第二十八話 神の如き翼と、ようやく見つけた「標準」
訓練場での模擬戦を終え、ボロボロのギルド(の壁)に戻ってきた私たちは、異様な光景を目の当たりにした。
いつもは騒がしい冒険者たちが、まるで彫像のように静まり返っている。
ギルドの入り口から受付へと続くレッドカーペット(そんなものはないはずだが、そう見える)を歩む、三人の男女。
「……嘘だろ。あの方たちが、なぜこんな辺境の街に……」
レオンの声が震えている。隣のエリスは、もはや膝が笑うのを通り越して、直立不動で敬礼に近い姿勢をとっていた。
国内第2位。通称『神の代理人』。
Sランクパーティー、『天帝の翼』。
先頭を歩くのは、純白の鎧に身を包んだ、燃えるような紅い髪の女性騎士。
背後には、巨大な魔導書を宙に浮かせた沈着冷静そうな魔術師の青年と、身の丈を超える聖杖を携えた聖女。
彼らから放たれるプレッシャーは、レオンやエリスのそれとは根源的に異なっていた。
「……!」
私は無意識に、一億倍の視覚強化を最大稼働させた。
私の瞳には、彼らの体内で渦巻く魔力の奔流が、黄金のオーラとなってはっきりと映し出された。
(……すごい。レオンやエリスの魔力が『小川』だとしたら、あの人たちは『大河』だ。筋肉の密度も、神経の反応速度も、今までの人たちとは桁が二つは違う)
私は能面の裏で、猛烈な感動に震えていた。
(やっと……やっと見つけた! あの人たちこそが、この世界の本当の『大人』の基準なんだ! 今まで私が『一般人』だと思っていたレオンたちは、たぶんこの世界では『成長途中の子供』か、極端に栄養状態の悪い人たちだったんだ!)
国内2位という肩書きを、私は「この世界で2番目に健康的な成人」という意味だと勝手に脳内変換した。
となると、さらに上にいるという1位の『黄昏の旅団』が、この世界の「完全なる標準体型」ということになる。
「…………止まれ」
不意に、紅髪の女騎士――リーダーのセラフィナが足を止めた。
彼女の鋭い視線が、ギルドの隅で黒い炭酸飲料のジョッキを握りしめている私に向けられる。
ギルド内の温度が数度下がったかのような錯覚。
カイルたちは泡を吹いて卒倒しかけ、セシルは「あ、神様……お姉様……さようなら……」と今度こそ昇天しかけている。
セラフィナはゆっくりと私に歩み寄り、至近距離で立ち止まった。
彼女の黄金の瞳が、私の能面のような顔をじっと覗き込む。
「……貴様。なぜ、跪かない」
鈴を転がすような、だが絶対的な権威を感じさせる声。
私はジョッキをゆっくりと口から離し、背筋を伸ばして彼女を見つめ返した。
(よし、失礼のないように。この人は『標準的な大人』なんだ。子供が大人に挨拶するのは当たり前だよね)
「……こんにちは。いい鎧だな。手入れが行き届いている」
「…………っ!?」
背後でレオンとエリスが「言っちゃったぁぁぁ!!」という顔で頭を抱えた。
だが、私は止まらない。礼儀正しく、かつ親しみやすく。それが私のモットーだ。
「……私はユイだ。新人のAランクだ。あなたのその漲る生命力、とても参考になる。この世界にも、あなたのように『ちゃんと育った』人がいて安心した」
私は純粋な尊敬を込めて、彼女の手に自分の手を添えようとした。
――もちろん、最新の基準である「セラフィナの強さの百分の一」くらいにデバフを調整した、究極のソフトタッチで。
ピシィィィィィンッ!!
私が彼女の手甲に指先を触れた瞬間、セラフィナが纏っていた最高位の防御結界――SSランクの魔物すら寄せ付けない『聖域』が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
「………………は?」
セラフィナの、常に凛としていた顔が、初めて驚愕に歪んだ。
後ろの魔術師と聖女も、持っていた道具を床に落として固まっている。
(あ、あれ? また壊しちゃった? おかしいな、セラフィナさんの魔力の密度の百分の一にしたはずなのに……。もしかして、彼女もまだ『虚弱体質』の部類なのかな……?)
私の「標準」への探求は、またしても迷宮入りしかけていた。
一方、セラフィナの脳内では、『天帝の翼』のリーダーとしてのプライドが、目の前の少女への「根源的な恐怖」に上書きされようとしていた。




