不用心極まりないが、私にとっては「少し重い小銭」程度の感覚でしかない。
「……いたのか」
裏路地の角を曲がった瞬間、私は足を止めた。
視覚・聴覚強化をしていなくても分かるほどの殺気。そこには、見るからに質の悪そうな男たちが三人、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて道を塞いでいた。
「おいおい、お嬢ちゃん。あんな店で何を売ったか知らねえが、その懐の膨らみ、ちょっと見せてもらおうか?」
「……どいてくれ。急いでいる」
私は感情を殺したまま、淡々と告げた。
正直、面倒くさい。ここで彼らを相手にすれば、力の制御を誤って路地裏ごと吹き飛ばしてしまう可能性がある。私は心の中で「無、無、無……」と唱え、平常心の維持に努めた。
「はっ! 生意気なガキだ。痛い目を見ないと――」
男がナイフを抜き、一歩踏み出したその時だった。
「そこまでだ、賊共!」
路地の入り口から、凛とした声が響き渡った。
現れたのは、三人の若者たち。
先頭に立つのは、爽やかな金髪の剣士。その隣には、大斧を背負った体格の良い少年と、杖を構えた勝気そうな瞳の少女。
「……誰だ」
「俺たちは冒険者パーティー『青の鼓動』だ! か弱い女の子を寄ってたかって襲うとは、見過ごせないな!」
金髪の剣士が剣を抜き、鮮やかな身のこなしで男たちの前に立ちはだかった。
三人の身なりや立ち振る舞いからは、確かな実力が感じられる。遠隔モニタリングの知識によれば、彼らはまだ十七歳ながらBランクに到達し、近々Aランクへの昇格も確実視されている期待の星たちだ。
「ちっ、冒険者かよ! 逃げるぞ!」
相手が手練れの冒険者だと悟ったのか、男たちは吐き捨てるように言い残し、一目散に逃げ去っていった。
「ふぅ……。大丈夫だったかい、お嬢ちゃん?」
剣を鞘に収め、金髪の剣士が私の方を振り返った。その瞳には、心底から私を心配する光が宿っている。
「……ああ」
「怖かったわよね。でももう安心よ、私たちがいるから」
魔導師の少女が駆け寄ってきて、私の肩に優しく手を置いた。
どうやら彼らには、私が恐怖で固まって声も出せない「か弱い子供」に見えているらしい。実際には、もし彼らが来なければ、私はあの男たちをデコピン一発で壁のシミに変えていたところなのだが。
「こんな危ないところに一人で来ちゃダメだよ。君、名前は?」
「……ユイ」
「ユイちゃんか。いい名前だね。俺はカイル、こっちはボルスとミラだ。君を安全な場所まで送り届けるよ」
カイルと名乗った剣士は、太陽のような眩しい笑顔を向けた。
数年後にはSランク確実と言われるだけあって、その正義感と輝きは本物だ。……本物すぎて、私のような「一億倍の爆弾」を抱えた人間には少し眩しすぎる。
(……助けてもらった手前、無下に断るのも角が立つか)
ここで驚いたり動揺したりしてデバフが切れるのが一番怖い。私は心の中で深く溜息をつき、あくまで「感情の欠落した少女」のフリを続けることにした。
「……感謝する。では、宿屋まで頼む」
こうして私は、期待の若手パーティーに守られながら、意図せぬ形で街の表舞台へと連れ出されることになったのだった。




