第十八話 塵一つ残さない完全隠密(という名の物理的消去)
「……いいかユイちゃん。今回の依頼は『隠密』が絶対条件だ」
薄暗い森の奥。盗賊団のアジトとして使われている古い砦の壁際で、カイルが真剣な顔で囁いた。
今回の依頼は、近隣の村を荒らす盗賊団の調査と、可能であれば首領の無力化。
表門には見張りがおり、壁の上には魔力で作られた『警報の石像』が鎮座している。少しでも物理的な衝撃を与えたり、攻撃魔法をぶつければ、大音響で砦中に侵入者を知らせる厄介な代物だ。
「石像の魔力回路をミラが時間をかけて解除する。その間、俺とボルスで見張りの注意を引くから、ユイちゃんはここで待機……」
「……面倒だ。私がやる」
私は短い言葉と共に、砦の石壁に向かって歩み出た。
カイルたちが止める間もない。私は壁の上に鎮座する石像を下から見上げ、すっと右手を伸ばした。
狙うのは、対象そのものの『存在の消去』。
破壊するから音が鳴る。砕くから破片が散る。
ならば、一億倍の魔力と筋力を極限まで緻密に練り上げ、対象を分子レベル……いや、原子レベルで優しく分解してしまえばいいのだ。
私は無表情のまま、空中の石像に向けて、ふっと息を吹きかけた。
シュオンッ。
音とも呼べない、空気の抜けるような微かな響き。
次の瞬間、強固な魔法で守られていたはずの石像は、まるで初めからそこに存在しなかったかのように、完全に空間から消失した。
破片一つ、チリ一つ落ちてこない。魔力の残滓すらゼロ。完全なる虚無への還元である。
「…………え?」
ミラがポカンと口を開けた。
私はそのまま振り返り、表門の見張りをしていた二人の盗賊に向かって、再び息を吹きかけた。
シュオンッ。シュオンッ。
「……なっ」
カイルの目の前で、屈強な盗賊二人が音もなく消滅した。
血の一滴、衣服の切れ端すら残っていない。ただ、夜風が吹き抜けるだけの空間がそこにあった。
(ふふっ、完璧。これなら絶対に見つからないし、すぐ砦の中に入れる)
私は内心で自分のコントロール技術の向上をベタ褒めしていた。手加減も極めれば、ここまで綺麗に物を消せるようになるのだ。
しかし、青の鼓動の三人の反応は、私の能天気な自己評価とは全く異なるものだった。
「……嘘だろ。音もなく、痕跡すら残さず、命を『刈り取った』……?」
ボルスがガチガチと歯の根を鳴らして震えている。
「空間魔法の極致……対象の完全消去。暗部の伝説の始末屋『虚無の幻影』と同じ技……。ユイちゃん、あなた一体どれだけの血を吸ってきたの……」
ミラが両手で顔を覆い、ガクガクと膝を震わせた。
「ユイちゃん……君の過去は聞かないと約束した。だが、その技はあまりにも業が深すぎる。俺たちが必ず、君を光の当たる場所へ連れ出してみせるからな……!」
カイルが悲痛な面持ちで、私の肩をガシッと掴んだ。
(いや、だからただ息吹きかけて綺麗にお掃除しただけなんだけど)
なんか勝手に恐ろしい二つ名までつけられている気がするが、訂正するのも面倒だ。
私は無言のまま、見張りが消えてガラ空きになった砦の門を指差した。
勘違いはもはや、神話の領域へと足を踏み入れようとしていた。




