第四十話 封印の守り人と、伝説の高級砂袋
「……カハッ、カハッ! ……よ、よせ、小娘。もうこれ以上、私の身体を『測定』するのは勘弁してくれ……」
百万倍の「握手」で地形を書き換えられた老師が、震える手で地面を這いながら呟いた。
国内一位のアルフレッドは、すでに精神が許容範囲を超えたのか、遠くで「空が綺麗だなぁ」と虚空を見つめて座り込んでいる。
「……困ったな。老師以上の『健康な大人』は、もうこの世界にはいないのか?」
私は能面のまま、ジョッキの炭酸飲料(氷が蒸発してしまった)を飲み干した。
ようやく百万倍という、私の「普通」の一歩手前まで出力を上げられたのだ。ここで測定を止めるのは、あまりにももったいない。
「……ふん。……ないわけではない。……だが、それは『人間』ではないぞ」
老師は覚悟を決めたように、ボロボロの体を引きずって、消失した庵の地下へと続く隠し階段を指差した。
「この地には代々、聖王国の開祖が封印したとされる『古の魔人』が眠っている。……私は、その封印を維持し、万が一の目覚めに備える『守り人』だったのだ」
「……魔人? それは、あなたよりも頑丈なのか?」
「……比べるのも愚かよ。魔力も生命力も、文字通り無限。かつて世界を七日間で灰に変えようとした絶望の化身だ。……だが、貴様なら、あるいは……」
(……無限の生命力! 絶望の化身!)
私の脳内では、その魔人が「いくら叩いても壊れない、最新鋭のデジタル測定器」として変換された。
「……素晴らしい。老師、なぜそれを早く言わなかったんだ。それこそが、私の求めていた『究極の標準』じゃないか」
私は老師の制止も聞かず、地下へと続く階段を音速で駆け下りた。
最深部には、幾重にも張り巡らされた神聖な鎖に繋がれた、巨大な異形の影があった。
その影が、私の気配を察して、ゆっくりと紅い瞳を開く。
「……ククク。数千年ぶりか……。封印を解きに来た愚か者め……。我が名は、終焉を告げる魔人……」
「……私はユイだ。挨拶はいいから、さっそく測定に入らせてもらう」
私は能面のまま、魔人の鼻先に手を伸ばした。
今度の設定は、さらなる高み。
百万倍を超え、ついに「二百万倍」へとダイヤルを回す。
――ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
地下空洞全体が、私の魔圧だけでダイヤモンド並みの硬度まで圧縮される。
魔人は一瞬で勝ち誇ったような笑みを消し、その紅い瞳を驚愕に染めた。
「な……貴様、その力……! 人間ではない! 貴様こそが、真の魔……」
「……動くな。今、デバフの調整中だ」
私は人差し指で、魔人の額を「トン」と突いた。
二百万倍の、親愛の情を込めたタッチ。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
地上で待っていた老師とアルフレッドは、足元から突き上げてきた「惑星が悲鳴を上げるような振動」に、揃って天を仰いだ。
数分後。
ボロボロになった魔人を「引きずりながら」地下から出てきた私は、満足げに鼻を鳴らした。
「……老師。合格だ。この魔人、あなたの二倍は頑丈だよ。二百万倍で小突いても、まだ形を保っている」
「……お、おれの封印していた魔人が……数千年の威厳が……」
魔人は白目を剥いて泡を吹きながら、もはや「封印の鎖」を自分から巻き直そうとしていた。彼にとって、封印されていることこそが、この少女から逃れる唯一の「安全」だと悟ったらしい。
「……よし。明日からは、この魔人を基準に生活を組み立てることにするよ」
私は能面の裏で、ようやく手に入れた「壊れないおもちゃ」への喜びに浸っていた。
聖王国の伝説は、私の「普通」を測定するための道具として、新たな歴史を刻み始めたのだった。




