第三十一話 歴史の差異と、納得の「事務職」理論
ギルドの喧騒が遠のいた後、私はカイルたち、そしてなぜか居座っているレオンとエリスと共に、酒場の奥で資料を広げていた。
「いいかいユイちゃん。この王国はね、古くから部族間の対話や交易で発展してきたんだ。武力で他者をねじ伏せる必要がなかったから、兵士も冒険者も、基本的には『守るための力』があれば十分だったのさ」
カイルがこの国の歴史を丁寧に教えてくれた。
隣でレオンが「まあ、悪く言えば平和ボケだな」と自嘲気味に笑い、エリスも溜息をつく。
「……対して、セラフィナ様たちの故郷である聖王国は、常に外敵と戦い、『武』を国の誉れとしてきた歴史があるわ。あそこの王族や騎士団は、生まれた瞬間から戦うための英才教育を施される……。この国の人間とは、そもそも鍛え方の年季が違うのよ」
(なるほど。ようやく謎が解けた)
私はジョッキを置き、能面のまま深く頷いた。
(つまり、この国の人たちは『ホワイトカラーの事務職』なんだ。対して聖王国の人たちは、プロの『オリンピック選手』集団。そりゃあ、事務仕事をしてる人にいきなり100メートル走で勝てと言っても無理な話だ)
私の脳内では、カイルたちが「ひ弱なデスクワーカー」、セラフィナたちが「健康的なアスリート」として完全に分類された。そして、まだ見ぬ1位の王子様は、そのアスリートたちの頂点に立つ「世界記録保持者」ということになる。
「……納得した。カイル、君たちが悪いわけではないんだな。ただ、この国の文化が『運動不足』を推奨していただけなんだ」
「……運動不足?」
カイルが困惑した顔をする。
「……気にするな。つまり、聖王国の王子……その1位の男こそが、私が目指すべき『完成された大人の標準スペック』だということだ。アスリートを基準にすれば、私のデバフ調整もようやく安定するはずだ」
(プロ選手なら、私の『ちょっと強めの握手』でも、骨が粉砕されずに済むかもしれない……!)
私は希望に満ちた(無表情な)目で、聖王国の歴史書を見つめた。
「いや、ユイちゃん。王子はアスリートっていうか、一撃で城壁を消し飛ばすような怪物……」
「……カイル。それはこの国の『事務職基準』で測るからそう見えるだけだ。プロなら城壁の一つや二つ、挨拶代わりに消せるのが『普通』なんだろう?」
「……もうダメだ、話が通じない」
カイルがテーブルに突っ伏した。
その時、ギルドの掲示板の前にいた冒険者たちが騒ぎ始めた。
「おい、見ろ! 聖王国との国境付近に、正体不明の巨大な魔力反応が出たってよ! ギルドから緊急の調査依頼が出てるぞ!」
「……魔力反応?」
私はジョッキを置いた。
もしかしたら、その「正体不明の反応」とやらが、1位の王子様……私の新しい「物差し」に関係しているかもしれない。
「……カイル、行くぞ。この国の『運動不足』を解消するチャンスかもしれない」
「どんな解消法だよ! 死ぬわ!」
ツッコミを入れるカイルを無視して、私は「標準的な大人」への期待を胸に、席を立った。




