第二十一話 高飛車令嬢の洗礼と、見えてしまった深淵
祝賀会という名目で、私は心ゆくまであの黒くて甘い炭酸飲料を堪能していた。
カイルたちはAランク昇格の興奮冷めやらぬ様子で、これからの展望を熱く語り合っている。
「あら、ずいぶんと騒がしいこと。たかがAランクに上がったくらいで浮かれているなんて、これだから成り上がりは困るわ」
不意に、優雅だが棘のある声が酒場の空気を切り裂いた。
振り返ると、縦ロールの金髪に豪奢なドレスアーマーをまとった、いかにも高飛車な令嬢が立っていた。後ろには護衛らしき手練れの冒険者を二人従えている。
「貴女は……白百合の剣のエリス嬢!」
カイルが驚いたように声を上げた。
遠隔モニタリングの記憶を探る。エリス。この国で長年トップAランクに君臨し続ける実力者だ。
しかし、私の目から見れば彼女の魔力量と身体能力は、どう低く見積もってもSランク相当はある。なぜ昇格しないのか不思議に思っていた人物だ。
エリスは扇子を広げ、カイルたちと、そして私を鼻で笑った。
「運良く盗賊団を捕まえたくらいで調子に乗らないことね。それに、そこの小娘。ギルドマスターの気まぐれか知らないけれど、特例Aランクですって? 私たちAランクの品位が下がるわ」
「エリス嬢、ユイちゃんを侮辱するのはやめていただきたい!」
カイルが立ち上がり、ボルスとミラも険しい顔でエリスを睨む。すっかり私の保護者気取りだ。
「ふん、現実を教えてあげるわ。私がなぜSランクに上がらないか分かる? 上位Sランクの連中は、理を外れた本物の『化け物』だからよ。彼らと同じ土俵に立てば、命がいくつあっても足りない。私は自分の身の丈を完璧に理解しているの。あなたたちみたいな勘違いしたヒヨッコとは違うのよ」
エリスはそう言うと、威圧するように己の魔力を解放した。
酒場の空気がビリビリと震え、一般の冒険者たちが息を呑む。確かに、並のAランクならこれだけで膝をつくほどの濃密なプレッシャーだ。
(へえ、なるほど。この人も上には上がいるって知ってるから、あえて目立たないようにしてるのか。私と同じじゃん。気が合いそうだな)
私はすっかり親近感を覚え、エリスに同意の意を示すべく、手に持っていたジョッキをテーブルに置き、彼女に向かって軽く会釈をした。
コツン。
ジョッキを置いた瞬間だった。
私の「無意識の親愛の情」がほんのわずかにデバフを緩めてしまったらしく、ジョッキの底から波紋のように広がった微小な衝撃波が、エリスの放っていた魔力のプレッシャーをチリ一つ残さず『相殺(物理)』してしまったのだ。
「……え?」
エリスの顔から、スッと血の気が引いた。
カイルたちや周りの人間には、ただ私がジョッキを置いたようにしか見えていない。
だが、Sランク相当の実力と、強者を見極める鋭い嗅覚を持つエリスだけには「見えて」しまったのだ。
自分が全力で放った魔力のオーラが、この無表情な少女の「ただジョッキを置く」という動作から漏れ出た異常な密度のエネルギーによって、一瞬で空間ごと喰い破られたことを。
エリスの縦ロールが、恐怖でブルブルと震え始めた。
彼女は自分の身の丈を知っている。だからこそ、目の前にいる少女が、自分が絶対に近づいてはいけない『理を外れた本物の化け物』だと一瞬で理解してしまったのだ。
「……挨拶が遅れた。私はユイだ。あなたの考え方、とても素晴らしいと思う。よろしく」
私が能面のまま、純粋な称賛を込めてそう告げると。
「ひっ……! い、いえ! 私のような羽虫が、深淵を覗き込んでしまい誠に申し訳ありませんでしたぁっ!」
エリスは扇子を放り投げ、ドレスの裾を振り乱しながら、ものすごいスピードで酒場から逃げ出していった。護衛の二人も慌てて後を追う。
「……え? な、なんだ今の?」
カイルたちがポカンとしている。
「……さあ。急に腹痛でも起きたんじゃないか」
私は残りの炭酸飲料を飲み干しながら、せっかく気が合いそうな友達ができたと思ったのに、と内心で少しだけ残念に思っていた。




