第三十六話 標準の源流と、さらなる高みへの渇望
ボロボロのアルフレッドをセシルの回復魔法(と、私の「お疲れ様」という名の肩叩き)でなんとか立たせた後、私たちは新しく出来た盆地で焚き火を囲んでいた。
「……はぁ。まさか、私が技術以前に『出力』で圧倒される日が来るとはな」
アルフレッドが、折れた聖剣を愛おしそうに磨きながら呟く。
「……謙遜するな。私のトントンを一分も耐えたんだ。君は間違いなく、この世界で最も『健康な成人』の代表だよ」
私は能面のまま、アルフレッドに予備の黒い炭酸飲料を差し出した。
「……健康、か。ユイ、貴様の言う『普通』の基準は相変わらず理解できんが……。一つだけ言っておこう。私の武の理は、まだ完成には程遠い」
「……ほう? 国内一位の君が、まだ完成していないと?」
私はジョッキを口に運ぶ手を止めた。
一万倍の負荷に耐える最強の測定器――アルフレッドが未完成。それはつまり、この世界にはさらに「強固な測定器」が存在するということか。
「ああ。私には師がいる。聖王国の元近衛騎士団長にして、私に剣のいろはを叩き込んだ男だ。純粋な魔力量や筋力ではすでに私が上回っているが……技術、そして『理』の体現において、私はまだ一度も彼を追い抜いたとは言われていない」
(……!!)
私の脳内に、激震が走った。
国内一位のアルフレッドが「子供」扱いされるほどの技術。それはつまり、彼以上に『身体の使い方が上手い』ということ。
身体の使い方が上手いということは、無駄な負荷を逃がし、衝撃を吸収する能力に長けているということだ。
(……素晴らしい。それこそが、私が求めていた『究極の標準モデル』じゃないか!)
アルフレッドが「一万倍」で合格なら、その師匠とやらは「二万倍」、いや「五万倍」の握手にも耐えてくれるかもしれない。
一億倍の力を抱える私にとって、デバフを緩めれば緩めるほど、精神的なストレスは軽減される。より「生きてる実感」が持てるのだ。
「……アルフレッド。その師匠に会わせろ。今すぐにだ」
「……っ!? いや、ユイ、待て。師はすでに隠居して、聖王国の辺境で静かに暮らしているんだ。それに、彼はもう高齢で……」
「……高齢? つまり『熟練の大人』ということだな。ますます興味深い。若さという馬力に頼らず、純粋な『人間の完成度』で君を凌駕しているのなら、それこそが真の標準だ」
(お年寄りを大事にするのは当然だ。挨拶はより丁寧に、そうだな、四万倍くらいの設定で行こうか)
「ユ、ユイちゃん……。その目が『新しいおもちゃを見つけた子供』みたいで怖いんだけど……」
カイルが震えながら口を挟むが、私は無視した。
「……王子。君の師匠なら、私の『全力の挨拶(デバフ調整済み)』を受けても、きっと笑顔で返してくれるはずだ。案内しろ。これは私の『普通』を取り戻すための聖戦なんだ」
「……聖戦の意味が崩壊している気がするが。わかった、そこまで言うなら紹介しよう。だが、手加減だけは……いや、貴様の言う『手加減』が一番信用できんのだがな」
アルフレッドは遠い目をしながら、空になった炭酸の瓶を見つめた。
こうして、私は「健康な大人」のさらに先にある「究極の標準」を求めて、聖王国の隠れ里へと向かうことになった。
(よし、四万倍だ。四万倍の握手。……いや、念のため最初は三万八千倍くらいから様子を見るべきか)
私の脳内シミュレーションは、すでに現役最強を置き去りにして、伝説の老剣士へと向けられていた。




