第六話 感情を捨てた少女、数年越しの街デビュー
あれから三年が経過した。
十四歳になった私は、森の奥深くに作った質素なログハウス(手刀で木を伐採して岩をパズルのように組み立てたもの)の丸太椅子に座り、静かに緑茶もどきの薬草湯を啜っていた。
「ふう……」
感情の起伏はない。表情の筋肉は極限まで弛緩し、瞳は深海の如く凪いでいる。
そう、私はこの三年間の過酷なサバイバルを経て、完全に「平常心」をマスターしたのだ。
喜怒哀楽を捨てること。それが、この理不尽なエラー級ステータスを封じ込め、デバフ魔法を常時展開するための唯一の条件だったからだ。
少しでも「やったー!」と喜べば空の彼方へ飛んでいき、「痛っ」と驚けば大地が割れる。そんな爆弾を抱えた生活を強いられれば、嫌でも悟りを開かざるを得ない。
現在の私は、客観的に見れば「常に無表情で、淡々と行動するミステリアスな少女」といったところだろう。内心では過去の自分のアホさにツッコミを入れたくなる時もあるが、表面上は完全に能面だ。
「さて、そろそろ頃合いだな」
私は湯呑み(指先で岩を削り出して作った)を置き、視線を遥か遠くへと向けた。
視力強化、一億倍。
私の目には、ここから数十キロ離れた場所にある城塞都市の様子が、まるで目の前にあるかのようにハッキリと映し出されていた。
さらに聴力強化、一億倍。
街を行き交う人々の話し声、商人の呼び込み、酒場での吟遊詩人の歌声。不要な音をノイズキャンセリングの要領で弾き、必要な情報だけを拾い上げる。
この三年間、私は森から一歩も出ず、この「超長距離遠隔モニタリング」を駆使して異世界の知識を蓄えてきた。
言語の習得はもちろん、貨幣価値、常識、歴史、さらには魔法学校の授業まで盗み聞き(盗み見)して、この世界の基礎知識は完璧に頭に入っている。
街へ行かなかったのは、うっかりデバフが切れて街を地図から消し去ってしまうリスクを極限まで減らすためだ。だが、三年間の修行でメンタルコントロールは完璧に仕上がった。今の私なら、街で転ぼうが、チンピラに絡まれようが、決して心を乱すことなく「無」の境地を保てる自信がある。
「行くか。人間社会へ」
私は立ち上がり、ログハウスを後にした。
服装は遠隔モニタリングで得た知識を元に、魔物の毛皮と繊維系の植物を編み込んで作ったローブだ。見た目は完全に駆け出しの魔法使いである。
一歩一歩、慎重に土を踏みしめて森を歩く。
巨大な熊の魔物が飛び出してきて牙を剥いたが、私は表情一つ変えず、デバフ状態のままそっと指先で魔物の鼻先を弾いた。
パチン、という軽い音と共に、熊の魔物は白目を剥いて轟沈した。
デバフを一億分の一までかけても、元が一億倍なのだから、実質「常人の全力」くらいの力は常に出せる。一般人レベルにまで弱体化してこれなのだから、本当に手に負えない。
「ふむ。デバフの出力調整も完璧だ」
微塵も動揺することなく、私は街へと続く街道を歩き始めた。
目指すは城塞都市。
感情を捨てた(フリをしている)私の、本当の異世界ライフが今度こそ始まるのだ。




