第三十九話 百万倍の「握手」と、星の悲鳴
「カカッ! まだまだ、まだ拳が止まって見えるぞ、小娘! 命を燃やせ! 理を超えてこい!」
老師がボロボロの木刀を振り回すたびに、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、次元の隙間から漏れ出た光がオーロラのように戦場を包んでいる。
五十万倍の衝撃。それをすべて「受け流し」と「気合」だけで耐えきっている老師は、もはや生物というよりは、戦いの概念そのものに変質しつつあった。
(……信じられない。このおじいちゃん、さっきから一歩も引かないどころか、どんどん動きがキレてきている……!)
私は能面のまま、かつてない高揚感に包まれていた。
アルフレッドの時は「壊さないように」という恐怖が常にあった。だが、この老師なら……この「武の神」なら、私がどれだけ出力を上げても、笑って受け止めてくれる気がする。
(よし……決めた。失礼を承知で、今日この時、私は『手加減』の限界に挑む!)
私は脳内のダイヤルを、ついに最終警告を無視して**「百万倍」**へと回し切った。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
私がその領域に踏み込んだ瞬間、聖王国全土に巨大な地震が発生した。
空の雲は一瞬で消失し、宇宙の星々が昼間だというのに瞬き始める。重力そのものがユイを中心に歪み、周囲のガレキが浮き上がっては粉々に粉砕されていく。
「な、なんだ……空の色が……世界の色が変わった……?」
アルフレッドが、自分の師匠とユイの間に生じた「絶対的な死の領域」を前に、ガタガタと震えながら膝をついた。
「……老師。これは私からの、最大限の敬意と感謝だ。……受けてくれ」
私はゆっくりと、右手を差し出した。
ただの、握手。
だがその掌には、小国を数千回滅ぼして余りあるほどの凝縮された「百万倍」のエネルギーが渦巻いている。
ゴオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!
「カハッ……! 素晴らしい……これだ! これこそが、私が一生をかけて追い求めてきた『究極』の姿……!」
老師は全身の血管が浮き上がり、目からは血の涙を流しながらも、最高の笑顔で私の手を取った。
激突の瞬間。音は消えた。
光すらも、その地点に吸い込まれて消滅した。
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!
一秒後。
聖王国の北側に、巨大な「新しい海」が誕生した。
私たちが立っていた山脈は文字通り消滅し、海水が勢いよく流れ込んでくる。地軸がわずかに傾き、世界中の時計が数秒ズレた。
「……ふぅ。……いい、運動だった」
私は能面のまま、少しだけ肩を回した。
百万倍。ついに一億分の一の力を、人間に向かって放つことができた。
「……はは……ははは……。……勝てん、わ。……技も、理も、関係ない……。……ただの『挨拶』で、星を揺らすか……」
老師は、もはや木刀すら残っていない(原子レベルで消滅した)右手を掲げ、満足げに目を閉じた。
全身はボロボロだが、その魂はかつてないほどに満たされているようだった。
「……老師。合格だ。あなたは今日から、私の『公式ベンチマーク』だ。……これからも、毎日挨拶に来るからな」
「……ま、毎日だと……? ……頼む、アルフレッド……。……明日からは、私の墓に花を供えてくれ……」
老師が冗談めかして(本気で)呟くと、アルフレッドは涙を流しながら深く頷いた。
こうして、私はついに「百万倍」の負荷に耐えうる(ギリギリ死なない)最強の測定器を手に入れた。
(よし、百万倍が安定したなら、次は二百万倍に挑戦してみようかな。……あ、でもその前に、消し飛ばしたおじいちゃんの家の再建を手伝わないと)
私の「普通」への道は、ついに大陸の地形を書き換えるレベルにまで到達したのだった。




