第二十四話 勘違いの源流と、すれ違う「普通」
ヒュドラを「しっ、しっ」と追い払って(消滅させて)からの帰り道。
湿地帯を抜けた街道で、私たちはその集団と出くわした。
全員が漆黒の装備を身にまとい、ただ歩いているだけなのに周囲の空気を重く沈ませる五人組。
「……あ」
私は思わず声を漏らした。
見覚えがある。あの三年間、森の中で修行(という名のメンタル管理)をしていた時、遠隔モニタリングで一番よく観察していた「近所の人たち」だ。
彼らの動き、筋肉の密度、魔力の流し方を完璧にトレースして、私は自分の身体能力を一億分の一に調整した。いわば、私の「普通」の生みの親である。
「お、おい……嘘だろ……」
カイルが、ヒュドラの時よりも青ざめた顔で立ち止まった。
ミラとボルスは武器を構えることすら忘れ、セシルにいたっては「あ、もうダメです、天国が見えます」と白目を剥いて祈り始めている。
「……どうした。知り合いか?」
「し、知り合いなわけないだろ! 見ろ、あの紋章……! この国で三番目に強いSランクパーティー『黒の剣』だぞ!」
カイルが震える声で教えてくれた。
Sランク……三番目……。
(……えっ?)
私は内心で激しく動揺した。
だって、彼らは私が森にいた頃、その辺の道端でよく焚き火を囲んで「今日も手こずったな」とか言いながら、普通のイノシシ(※ユイ視点。実際はSランク魔獣)を焼いて食べていたじゃないか。
「……あの方々は、歩く天変地異と呼ばれているのよ。一人が一国に匹敵する戦力だって言われてる……」
ミラの補足を聞きながら、私は冷や汗を流した。
つまり、私が「これが平均的な人類なんだな」と思って合わせていたステータスは、人類上位0.0001%くらいの異常者たちのものだったということだ。
道理で、私が「一般人(黒の剣)の半分くらい」に出力を落としても、Aランクの測定水晶が粉々になるわけである。
「黒の剣」のリーダーらしき、大剣を背負った男がこちらを向いた。
その鋭い眼光は、すれ違う者すべてを威圧する。カイルたちは蛇に睨まれた蛙のように硬直しているが、私からすれば「あ、近所の野良猫と目が合ったな」くらいの感覚だ。
私はいつもの能面で、すれ違いざまに軽く会釈をした。
「……お疲れ様だ。いい天気だな」
「…………」
黒の剣の五人が、一斉に足を止めた。
リーダーの男が、信じられないものを見るような目で私を見つめている。
(……やばい。気さくに挨拶しすぎたかな。一般人だと思ってたから……)
数秒の、心臓が止まるような沈黙。
やがてリーダーの男は、額に一筋の汗を流しながら、掠れた声でこう言った。
「……ああ。いい天気、だな……。……嬢ちゃん、あんた、どこの所属だ?」
「……ただの、Aランク新人だ。これでも急いでいるのでな」
私はそれだけ言うと、固まっているカイルたちの服を引っ張って、足早にその場を去った。
背後から、「おい、今の見たか……? あのガキ、俺たちのプレッシャーを完全に無視して……」「ああ、底が見えねえ。……あれが『新人』だと?」という戦慄したような囁きが聞こえてきたが、私はあえて無視した。
「ユ、ユイちゃん……今、自分から黒の剣に話しかけたよね……?」
カイルが、腰が抜けそうになりながら私を支えてくる。
「……挨拶は基本だと、昔教わった」
私はそう言いながら、黒い炭酸飲料を煽った。
自分の「普通」が、この国の「頂点」に近い場所にあったことを確信した、十四歳の初夏。
私は、もう少しだけデバフの出力を下げるべきか、真剣に悩み始めていた。




