第三十話 亡国の主従と、ズレた「ロイヤル・基準」
ギルドの片隅で、セラフィナは震える手で聖水(のような高級ハーブティー)を啜っていた。
彼女の背後に控える魔導師と聖女も、完全に意気消沈している。国内2位のプライドは、14歳の少女の「しっ、しっ」と「挨拶のタッチ」によって、微塵も残っていなかった。
「……セラフィナ様、大丈夫ですか?」
エリスがおずおずと声をかける。彼女にとってセラフィナは、かつての隣国――今は亡き聖王国の気高き騎士としての憧れの対象でもあったのだ。
「……ええ。障壁は修復できるわ。だが、私の心の平穏は当分戻りそうにないわね……」
セラフィナは遠い目をして、窓の外を眺めた。
彼女たちが冒険者になったのには理由がある。かつて仕えていた聖王国の王子――非道な独裁者だった両親が謀反で倒された際、民に慕われていた彼だけは「追放」という形で命を救われた。セラフィナたちは、その「心優しき主君」を守り抜くために、共に国を捨て、冒険者としてその身を隠しながら彼を支え続けてきたのだ。
その王子こそが、現在ランキング1位に君臨する『黄昏の旅団』のリーダー。
「……ユイ。あの方……私たちの主だけは、貴女のような『規格外』とも対等に渡り合えるかもしれないわ」
セラフィナが、絞り出すように言った。
「……ほう。主、か」
私はジョッキに残った氷をガリリと噛み砕き、能面のまま聞き返した。
「……その人は、王族だったんだろう? なら、食事もトレーニングも、国で一番いいものを受けてきたはずだ」
(……間違いない。王族といえば、この世界で最も『高品質な栄養』と『英才教育』を詰め込まれた存在だ。その人が1位なら、それこそがこの世界の『真の成人男性の標準スペック』に違いない!)
私の脳内では、1位のリーダーのイメージが「筋骨隆々で、私の握手を笑顔で跳ね返す超合金のような紳士」へと変換されていた。
「……興味深いな。その王子なら、私の『普通』を理解してくれるかもしれない」
私がそう呟くと、カイルたちが「また始まったよ……」という顔で天を仰いだ。
「ユイちゃん、王族ってのは『普通』とは一番遠い存在なんだよ……?」
「……いや、カイル。それは違う。最高の教育を受けた者こそが、人類の『完成形』……つまり、目指すべき『標準』なんだ。レオンやエリスのような『栄養失調ぎみの子供』を基準にしていた私が間違っていたんだよ」
「俺たち、栄養失調だったのか……」
レオンが隅っこで膝を抱えて凹み始めた。
「……セラフィナ。その王子はどこにいる。早く会わせてくれ。私のデバフが、彼を基準に設定し直されるのを待っているんだ」
私がセラフィナの肩を、期待に胸を膨らませて(無表情で)掴もうとした。
セラフィナは「ひっ」と短い悲鳴を上げて、光の速さで身をかわした。
「い、今は任務で遠出しているわ! 戻ってきたら……ああ、神よ、どうか我が主に慈悲を……!」
セラフィナは祈りながら、逃げるようにギルドを飛び出していった。
どうやら1位の王子様も、ユイにとっては「ようやく見つけた頑丈そうな測定器」程度にしか思われていないらしい。
カイルたち『青の鼓動』、そしてエリスとレオン。
ユイの「普通」への渇望が、ついにこの国の頂点へと向けられた瞬間だった。




