第十五話 決死の覚悟と、あくびを噛み殺す少女
北の廃坑。
薄暗く、カビと獣の臭いが入り混じる洞窟の奥深くで、私たちは巨大な岩陰に身を潜めていた。
「……いいか、ユイちゃん。奴がオーガキングだ」
カイルが声を極限まで潜め、額に冷や汗を浮かべながら前方を指差した。
視線の先には、見上げるほど巨大な赤黒い肉ダルマ……もとい、オーガキングが鎮座していた。周囲には取り巻きの通常オーガが十数匹。確かに、一般的なAランクパーティーなら一歩間違えれば全滅しかねない布陣だ。
「作戦を再確認するわ。ボルスがヘイトを集めて、その隙にカイルが取り巻きを散らす。私は後方から支援魔法。ユイちゃんは……危なくなったら絶対に無理しないで逃げてね!」
ミラが悲壮な決意を込めた顔で私に囁く。
(……いや、逃げないけど。ていうか、早く終わらせて帰ってご飯食べたい)
私は能面を崩さず、内心で特大のあくびを噛み殺していた。
オーガキング。推奨ランクA。
私の基準で言えば、道端の小石とミジンコほどの違いもない。デコピンの威力を通常の百分の一まで落としても、たぶんあのオーガキングごと後ろの山が消し飛んでしまう。どうやって殺さずに(あるいは粉微塵にせずに)倒すか、手加減の計算が一番面倒くさい相手だった。
「行くぞ……ッ!」
カイルの合図と共に、青の鼓動の三人が飛び出した。
「ウォォォォッ!」
ボルスが大斧を振り回し、オーガの群れに突っ込む。カイルが目にも止まらぬ剣さばきで斬り込み、ミラの炎魔法が洞窟内を照らし出す。
さすがは近々Aランクに上がると言われるだけあって、三人の連携は見事なものだった。取り巻きのオーガたちは次々と地に伏していく。
しかし、ボスのオーガキングは格が違った。
「グォォォォォォンッ!!」
咆哮と共に振り下ろされた丸太のような棍棒が、ボルスの斧を容易く弾き飛ばす。
「ぐあっ!?」
「ボルス!」
態勢を崩したボルスに、オーガキングの追撃が迫る。カイルのカバーは間に合わない。ミラの魔法も詠唱中だ。
(あ、これは私が手を出さないと死ぬやつだ)
私はため息を飲み込み、無表情のままゆっくりと前に歩み出た。
オーガキングの巨大な棍棒がボルスを叩き潰す直前。私はその棍棒を下から指一本でトンッと突き上げた。
パァンッ!!
乾いた破裂音。
次の瞬間、オーガキングの構えていた棍棒が、強烈な摩擦熱で発火しながら粉々に砕け散った。
「……え?」
尻餅をついたボルスが間抜けな声を漏らす。
私はそのまま、呆然とするオーガキングの極太の足首に、軽くローキックを入れた。
ボールを優しくパスするくらいの感覚で。
ズゴォォォォォォォォォォォンッ!!!
オーガキングの巨体が独楽のように高速回転しながら吹き飛び、廃坑の最奥の岩壁に激突した。
洞窟全体が激しく揺れ、猛烈な土煙が舞い上がる。
煙が晴れた後には、岩壁に深くめり込んで白目を剥き、ピクピクと痙攣するオーガキングの姿があった。
粉微塵にせず、原型を留めているだけ私の力加減は完璧だったと言える。
「…………」
「…………」
「…………」
青の鼓動の三人は、彫像のように固まっていた。
カイルの剣がカランと地面に落ちる音が、やけに大きく洞窟内に響く。
「……討伐完了だ。帰ろう。お腹が空いた」
私はあくまで感情を交えず、淡々と告げた。
少しだけ出力が高かったかもしれないが、廃坑ごと吹き飛ばさなかっただけでも自分を褒めてあげたい。
こうして、彼らにとっての決死の死闘は、私のローキック一発であっけなく幕を閉じたのだった。




