疑惑のプラチナ硬貨と、静かなる脅威
酒場での食事を終え、会計の段になった。
カイルが「ここは俺たちに任せて」と格好良く財布を取り出そうとしたが、私はそれを手で制した。彼らから情報を引き出し、色々と世話を焼いてもらっているのだ。せめて食費くらいは自分で出すのが筋だろう。
「……私が払う」
私は懐から、買取屋で受け取ったばかりの革袋を取り出した。
そして、その中から無造作に一枚の硬貨を取り出し、テーブルに置いた。
澄んだ音を立てて転がったのは、眩いばかりの輝きを放つ「白金貨」だった。
「…………え?」
「…………は?」
カイルたちの動きが止まった。
酒場の主人が、目を剥いて硬貨を二度見し、三度見した。
「ユ、ユイちゃん……それ、何?」
ミラの声が少し震えている。
「……お金だ。これで足りるか」
「足りるかってレベルじゃないわよ! 白金貨一枚で、この店を丸ごと買い取ってお釣りが来るわよ! なんでそんなもの持ってるの!?」
(えっ、そうなの? 買取屋の店主は、宿代や食費には十分だって言ってたけど……十分すぎたか)
内心で盛大なツッコミを入れつつも、私はあくまで冷静(を装った)な顔を崩さない。
平常心を乱せば、私の指先がテーブルを粉砕してしまうからだ。
「……森で拾った魔石を売った」
「どんな魔石を売ったらそんな額になるんだよ……」
ボルスが引きつった笑いを浮かべている。
その時、近くのテーブルで酔っ払っていた男が、私の白金貨を見て立ち上がった。
「おいおい、ガキがそんなもん持ってんじゃねえよ! ちょっと貸してみな!」
男が乱暴に手を伸ばしてきた。
私は反射的に、その男の手首を掴んだ。
――極限まで抑え込んだ、私なりの「優しく静止する」力で。
「……やめておけ。怪我をする」
パキッ、という小さな音が響いた。
男は悲鳴を上げる間もなく、その場に膝をついた。私の握力は一億分の一に抑えていても、国内三位のSランク冒険者と同等なのだ。軽く握っただけで、屈強な男の骨が悲鳴を上げるのは当然だった。
男が逃げ去った後、店内に沈黙が落ちた。
カイルたちの視線が、明らかに変わっていた。
「……ユイちゃん。君、その身のこなし、ただ者じゃないよね?」
カイルの目が、冒険者としての鋭いものに変わる。
「無表情。莫大な資金。そしてSランクにも匹敵する精密な身体制御と膂力……」
(……マズい。怪しまれている)
「ユイちゃん、本当のことを言って。君、どこかの国の『暗部』か何か、特別な教育を受けていた組織の人間なんじゃないの?」
ミラの問いかけに、私は答えに窮した。
暗部。確かに、この三年間、私は森という名の「暗部」で一億倍の力と格好良く戦い、感情を殺す修行をしてきた。ある意味、間違ってはいないかもしれない。
「……組織のことは、話せない」
私は曖昧に言葉を濁した。
本当のことを言えば「女神のミスで一億倍の力を持ってしまった小学生」なのだが、そんなことを言っても信じてもらえないだろうし、何より説明が面倒くさい。
「……やっぱりそうなんだ」
カイルが納得したように頷いた。
「訳ありなんだね。いいよ、無理に聞き出したりはしない。でも、その力、あんまり人前で使わない方がいい。君みたいな『規格外』が目立つと、色んな勢力が放っておかないからね」
どうやら、私は「ワケありの元暗部組織所属の天才少女」という、とんでもなく中二病的なレッテルを貼られてしまったらしい。
(いや、ただの11歳……じゃなくて14歳なんだけどな)
私は心の中で溜息をつき、お釣りの金貨を乱暴に袋へ詰め込んだ。
一般常識を学ぼうとした初日に、私は一般人からさらに遠ざかってしまった気がした。




