第三十四話 「苦戦」のゲシュタルト崩壊
「はぁ、はぁ……っ! 信じられん……今の奥義を受け止めて、鼻歌まじりだと……!?」
アルフレッド王子の白銀の剣は、度重なる衝撃で赤く熱を持ち、彼の手からは血が滲んでいる。
周囲の地形はすでになく、私たちはむき出しになった岩盤の上に立っていた。文字通り、山を一つ消し飛ばした後の静寂だ。
対する私は、少しだけ乱れた前髪を指先で整え、能面のまま内心で感動に震えていた。
(……すごい。今のはすごかった。私がちゃんと『構えて』、さらに『踏ん張って』ようやく受け止められた。これは紛れもなく、私の異世界生活で最大の**『苦戦』**だ!)
そう、私の中での苦戦とは、**「棒立ちで耐えられなかったこと」**を指す。
一歩下がってしまった。それは私にとって、世界がひっくり返るような大事件なのだ。
「……王子、あなたはやはり本物だ。私の出力をこれまでの千倍に上げてもなお、あなたを押し切れないなんて(※実際は王子が死ぬ気で踏ん張ってるだけ)。……わかった。私も『本気(のデバフ調整)』で応えよう」
「な……『本気』だと? まだ……まだ余力があるというのか……ッ!」
アルフレッドが絶望に顔を歪める。
私はさらにダイヤルを回す。千倍から、さらに十倍へ。
(よし、ここからは『オリンピック代表』をさらに超えた、**『神話の英雄』**基準だ。彼ならきっと、このステージでも私と楽しく踊ってくれるはず!)
ドォォォォォォォォォンッ!!!
私の身体から、今までの比ではない濃密なプレッシャーが溢れ出した。
足元の岩盤が耐えきれずに砂へと変わり、大気が悲鳴を上げて渦巻く。
「……行くぞ!」
私は地面を蹴った。
今度は「ガード」させる隙も与えない。彼の剣の側面を、人差し指で**「トントン」**と叩く。
私にとっては、リズムを取るような軽い愛撫。
ガガガガガガッ!!!
「ぐ、あああああぁぁぁぁっ!?」
アルフレッドの持つ聖剣が、私の指先が触れるたびに凄まじい火花を散らし、彼の腕の骨を震わせる。
彼は必死に剣を振るが、私の指先の「トントン」を払うことすらできない。
(……ああ、やっぱり苦戦する! 彼の剣筋が鋭すぎて、私の指が空を切ってしまう……! これが、本物の『大人のスピード』なんだ!)
※注:実際にはユイが速すぎて、アルフレッドが止まって見えているのを、ユイが「相手が上手すぎて私の攻撃が当たらない」と逆勘違いしています。
「はぁ……はぁ……。もう……限界だ……」
アルフレッドが膝をついた。剣は折れていないが、彼の魔力は完全に枯渇し、立っているのが不思議なほどの状態だ。
一方、私は少しだけ頬を紅潮させ(興奮で)、満足げに息を吐いた。
「……素晴らしい戦いだった。一分間も私の『トントン』を耐え抜いた人間は、あなたが初めてだ。……アルフレッド、あなたは私の『標準』として合格だ」
「……ご、合格……? 私は、ただ……指先で遊ばれていただけだというのか……」
アルフレッドは力なく笑い、そのまま大の字に倒れ込んだ。
背後で『黄昏の旅団』のメンバーたちが、「王子が……あの全能の王子が、子供の遊び相手のようにあしらわれた……」と、この世の終わりを見たような顔で合掌している。
(ふぅ。いい汗をかいた。これこそが、私が求めていた『まともな運動』だ!)
私は能面の裏で、かつてない達成感に浸っていた。
自分の「普通」が、ついに世界最強を「一分間耐えられる測定器」として認めた瞬間だった。




