背負いし仲間の未来、勝ち筋なき死線で紡ぐ決意
ガルナ、ソウエン、ミル、シャウ。
帝国武闘会を大いに沸かせた四人の手練れたちが、合流するなりロックを「帝国最強の獲物」と定めて思い思いの凶悪な連撃を仕掛けていたのである。
突く、蹴る、薙ぐ、その一撃一撃のすべてが、一寸の躊躇もなく拳聖の命を貪り喰らうための必殺の渇きを孕んでいる。
だが――恐るべきは拳聖ロックであった。
ロックは狂刃の如き四人の波状攻撃のすべてを、ある時は最小限の見切りでいなし、ある時は剛腕の防御で弾きかわしながら、呼吸を乱すことなく鋭烈な反撃を的確に繰り出し返しているのだ。
四人がかりでなお、戦況は拮抗、あるいはロックが押し返しているようにさえ見えた。
ルシウス「ああ……あれね…。彼らは地上に出るために地下で迷っていた、一時的な僕たちの『増援』だ。少なくともこの最悪な帝国を出るまでは、完全な味方と考えて動いていいよ」
メーガス「そ、そうなのね……。それなら、私はこれ以上ここに留まらず、先にギークたちのいる闘技場の方に転移するわ。この大転移魔法陣は、私が離脱してもこの場に固定して維持できるように術式を書き換えて設置しておくから」
ルシウス「了解だ。ありがとう、メーガス。戦況の目処が立ち次第、僕たちもすぐにそれを潜って転移するよ」
――だが。
ジャッカルの天才二人が、頭脳を回して離脱の盤面を整えた、まさにその刹那だった。
ルーグ「――させるとでも思っているのかな?」
凍りつくような冷徹な声が、メーガスのすぐ背後、鼓膜の至近距離から響き渡った。
メーガス「―――っ!?」
ルシウス「――なっ……!?」
二人は最大限の注意を払っていた。
戦場の最高武力たる剣聖一席ルーグがどこにいるのか、いつでも対応できるように、五感を研ぎ澄まして細心の警戒を敷いていたはずだった。
にも関わらず、ルーグは二人の、いや、この場にいる誰の反応速度をもゆうに超越する絶対的な神速で空間を移動し、すでにメーガスの首根っこへ向けて、無慈悲な聖剣カリバーンを振りかぶっていたのだ。
ルーグ「君たちの狙いは、ここからの全軍離脱。そして、そのための転移魔法陣をこの広場で一人、常時展開して支えている基点は――君だね。ならば、君という存在をここで確実に潰せば、ジャッカルの手脚は折れる。私たちの目的達成のために、これほど大きく有利な盤面はない」
メーガス(――っ! やっぱり、帝国の真の狙いは……『私たち幹部の首』そのもの……!?)
ルーグが放った一瞬の平熱の会話から、帝国側が敷いた冷酷な作戦のパズルを正確に察知し、メーガスの全身に最悪の戦慄が走る。
今すぐ、維持しているこの大転移魔法の術式を完全に解除してしまえば、自身の固有魔術でその場から瞬時に空間跳躍し、ルーグの聖剣の射程から容易に離脱することなどメーガスには可能だった。
だが――今ここで魔法陣を解除してしまえば、王城や地下から必死の思いでこの広場へと走り込んで倒れ込んでいる、未だ撤退を続けている大勢のジャッカルの一般兵たちが、全員、帝国の包囲網の中に置き去りにされ、確実な死に晒される。
兵を見捨てるか、己の身を差し出すか。
聖剣の冷たい刃がメーガスの首筋へと迫るなか、彼女は極限の二者択一を迫られていた。
その思考が終息を迎えるまさに間際。
リヒト「みすみす、そんなことをさせるわけがないだろう。お前の相手は俺だ」
またしても二人が――いや、これに関しては完全に不意を突かれたルーグさえも反応できない超常の神速で、いつの間にか二人の間にジャッカルの長リヒトが割り込んで立っていたのである。
ルーグ「――馬鹿なっ!?」
驚愕の言葉を完全に発し終えるよりも早く、ルーグの肉体はリヒトの凄絶な蹴りをその身に受けていた。
咄嗟に聖剣カリバーンの腹でその一撃を受け止めるような形で防御姿勢を取ったものの、強烈な衝撃によってルーグはメーガスたちから大きく距離を取らされる形で後方へと吹き飛ばされた。
メーガス「リヒト! 助かったわ……!」
ルシウス「いつの間に……。流石だね」
リヒト「無駄口を叩いている時間はない。さっさと撤退するぞ。メーガス、お前は早く闘技場に飛んでギークの手当てを頼む。重症だ」
メーガス「やっぱり、ギークが……。わかったわ、後は頼んだわよ!」
その言葉を最後に、メーガスは広場の巨大な大転移魔法陣をその場に完全に固定する術式を完了させ、光の中にその身を溶かすようにして瞬時に闘技場へと消え去った。
ルシウス「メーガスが抜けた以上、この場の残存兵の誘導は僕が引き受ける。状況が落ち着き次第、僕たちも離脱するよ」
リヒト「ああ、頼む」
それ以上、二人の間で余計な言葉を交わすことはなく、リヒトはすぐさま反転して、体勢を立て直したルーグへと真っ直ぐに向き直った。
ルーグ「驚いたよ、リヒト。この私の高密度の感知網を、完璧に掻い潜って至近距離に現れるなど……。一体どうやったのかな?」
リヒト「さあな……。力に溺れて、お前自身の反応が鈍くなっていただけじゃないのか?」
ルーグ「随分と舐められたものだね……。まあいい。だが気づいているかい? この広場全域における現在の戦局を。君たちはもう、完全に『詰み』に等しい状況まで追い詰められているんだよ?」
リヒト「……どうだろうな。」
リヒトがルーグに肉薄するより先、彼がこの広場にどのようにして現れたのか――。
リヒトは闘技場から超速移動で迫る最中、隠密スキルにより、己の気配と魔力をこの世から消滅させるかの如く極限まで遮断していた。
それは、ジャッカルが誇る隠密部隊『零遺衆』の頭領であるノウスたちが使う最高峰の隠匿スキルを、長たるリヒトがそれ以上の精度で余裕で使いこなしてみせた結果であった。
ルーグの感知を完全にすり抜けた状態で広場の上空へと音もなく侵入し、一瞬で全体の戦況を把握。
その瞬間に、最も危うかった「メーガスの死地」へと弾丸の如く空間跳躍で駆けつけたのである。
ゆえに、一席ルーグの無慈悲な刃を、すんでのところで完全に止めてみせたのだ。
傷ついたギークを逃がし、魔女を安全圏へ送り届け、ついにジャッカルの最高武力がこの広場に君臨した。
ルーグ「ふふふ……。まぁ、いい。それよりも君は、今この瞬間から君自身の心配をするべきだね。」
リヒト「……何だと?」
ルーグ「君と私が戦闘を始めてから、ずいぶんと時間が経過している。私がこの聖剣のエクステンドの第一段階を始めてからも、それなりに長い針が回った」
リヒト「それが……どうした?」
ルーグ「私がこの盤面を、完全な『詰み』だと言い切る理由。それは至極単純なことだよ……」
そこまで不敵に言い終えると、ルーグは手にした聖剣カリバーンを、またしても迷いなく広場の地面へと深く突き刺し、魔力を爆発的に昂らせ始めた。
ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
空間が、目に見えて歪み始める。
立ち昇るその魔力は、すでに人智を遥か彼方へと置き去りにした領域にあったルーグの限界値をさらに引き出し、周囲の地盤を激しく震わせ、転がる巨岩や瓦礫を自転させるほどの物理的な質量を持ち始めていた。
広場全域に、呼吸すら拒絶するような圧倒的な威圧感が吹き荒れる。
リヒト「まさか……ッ!」
ルーグ「ああ……。全魔力を底なしに解放するこの領域。私も実際に使うのは、生涯でまだ二度目……というところかな」
リヒト「そんなイカれたもの、ここで大人しく使わせるわけがないだろう! ――今すぐ止める!!」
本能が、かつてない最大級の警鐘を鳴らしていた。
リヒトはその場を爆発的な踏み込みで蹴り破り、ルーグとの距離を一瞬でゼロにまで詰め、両手に極限の鋭利さで錬成した漆黒の魔成剣を力任せに振り下ろし、その喉元へと斬りかかる。
しかし――その黒き刃は、もとい、リヒトという存在自身が、ルーグの元へ届くことは決してなかった。
ルーグ「――【カリバーン・エクステンド・2nd】!!!」
神域の魔力が、ついに完全解放された。
ドガァアアアアアアアアアアンンンンンンッッッ!!!!!!!
解き放たれた真の聖剣の威光。
それはもはや単なる魔力の波動などではなく、文字通りの暴虐的な『物理的質量』を伴った超重圧の猛烈な風圧となり、広場全体へと全方位に炸裂したのだ。
超神速で飛び込んでいたリヒトは、その絶対的な障壁とも言える風圧を正面から真面に受ける形となり、肉体を強烈に叩かれ、凄絶な勢いで後方へと派手に跳ね返された。
リヒト「――くっ……あぁ……っ!」
宙を舞い、辛うじて地面に魔成剣を突き立てて制動をかけながら着地したリヒト。
その眼前で、光の柱のなかに佇む剣聖一席は、完全に『別次元の化物』へと変貌を遂げていたのだった。
リヒト(魔圧だけで吹き飛ばされた……。とんでもないデタラメを解き放ってくれたな……!)
突き立てた黒剣の破片が石畳を削る音のなか、リヒトの瞳の眼光は、敗北の二文字など微塵も受け入れていなかった。
いかにして眼前に迫る神域の脅威を退けるか、冷徹な思考の歯車を凄絶な速度で回転させる。
だが、しかし。
リヒト「――くっ……!」
ドゴンドゴンドゴン!!!
リヒトの超高速の思考を、容赦なく断ち切るようにして、立て続けに凄絶な衝撃波が迫り来る。
ルーグがただ剣を振るうだけで生じる、濃密な魔力を込めた超高密度の「斬撃の衝撃刃」だ。
その一撃一撃が、先ほど自身を強引に吹き飛ばしたあの圧倒的な威力と同等、あるいはそれ以上の破壊力を持って広場を削りながら殺到する。
防戦に全神経を削られ、思考を加速させるどころか、完全に鈍らされていた。
ルーグ「ふふっ……やはり『魔力』とは素晴らしいものだね、リヒト。先ほどまでとは、見える世界の解像度がまるで違ってくる」
黄金に光り輝くその双眸は、世界のあらゆる理を見透かすかのような神聖な光を放っている。
ルーグはその圧倒的な言葉と斬撃の衝撃と同時に、物理的な限界速度を超えてリヒトの懐へと肉薄していた。
リヒト(速い……! クソ、一度距離を――)
ルーグ「――一度距離をとって、体勢を立て直す……かな?」
リヒト「なっ!?」
リヒトは『陸爪』を解除していなかった。
広場の四方に、いつでも空間転移の「座標」として機能するよう、あらかじめ漆黒の魔成剣を複数固定させていたのだ。
その中の一つへ瞬時に跳躍しようと思考を走らせた、まさにその刹那のタイミング。
ルーグはぴたりと、リヒトの次の一手、その戦術的算段を完璧に言い当ててみせた。
しかし、思考と行動がほぼ同時に行われる極限の領域で肉体を駆動させているリヒトの身体は、すでに脳の命令に従って転移のシーケンスを開始していた。止めることはできない。空間が歪み、座標の先へとリヒトの姿が消失する。
だが、現れた瞬間――。
ルーグ「やぁ。――遅かったね」
リヒト「ぐうっ……!?」
転移で出現したその眼前に、すでにルーグが平然と降り立っていた。
未来予知に等しい速度で転移先を看破し、先回りしていたのだ。ルーグは現れたばかりのリヒトの無防備な隙を完全に突く迎撃の形で、魔力を凝縮させた拳をその腹部へと容赦なく叩き込んだ。
ズガァァァァァァァン!!!!!!
内臓を直接粉砕せんばかりの凄まじい衝撃が炸裂する。
リヒトの肉体は、またしても抵抗する術なく、帝都広場の硬い石畳へと凄絶な勢いで叩きつけられ、クレーターを作りながら地上の瓦礫の山へとへし折られるようにして真っ直ぐに叩き落とされたのだった。
かろうじて受け身を取るものの、身体が受けているダメージはとてつもなく大きい。
リヒトは口から鮮血をこぼしながらも、その膨大な魔力によって体組織の自動治癒を必死に開始させる。
しかし、夕刻からの戦闘はあまりにも長期化しており、さらに空間転移の要である『陸爪』を常に展開し続けているがゆえに、魔力の枯渇は深刻だった。いつものような劇的な治癒速度は望めない。
リヒト(クソ……、自覚している以上に魔力を消耗していたか……!)
冷たい焦りが、リヒトの胸の中に確実に走り始めていた。
これまでの数々の死線において、どれほど苦戦することはあっても、自身の能力をフルに活用すれば、網の目の向こうに必ず「勝ち筋」が見えていた。
だが、現在の二段階目を解放した一席ルーグという怪物には、その勝ち筋がどうしても見えてこないのである。
もし、今この戦場に自分一人のみが立っているのであれば、プライドを捨てていかなる手段を使ってでも逃げおおせてみせるだろう。
だが、今回は事情が全く違う。
「長」である自分が今ここで逃げ出せば、広場に残された多くの仲間の命が、そしてジャッカルという組織の未来が、この場で完全に潰えることになる。
それだけは、何があっても絶対に避けなければならない。
リヒトは自らの命を、残された魔力のすべてを賭してでも、ここで時間を稼ぐ必要があるのだ。
ルーグ「ふむ。どうやら君の『底』はもう見えたかな。……なら、もういい。その首、おとなしく落とさせてくれないかい?」
リヒト「舐めるなよ……! そう簡単にくれてやれるほど安くないんだよ、俺の首はな……!!」
ガンッ! ガガガガガガガ!!!!
叫びと同時に、正面から愚直に肉薄すると見せかけ、あらかじめ呼び寄せていた陸爪の座標へと瞬時に空間転移。背後から強烈な回転斬りを放ち、ガードされた瞬間に再度別の座標へ転移、死角からの斬撃を数度放っては、またしても転移。
常人にはもはや視認すら不可能な、無限の残像をも思わせる神速の連撃。
リヒトはルーグの前後左右、全方位の四方すべてから間髪入れずに刃を狂い咲かせた。
だが、ルーグは足を一歩たりとも動かすことはなかった。
ただその場に泰然と佇んだまま、恐るべき最小限の剣術だけで、リヒトの決死の猛攻をすべて完璧に対応し切ってみせる。
リヒト(――これ、全部見えてるってことかよ……! 2ndの魔力解放、とんでもない強化だな……!!)
はたから見れば、リヒトという男が同時に数人存在しているかのような、超次元の速度での跳躍と斬撃の嵐。
その凄絶な戦闘の余波により、周囲の床や建造物には無数の深い斬痕が刻まれ、激しい風圧によって瓦礫がものすごい勢いで粉砕され、巻き上がり、視界を覆う砂塵と化していく。
だが――これほど世界を滅ぼさんばかりの超高速戦闘を展開してなお、両者の間には、決して埋まることのない絶望的な差が厳然として存在していた。




