戦闘許可 ―鎖を解かれし拳聖と一席の眼差し―
ロック「ぐぅおおおッッ!!! 舐めるなよ、若造共がぁ!!」
拳聖ロックは獣のような雄叫びを上げながら、理性を失い狂戦士と化したジャックと正面から真っ向から組み合い、同時に頭上から降り注ぐメーガスの容赦ない魔法攻撃をその鋼の肉体で強引に耐え凌いでいた。
その周囲の防衛線では、帝国兵の残党とジャッカルの殿の兵による血みどろの小競り合いが、なおも泥沼のように続いている。
王城の方角からは、ルシウスの指示に従って敗走・撤退してきたであろうジャッカルの兵士たちがとめどなくこの広場へと流れ込んできては、メーガスが広場の中心に展開している巨大な大転移魔法陣の中へと、次々に吸い込まれるようにして消えていっていた。
だが、これほどの規模の大転移魔法を常時展開・維持しながらにして、同時に剣聖四席たるロックを攻撃しているのだ。いかに絶対の魔女メーガスとて、その魔法の破壊力は今ひとつ伸び悩み、決定打を欠いていたのは事実であった。
メーガス(――チッ、本当にしぶとい……! 飛鳥とリュドを先に闘技場へ退避させられたのはいいけれど……。この化け物を相手に、全員が完全に無傷で撤退するなんて、流石に綺麗事じゃ済まされそうにないわね……)
魔法を維持しながら、メーガスの胸中は決して穏やかではなかった。
重傷の飛鳥と護衛のリュドはすでに安全圏へ送った。
残るジャック、そして自身、この後に合流してくるルシウスたちをこの魔法陣で転移させる算段まではいい。
だが、問題はその先だ。
自分たちが転移を完了させるまでの、あの無防備になるコンマ数秒の致命的な『猶予』を、この目の前の狂暴な化け物が大人しく作り出してくれるのかどうか。
おそらく、ロックはメーガスが足元に展開している転移魔法陣の存在には、とっくに気づいているはずだ。
だが、今現在その陣を使って消えていっているのは、彼にとっては取るに足らない「雑多のジャッカル兵」に過ぎない。ゆえにロックは、最重要目的である目の前のバーサーカーと、魔女メーガスをここで確実に仕留めることだけに、その全神経を集中させていたのである。
兵を逃がすための絶対の盾として機能しているメーガスの魔法陣。
緊迫しきった王都中央広場の戦盤に、ついに帝国の最高武力が激突する。
ドガァアアアアアンンン!!!!!!
大気を切り裂くような轟音と地響きを立てて、広場の石畳へ強烈な質量が墜落した。
割れた石礫と凄絶な砂塵が舞い上がる中、その中心にいた男は即座に無傷で体勢を立て直し、自身の周囲を覆う砂塵を鋭い手風で振り払いながら、自身が落ちてきた軌道――上空の夜闇を忌々しげに睨みつける。
ロック「ル、ルーグ殿……!?」
上空から凄まじい勢いで叩き落とされてきたのが、他でもない帝国の武の頂点、剣聖一席ルーグその人であるという事実に、さしもの拳聖ロックも一瞬だけ呆然と意識を取られた。普段の冷徹無比なルーグからは天地がひっくり返っても想像できないその異様な光景は、老境の剣聖に致命的な隙を生じさせる。
そして、その一瞬の硬直を、理性を消し飛ばしたバーサーカーが見逃すはずがなかった。
ボゴォッ!!!!
ジャックの怨念が乗った、剥き出しの拳がロックの顔面を完璧に捉えた。
ロック「ッッグッウウウ……!!」
この日の激戦のなかで貰ったあらゆる攻撃のなかでも、確実に上位を争うほどの圧倒的な重たさと衝撃。
そのあまりの破壊力に、さしもの鋼の肉体を誇るロックも脳を揺らされ、たまらず数歩後ろに大きく引き下がる。
ロック(――流石に、ワシも衰えたもんよな……。たかが数度の連戦で、こうも足元をすくわれるほど消耗するとは……)
内臓を駆け巡る痛みを強引に噛み殺しながら、何故かジャックがそれ以上追撃してこないのを好機と捉え、敢えて大きく間合いを取るロック。
そこへ、体勢を完全に戻したルーグが静かに歩み寄り、二人の最高武力が言葉を交わした。
ルーグ「随分と苦戦しているのかな? ロック」
ロック「馬鹿なことを言うな! 若造に『武』とは何かを、骨の髄まで手解きしていたにすぎんわ!! ……そういうルーグ殿こそ、なかなか手強い相手と踊っておるようだが……?」
ルーグ「そうだね。君も一度手合わせしてみるとわかるよ。彼は、私が今まで相対してきたあらゆる敵の中で、間違いなく随一の『強さ』と『底深さ』を持っているだろうね」
ロック「かか!! それは是非ともワシも拳を交えてみたいものよな!」
ルーグ「ふふ……。その元気がある様子なら、ここは君に任せて問題なさそうだね。――城の方は完全に問題なくなった。闘技場の方もすでにドルネの手によって片がついてそうだ。……あとは、この広場だけだよ」
ロック「ふんっ。まるでワシが手こずっておるみたいに言いおってからに……」
ルーグ「おそらく奴らからしても、この広場での戦いが『最終局面』と見ていいだろう。ロック、他の戦域への合流や増援のことは一切考えなくていい。目の前の敵を、ただ全力でねじ伏せろ」
ロック「ほう……。了解した」
これ以上は、大局の防衛も、王城の憂いも、何も考えなくていい。
ルーグからもたらされたその「戦闘許可」の指示を受領した瞬間、ロックはすべての思考リソースを『純粋な戦闘』だけに回すため、ごきごきと凄絶な音を立てて首と拳の骨を鳴らし、再度その強靭な身体をほぐし始めた。
そしてルーグもまた、この広場に向けて、上空から驚異的な超速で肉薄しつつある宿敵の、あの禍々しくも冷徹な魔力の存在を完全に認知し、にやりと口角を上げて聖剣を構え直した。
ルーグが剣を構え、ロックが姿勢を整えたところで、さらに状況は動く。
ジャッカルにとって死地となっている帝都の広場に、追い打ちをかけるようなさらなる不利な戦況が展開される。
突如として、広場四方の石畳の床が轟音と共に崩落して抜け、その大穴から、まるで黒い波涛のように大量の帝国兵が雪崩れ込んできたのである。
それは、軍師グァイスが「新たな合流地点」として地下道から最速で急行させた、帝国の増援であった。
メーガス「――嘘でしょ、まだ増援が来るっていうの!?」
転移魔法陣を維持するメーガスが、その尋常ならざる物量に思わず声を尖らせる。
斗真「チッ……流石にこれだけの数だ、私たちの手がいるだろう! メーガス殿、遠慮なく私たちを使え!」
深月「そうですね……。ここでサボってたら、私たち自身も無傷では帰れそうにありませんから」
あまりの軍勢の数に、それまで後方で控えていた一之瀬兄妹も、迷うことなく愛刀の柄へと手をかけ、鋭い殺気を孕んで臨戦態勢を取る。
メーガス「悪いわね……! 最優先は、兵たちのための『転移魔法陣』を何があっても死守することよ。私はこの陣の維持にリソースの大半を割いているから、大した援護は期待しないで!」
斗真「了解。まあ、この程度の並の兵士たちが相手なら、援護なんてなくてもお釣りがくるさ。――大方、兵たちの避難に目処が立ったら教えてくれ。私たちも置いていかれたら困るからね」
メーガス「……ありがと。助かるわ」
不敵に片手をひらひらと振りながら、怒濤のごとく押し寄せる帝国兵の増援に向かって迷いなく歩いていく一之瀬兄妹。二人の背中を見送ったメーガスは、わずかに息を吐く。
これである程度、新たに現れた帝国側の増援兵への対処は可能となったわけなのだが……彼女の懸念の種は、未だ何も解決していなかった。
何より気掛かりなのは、先ほどルーグの一言で完全に縛りを解かれ、身体をほぐしながらこれまで以上の圧倒的な戦闘力を発揮しようとしている拳聖ロックの存在である。
限界を超えて理性を消し飛ばしているジャックを、これ以上あの拳聖を相手に酷使し続ければ、肉体が崩壊しかねないという深刻な懸念が残るのだ。
そして――まさに、その問題のロックが、獰猛な笑みを浮かべて肉弾の嵐を再開させようと地を蹴り、動き出したその時。
ビュウウウン!!!!!!
夜の空気を限界まで圧縮し、耳を劈くような苛烈な風切り音と共に、一条の凄絶な光の矢が、突撃しようとしたロックの胴体目掛けて容赦なく襲いかかった。
ロック「――ぬぅんっ!!」
突如として肉薄した一条の光。
その超常的な脅威に対し、拳聖は常人ならざる反射速度で反応してみせた。
驚きに目を見開くも、ロックはあろうことか肉の手で、飛来してきた剥き出しの光の矢のシャフトをガシリと鷲掴みにしたのである。
そのまま矢の持つ絶大な慣性に逆らうことなく、自身の強靭な肉体を軸にして、その場で二度、凄絶な速度で旋回。遠心力と己の剛力を上乗せして威力を倍増させ、飛来してきた方角へとその矢を力任せに投げ返した。
バヒュウウウウウウン!!!!!!
投げ返された矢は、ルシウスが放った時を遥かに超える神速――完全に音速の壁をぶち破る速度へと跳ね上がり、すでに瓦礫の山と化している帝都広場の石礫を強烈に巻き上げながら、放った主の元へと正確無比に逆流していった。
ルシウス「まじかよ……。本当に、とんでもない化け物がいたんだね、この広場には……」
ソニックブームと共に眼前に迫った自身の矢を、紙一重の体捌きで辛うじて回避しながら、ルシウスはノウスたちを率いてメーガスの元へと一直線に合流する。
メーガス「ルシウス……! ええ、本当に化け物よ。あいつのせいで飛鳥とジャックがボロボロにされて、私たちの撤退作戦も大幅に遅れているわ……」
ルシウス「なるほどね。なら、あの老人をどうにかしてこの場に釘付けにするか無力化することが、僕たちが生き残るための最低限の勝利条件になりそうだね」
メーガス「ええ、そうね。それはそうなんだけど……。ねえ、ルシウス……あの後ろの、あれは一体何なのよ……?」
言い淀むメーガスの視線は、ルシウスの後方で凄まじい大暴れを演じている四人の戦士たちに完全に釘付けとなっていた。




