第二十三話 新メンバーと、過剰すぎる「安全圏」
エリスの妹・セシルが加わり、カイルたちはさらにやる気に満ち溢れていた。
エリスと護衛騎士による地獄の特訓(※ユイへの恐怖からくる超熱血指導)のおかげで、三人の実力はAランク上位に片足を突っ込むレベルまで引き上げられている。
「よし、新体制での初依頼だ。北の湿地帯に現れた『ヒュドラ』の討伐。ユイちゃん、今度こそ俺たちが君をしっかり守ってみせるよ!」
カイルが爽やかに笑い、新調した剣を掲げる。
新メンバーのセシルは、姉のエリスから「あの方の機嫌を損ねたらこの国が終わると思って仕えなさい」と遺言のようなアドバイスを受けているらしく、私の後ろで小刻みに震えながら回復魔法の待機をしていた。
(……ヒュドラか。首がたくさんある大きなヘビだよね。モニタリングでは見たことあるけど、実物は初めてだな)
私はいつもの能面のまま、懐から例の黒い炭酸飲料を取り出し、喉を鳴らした。
湿地帯に到着すると、そこには巨大な九つの頭を持つ大蛇、ヒュドラが威圧感たっぷりにのたうっていた。
「来るぞ! ボルス、前へ! ミラ、火属性の魔法を準備して! セシル、ユイちゃんの安全確保を最優先に!」
カイルの指示が飛ぶ。
(ふむ、みんな動きが良くなってる。これなら私は本当にお菓子でも食べてて良さそう……)
私がのんびりと湿地の岩に腰を下ろそうとした、その時。
ヒュドラの一つの頭が、私の存在に気づき、猛烈な勢いで噛みついてきた。
「ユイちゃん!!」
カイルたちが悲鳴を上げる。セシルにいたっては「世界の終わりだわぁぁ!」と絶叫している。
(……あ、危ない)
私は反射的に、目の前に迫ったヒュドラの鼻先を、人差し指の先で**「しっ、しっ」**と追い払うように軽く振った。
本当に、ハエを追い払う程度の、ごくごく微細な力。
ズドドドドォォォォォンッ!!!
「……え?」
私の指先が空気を叩いた瞬間、そこから生じた指向性の真空波がヒュドラの九つの頭をまとめて直撃。
頭どころか、背後の湿地帯の泥水が数キロメートル先まで一直線に吹き飛び、巨大な「水の道」が出来上がった。ヒュドラだったものは、もはや細胞の一欠片も残っておらず、ただ綺麗なV字型の溝が大地に刻まれているだけだった。
「…………」
静まり返る湿地帯。
カイルたちは構えた武器をそのままに、呆然と立ち尽くしている。
セシルはもはや恐怖を通り越して、私に向かって五体投地で祈り始めていた。
(……あ。いけない。追い払うだけにするつもりが、ちょっとだけ指にスナップを利かせすぎちゃったかも)
私は心の中で冷や汗を流したが、表面上はどこまでも冷徹な「伝説の始末屋」の顔をキープした。
「……獲物が、脆すぎた。掃除の手間が省けたな」
私がポツリと呟くと、カイルがガクガクと震えながら口を開いた。
「あ、ああ……そうか、ユイちゃん。君、俺たちの修行の成果を見せるために、あえてギリギリまで引きつけてから『一瞬で浄化』してくれたんだね……。なんて深い教育的配慮なんだ……」
(いや、ただの反射なんだけど)
「お姉様の言った通りだわ……。あの方は神……いえ、破壊を司る慈愛の女神様だわ……!」
セシルが涙を流しながら信者化している。
こうして、新体制初の依頼は、私の「しっ、しっ」というジェスチャー一つで、文字通りチリ一つ残さず終了したのだった。




