第十七話 裏路地のゴロツキと、完璧なるデコピンの峰打ち
冒険者ギルドでの報告と、最高に甘くて黒い炭酸飲料での祝杯を終えた翌日。
私は一人で、城塞都市の裏路地を歩いていた。
カイルたちは「武器の手入れがある」と言って鍛冶屋に向かったが、私はそもそも武器を持っていない(持つと粉砕してしまうからだ)。自由時間になったので、遠隔モニタリングで見つけて気になっていた屋台のクレープもどきを買いに行く途中だった。
「おっと、見つけたぜ。例の白金貨を持ってるっていう無表情なガキだ」
前方の路地から、柄の悪い男たちがぞろぞろと五人ほど現れた。
手にはナイフや鉄パイプのようなものを鈍く光らせている。先日買取屋の前で絡んできた三人組よりも、明らかに場慣れした「本職の裏稼業」といった面構えだ。どうやら、私が大金を持っているという噂が裏社会で回ってしまったらしい。
「カイルって剣士の坊ちゃんたちは一緒じゃねえみたいだな。運が悪いなお嬢ちゃん、痛い目を見たくなかったら大人しく――」
「……急いでいる。そこをどいてくれ」
私は感情を殺したまま、淡々と告げた。
クレープもどきの屋台は、期間限定のイチゴ味がもうすぐ売り切れてしまうのだ。こんなところでチンピラに構っている暇はない。
「あぁん? 舐めてんのかクソガキが!」
先頭の男が激昂し、殺意を込めてナイフを振り下ろしてきた。
常人なら悲鳴を上げてしゃがみ込むところだが、私から見れば止まっているも同然のスピードだ。
(よし、昨日のオーガキングで掴んだ感覚を試すチャンスだ)
私は一切の焦りを見せず、男の額に向かってそっと指を弾いた。
通常の十億分の一。人間の皮膚をそっと撫でるよりもさらに弱く、風の抵抗すら感じない極限のソフトタッチ。
名付けて、デコピン・峰打ちモード。
パツンッ。
乾いた小さな音が響いた。
次の瞬間、ナイフを振り下ろそうとしていた男の体が、ビクンと不自然に跳ねた。そして、糸が切れたマリオネットのように、その場にぐにゃりと崩れ落ちたのだ。
「……は?」
「おい、どうした!? 貧血か!?」
残りの四人が慌てて倒れた男に駆け寄る。
男は白目を剥いて完全に気を失っていたが、息はちゃんとあるし、額に傷一つついていない。脳だけをピンポイントで揺らして気絶させる、完璧な力加減だった。
「……次」
私が指先をスッと彼らに向けると、四人の顔色が一瞬にして土気色に変わった。
何もしていない(ように見える)のに、仲間が一瞬で意識を刈り取られたのだ。未知の恐怖に直面した彼らの足が震え始める。
「ひ、ひぃぃぃっ! 化け物ぉぉぉっ!」
一人が悲鳴を上げて逃げ出すと、残りの三人もクモの子を散らすように裏路地の奥へと消えていった。
「……ふむ。手加減の精度は完璧だな」
私は倒れた男をまたぎ、足取りも軽く屋台へと向かった。
怪我をさせずに制圧する。これぞ、平和を愛する十四歳の少女にふさわしいスマートな護身術だ。
◆
数分後。
急いで駆けつけてきたカイルたちが、裏路地で泡を吹いて倒れている男を発見した。
「ユイちゃんを狙ったゴロツキか……。外傷は一切ないのに、完全に意識を落とされている」
カイルが男の容態を確認し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「魔力を使った痕跡もないわ。これって、純粋な物理攻撃だけで脳を揺らしたってこと……?」
ミラが顔を青ざめさせる。
「ああっ……間違いない。暗部の処刑人たちが使うっていう、伝説の無血暗殺術だ。ユイちゃんは、とんでもない世界で生きてきたんだな……」
ボルスが大粒の涙を流して天を仰いだ。
今日もまた、平和を愛する私の思惑とは裏腹に、青の鼓動の勘違いは凄まじい勢いで深まっていくのだった。




