第八話 一般人の基準と、黒の剣という名の誤算
店主の叫び声を聞きながら、私は遠隔モニタリングで得た知識と照らし合わせ、脳内で情報のアップデートを行っていた。
この世界の最大ランクはSSSSS。SS以上は『神話クラス』と呼ばれ、歴史の教科書に載るレベルの存在。
ということは、あのちょっとデカい白い犬は、神話クラスの化け物だったというわけか。
「……すまない、少し大げさに言い過ぎた」
頭を抱えていた店主が、深呼吸をしてカウンターに手をついた。
「紅蓮竜や災厄狼のSランク魔石なら、大きなギルドの連中がたまに持ち込んでくるから、うちでもなんとか買い取れる。……だがな、お嬢ちゃん。この純白のデカい魔石、白銀巨獣はSSランク……神話クラスだぞ! こればっかりは王都のオークションにでも出さなきゃ値段がつけられねえ!」
なるほど。どうりで、いつものようにデコピン一発じゃ沈まず、三発くらい連続で叩き込んでようやく倒せたわけだ。
ふと、私は自分の今の設定出力について考えた。
私はこの三年間、常に自分に強烈なデバフ魔法をかけ続けている。一億倍というエラー級のステータスを抑え込むためだが、当然ゼロか百かという極端なものではなく、割合は自由に調整できる。
私が現在設定している出力は、私がモニタリングで観察した『この世界の一般人』の強さだ。
森の中でよく魔物と戦っていた五人組。彼らの動きや筋力を基準にして、「ああ、この世界の人類はこのくらいが標準なんだな」と判断し、自分の出力をそこに合わせたのだ。
しかし、店主の慌てふためく様子を見て、私の中である疑念が確信へと変わった。
(あの全身黒ずくめの五人組……もしかして、一般人じゃなかった……?)
記憶を掘り起こす。そういえば、彼らが街に凱旋した時、周囲の人間が「見ろ、この国で三番目に強いSランクパーティー『黒の剣』だ!」と歓声を上げていたような気がする。
(……やばい。私、一般人とトップ層の冒険者を完全に勘違いしてた)
つまり、今の私の『極限まで力を抑え込んだ最弱状態』は、この国トップクラスのSランク冒険者と同等の強さということになる。
そりゃあ、SSランクの神話クラス相手でも、ちょっと出力を上げるか、デコピンの回数を増やせば倒せるわけだ。
万が一SSSSSランクの魔物が現れたとしても、デバフを全解除して一億倍の力を解放し、世界を滅ぼす必要はない。今の出力からほんの少し、数パーセントだけデバフを緩めれば、神話クラスだろうがなんだろうが消し飛ばせるのだ。
なんだ、私ってば意外と器用に生きていけるじゃないか。
「そうか。なら、その神話クラスの石は持ち帰ろう。当面の生活費が欲しいだけだ。Sランクの魔石を一つだけ買い取ってくれ」
私はあくまで感情を交えず、淡々と告げた。
勘違いに気づいて内心では冷や汗を流していたが、ここで驚いて平常心を失えば、デバフがブレてこの買取所ごと街が消し飛ぶ危険がある。表面上は一片の感情も読み取れない能面を維持した。
「ひ、一つだけでいいのか? それでも白金貨百枚……小さな家が建つ額だぞ」
「構わない。残りはまた金に困った時に売る」
私は純白の魔石と、他の魔石を乱暴に麻袋へ放り込んだ。
店主はヒッと息を呑んだが、私は気にしない。
「わ、わかった。ちょっと待ってな。金庫から金を出してくる……」
震える足取りで奥へ引っ込む店主を見送りながら、私は密かに安堵の息を吐いた。
よし。これでなんとか路頭に迷うことは回避できた。
自分の『一般人の基準』がとんでもなくバグっていることに気づいた異世界デビュー初日。
私はひとまず、手に入れたお金で美味しいご飯を食べるべく、次の目的地を思案し始めた。




