第二話 歩くだけで天変地異? 一億倍の力は制御不能!
「……嘘でしょ」
私はすり鉢状になった巨大なクレーターの底で、自分の両手をまじまじと見つめていた。
ただ立ち上がろうとして、地面に手をついただけだ。それだけで周囲の地形が変わってしまった。
一億倍。
さっき頭の中に響いた声は、確かにそう言っていた。
小学生の握力がだいたい15キログラムくらいだとすると、その一億倍って……150万トン?
いや、計算が合っているのかすら分からない。そもそも規模がデカすぎて想像もつかない。
「と、とりあえず、ここから出ないと」
クレーターの底にこのまま居続けるわけにもいかない。
私は慎重に、本当に慎重に、割れ物を扱うような手つきで崖に手をかけようとした。
バキンッ!
「ひっ」
指先が少し触れただけで、硬いはずの岩盤がビスケットみたいに砕け散った。
これじゃあよじ登ることもできない。
だったら、普通にジャンプして飛び出すしかないか。
「ええと、ウサギみたいに軽く、ぴょんと……」
私は膝をほんの少しだけ曲げ、極限まで力を抜いて跳躍した。
ドッゴォォォォォン!!
「えええええええええっ!?」
足元で小規模な爆発が起きたかと思うと、私の体は文字通り大砲の弾のように空高く打ち出された。
風圧で息ができない。眼下にあった巨大な森が、あっという間に緑色の絨毯みたいに小さくなっていく。
雲を突き抜け、青空がどんどん近づいてくる。
「これ、絶対落ちて死ぬやつだぁぁぁ!」
半狂乱になって叫ぶけれど、空中に掴まるものは何もない。
放物線を描いた私の体は、しばらく滞空した後、今度は恐ろしいスピードで落下を始めた。
ヒュオォォォォォ!という風切り音が耳をつんざく。
落ちる先は、さっき見えた巨大な森の中だ。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。私、異世界に来て五分で二回目の死を迎えるみたいです。
私はギュッと目を閉じて、衝撃に備えた。
ズドォォォォォォォォォォォォン!!!
隕石が墜落したような衝撃と轟音。
周囲の木々が薙ぎ倒され、猛烈な土煙が舞い上がる。
「……あれ? 痛くない」
恐る恐る目を開けると、私は森の中に立っていた。
無傷だ。かすり傷ひとつない。着ていたTシャツも短パンも破れてすらいない。
その代わり、私の足元にはまたしても巨大なクレーターが誕生しており、周囲の木々は衝撃波でへし折られ、放射状に吹き飛んでいた。
《エラーレベルの『耐久力』により、落下のダメージは完全に無効化されました》
またあの無機質な声が頭に響く。
耐久力も一億倍だから、上空何千メートルから落ちてもノーダメージってことらしい。
「グルァァァァ……」
その時、土煙の向こうから低い唸り声が聞こえた。
現れたのは、軽トラックほどの大きさがある巨大なイノシシだった。真っ赤な目に、鋭く尖った牙。どう見ても普通の動物じゃない。異世界のモンスターだ。
私の落下に驚いてやってきたのか、それとも縄張りを荒らされて怒っているのか。巨大イノシシは前足で地面を掻き、今にも突進してきそうな構えを見せている。
「ひ、ヒィッ! こっち来ないで!」
パニックになった私は、思わずその場にあった手頃な石ころを拾い上げ、イノシシに向かって思い切り投げつけた。
いや、自分としては『ぽいっ』と投げただけのつもりだったのだ。
ピシュンッ!!
「え?」
石ころは、光線のような軌跡を残して音速を超えた。
次の瞬間。
ドギュバァァァァァァァン!!!
巨大イノシシは石が直撃する直前に発生した衝撃波だけで木端微塵に吹き飛び、さらにその後方にあった森が、直線状に数百メートルにわたって綺麗に消滅していた。
まるで、巨大なレーザー砲が通り過ぎたような惨状だ。
「…………」
静まり返った森の中で、私はポツンと立ち尽くしていた。
石を軽く投げただけだ。それだけで地形が変わってしまった。
「……私、ちゃんと普通の生活、送れるのかな」
異世界生活一日目。
私のサバイバルは、いきなり詰んでいる気がした。




