第三十三話 最強の「標準」と、初めての微調整
「……『普通の大人』だと?」
聖王国の王子――アルフレッドは、突きつけた白銀の剣を微動だにさせず、低い声で繰り返した。
彼の背後に控える『黄昏の旅団』の面々は、私の一歩で出来たクレーターを見て、武器を構えたまま冷や汗を流している。
「……そうだ。私はずっと探していたんだ。私の握手を耐え、共に『まともな運動』ができる健康な人間を。……あなたのその魔力の輝き、まさに私が求めていた理想のスペックだ」
私は能面のまま、アルフレッドを見つめた。
今までのデバフ設定――つまり「黒の剣(事務職)」基準では、彼を前にしてはあまりにも頼りない。彼の放つプレッシャーは、私の肌をチリチリと焼くほどに濃密だ。
「……面白い。貴様のような底の知れぬ者に『普通』呼ばわりされるのは心外だが……その眼、ただの傲慢ではなさそうだな」
アルフレッドが剣を構え直した。黄金の魔力が彼の全身から噴出し、空が黄金色に染まる。
「『天帝の翼』を退け、ここへ辿り着いたその実力。……聖王国の『武』の誇りに懸けて、私が直々に貴様を査定してやろう。……全力で来い、ユイ!」
「……決闘か。望むところだ」
私は内心で歓喜した。ついに、ついに本気を出せる相手に出会えた!
私は脳内でダイヤルを回す。
(よし、今までの『事務職』設定は破棄だ。彼を基準にした『超一流アスリート』モードへ……。デバフを少し緩めて、出力をこれまでの百倍……いや、千倍に上げる!)
ドォォォォォォォォンッ!!!
私が設定を弄った瞬間、私の周囲の重力が狂い、地面がさらに深く陥没した。
アルフレッドが目を見開く。
「……行くぞ、王子!」
私は地面を蹴った。
今までの「しっ、しっ」とは違う。しっかりと膝を使い、腰を入れ、正しいフォームで放つストレート。
ガキィィィィィィィィンッ!!!
アルフレッドの白銀の剣と私の拳が激突した。
凄まじい衝撃波が山脈を駆け抜け、雲が円形に吹き飛ぶ。
「……くっ!? なんだ、この重さは……!」
アルフレッドが初めて歯を食いしばり、数メートル後退した。
だが、彼は倒れない。それどころか、即座に姿勢を立て直し、神速の連撃を繰り出してくる。
(……速い! 私が目で追って、ちゃんと『ガード』しなきゃいけないなんて!)
私は驚愕した。
これまでの敵は、私が止まっているだけで勝手に自滅するか、デコピン一発で終わっていた。だが、アルフレッドの剣は、私のガードをすり抜けようと鋭く変化し、私の急所を的確に狙ってくる。
(……すごい。これが『大人』の力……! 腕が少しジンジンする……!)
実際には、私の腕には傷一つ付いていないし、彼の方が全力で剣を振るたびに反動で全身の筋肉を悲鳴させせているのだが、ユイの主観では**「初めてまともに押し返されている」**という感覚だった。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
アルフレッドの奥義、聖王流・極意が炸裂する。
私は初めて、両手を使ってその一撃を受け止めた。
ズドォォォォォォォォォンッ!!!
衝撃で二人の周囲の地形が完全に消失し、巨大な盆地が出来上がった。
私は数歩、後ろに下がった。
(……苦戦、している。私、今、すごく頑張って戦ってる!)
能面の裏側で、私はかつてない興奮に震えていた。
「黒の剣」の時はあくびを噛み殺していたが、今は違う。しっかりと呼吸を整え、相手の動きを読み、次の手を考える必要がある。
「……ふぅ。……素晴らしいな。やはりあなたは、私の理想の『標準』だ」
「……はぁ、はぁ……。……貴様、今の……今のを耐えて、まだ無傷だと……? これが……『普通』だと……!?」
アルフレッドは肩で息をしながら、折れそうになる心を必死に支えていた。
彼からすれば、国家滅亡級の奥義を放ったのに、目の前の少女は服に埃がついた程度で「いい運動ですね」と言わんばかりの顔をしているのだ。
(よし、もう少しだけデバフを緩めてもいいかもしれない。この人なら、きっと耐えてくれる……!)
私の「普通」への挑戦は、ついに真の最高峰へと足を踏み入れたのだった。




