第ニ十七話 最高峰の激突と、さらなる怪物たちの影
訓練場に刻まれた深さ数メートルの運河と、空に浮かぶキノコ雲。
惨憺たる有様の中、レオンは折れそうになる心を必死に支え、地面に転がった大剣を拾い上げた。
……いいかレオン、落ち着け。あのお嬢ちゃんは、どこかの暗部が育て上げた『戦略兵器』か何かなんだ。俺たちの常識で測ってはいけない。
自分にそう言い聞かせ、レオンは隣で泡を吹いているエリスの背中を叩いた。
「おい、起きろエリス。新人の前でいつまで無様な姿を見せてる」
「……はっ!? 私、死んだんじゃなくて……?」
エリスが正気を取り戻すと、レオンはカイルたち、そして私の方を向いて宣言した。
「ユイ。さっきの破壊……いや、基本の再現は見事だった。だが、力任せでは本物の強者には勝てん。今から俺とエリスで模擬戦を見せてやる。目で見て、盗んでみろ」
「……わかった。参考にさせてもらう」
私は能面のまま、手元にあった黒い炭酸飲料を飲み干した。
Sランク三位のレオンと、実質Sランクの実力を持つエリス。この二人が本気でぶつかり合えば、間違いなくこの世界の『最高峰の基準』が手に入るはずだ。私は一億倍の視覚強化を密かに発動し、彼らの一挙手一投足を逃さないよう身構えた。
「行くわよ、レオン。……バースト・エンチャント!」
「ああ。来い、エリス!」
二人の体が同時に弾けた。
常人の目には、もはや残像すら見えないだろう。カイルたちは「速すぎる……」と絶句している。
だが、私からすれば「ああ、少し足の速い大人が全力疾走してるな」くらいの感覚だ。
ガキィィィィィンッ!!
中央で大剣と、魔力を纏った細剣が激突し、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
レオンの重い一撃を、エリスは魔法を巧みに使って受け流し、即座にカウンターの火炎を叩き込む。
レオンはその火炎を剣圧だけで消し飛ばし、さらに追撃の斬撃を繰り出す。
(ふむふむ。レオンの筋力と、エリスの魔力……。多少の差はあるけど、ほとんど誤差の範囲内だ。この二人が、この世界における『最強に近い一般人』の基準なんだな)
私は二人の動きを脳内で数値化し、自分のデバフ設定を微調整した。
彼ら二人の平均を1とすると、さっきの私のデコピンはだいたい0.8くらいだったはず。……あれ? なのに、なんであんなに地形が変わっちゃったんだろう。私の『1』と、この世界の『1』、何かが根本的に噛み合っていない気がする。
模擬戦は数分間続き、最後は二人が互いの武器を喉元に突きつけた状態で止まった。
「……ふう。相変わらず、あんたの魔法剣は厄介ね」
「そっちこそ、その魔力量でよく細剣を振り回せるもんだ」
肩で息をしながら、二人は互いの健闘を称え合った。
エリスは私の視線に気づくと、少しだけ自嘲気味に笑って、北の空を指差した。
「……どう、参考になったかしら。でも勘違いしないでね。私たちくらいのレベルは、この世界じゃまだ『人間』の範疇なのよ」
「……と言うと?」
「本当の化け物……1位の『黄昏の旅団』と、2位の『天帝の翼』。あの連中だけは別格よ。レオンや私を五人束にしても、指一本で捻り潰されるわ」
(えっ。……指一本で?)
私は内心で衝撃を受けた。
今の模擬戦を見ても、この二人は十分に超人だ。それを指一本で捻り潰す存在が、さらに上に二組もいるのか。
ということは、私が「黒の剣」を基準にしていたのは、まだ甘かったということになる。
(危ないところだった。やっぱり、世界は広い。もっと、もっとデバフを慎重に扱わないと……。もしその1位や2位の連中と出会ったら、今の私のデバフじゃ一瞬で負けてしまうかもしれない)
私の「普通」への探求道は、さらに険しいものになった。
ちなみに、模擬戦の余波で訓練場の端っこまで転がっていったセシルは、涙目で自分の服を直していたが、やはりレオンもエリスも、そして私も気づくことはなかった。




