第四十三話 確信犯の限界突破と、責任者の緊急招集
真魔界の空は、私の五千万倍の出力に耐えきれず、まるで割れた鏡のようにバラバラと剥がれ落ち始めていた。
「マジ!? ウチの本気モードが二千万倍で、アンタが五千万倍!? ちょっとそれ、インフレの暴力すぎなんだけど!」
リリスが黄金の魔力を纏ったネイルを振り下ろす。私はそれを人差し指一本で受け止めながら、能面の裏で冷静に現状を分析していた。
(……やはり、この魔界でも五千万倍が限界か。女神ルナの入力ミスで一億倍の身体能力になってからというもの、常にこの『加減』に悩まされてきたが……リリスという強固な測定器を以てしても、世界の器が追いつかない)
私がそんなメタな思考に浸っていると、空の亀裂から虹色の光が溢れ出し、一人の女性が猛スピードで滑り込んできた。
「ストーーップ! ユイさん、マジで止めて! その五千万倍のまま一歩でも踏み込んだら、私が徹夜で作ったこの世界のサーバーが物理的に爆発しちゃうから!」
至高の女神、ルナだ。私のステータスに余計なゼロを八個も付け足した、諸悪の根源である。彼女は着地するなり、私の前に立ちはだかって手を広げた。
「……遅いぞ、ルナ。見ての通り、リリスとの親睦会が佳境なんだ。邪魔をするなら、お前も測定対象にするぞ」
私は能面のまま、指先に込めた五千万倍の力を鎮めずに告げた。もちろん、彼女が「寝ぼけて数値を打ち間違えた」ことは転生した瞬間から把握している。
「脅さないで! 私が悪いのはわかってるから! でも、この世界の物理エンジンじゃ、これ以上の『普通』はシミュレートできないの! ユイさんが求めてる『本気で握手できる大人』は、ここにはもう一人もいないのよ!」
「……知っている。だからこうして、消去法で魔界まで来たんだ。次はどこだ。虚無の深淵か? それとも次元の狭間か?」
私が淡々と問い詰めると、ルナは必死な顔で首を振った。
「どっちも無理! あなたが『準備運動』しただけで消滅しちゃうわ! ……いい、ユイさん。もうこうなったら、私の住む神の領域に来るしかないわ。あそこなら、あなたがどんなに設定ミスの一億倍パワーを振り回しても、周囲がバグることはないの」
「……神の領域か。そこには、私と同じように『女神のミス』で生まれたバグが他にもいるのか?」
「バグって言わないで! ……まあ、似たような規格外はいるわ。あそこなら、あなたがどんなに力を込めて握手しても、笑顔で返してくれる『普通の神様』が山ほどいるんだから!」
私は少しだけ考えた。
この世界で、これ以上「手加減の精度」を競っても意味がない。リリスですら、五千万倍で「遊び」が終わってしまう。
「……リリス。君はどうする。神の領域なら、君の全力もただのギャルのパンチとして扱われるらしいぞ」
「は? 何それ、ウチが雑魚扱いされるってこと? ……マジ受けるんだけど。超面白そうじゃん! 神様たち相手にどこまで通用するか、試してあげようかな!」
リリスは不敵に笑い、私の隣に並んだ。
「……よし。ルナ、案内しろ。神の領域とやらで、ようやく私の『本当の普通』を測定させてもらうことにする」
「わ、わかったわ! 後の片付けは天使たちに任せて、とりあえず避難よ!」
ルナが魔法陣を展開し、私とリリスを光が包み込む。
こうして、私は設定ミスという理不尽を抱えたまま、ついに「普通の大人」を求めて神々の住まう高次元へと旅立つことになった。




