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自律する黒閃(あぐら) ―多重変則連撃と一席の防陣―

音もなく一本の魔成剣が、かつて栄華を誇った闘技場のひび割れた床に突き刺さる。

直後、空間が歪み、その剣の位置へと吸い込まれるようにしてリヒトが音もなく転移してきた。

リヒト(……とりあえずは、奴と距離を取れたか)

上空での熾烈極まる空中戦の最中、一瞬の隙を突いてルーグの目を完全に欺き、撤退の最終約束地点であるこの『闘技場』へと降り立ってみせたのである。

リヒトは、凄惨にあちこちと粉砕され、もはや原形を留めていない闘技場の無残な惨状を鋭い視線で見渡した。

空気中に色濃く残る、焦熱と猛毒の残り香――この場で繰り広げられたであろう、ギークの戦闘の凄絶さを肌で感じ取る。

と、そのとき、視界の端。

見覚えのある肉体が、崩落した観客席の巨大な瓦礫に埋もれるようにして力なく倒れているのを、リヒトの冷徹な瞳が捉えた。


リヒト(――! ギーク……!)

リヒトは即座に地を蹴り、その体を瓦礫から救出するために駆け寄る。

間近で見るギークの肉体は、炭化し、魔力回路が焼け切れる寸前まで追い込まれていた。

リヒト(ギーク……。お前がここまでボロボロになるまで追い詰められるとはな。……あの『ドルネ』とかいう女、想像以上の化け物か……)

ギークのあまりの重傷ぶりに息を呑みながら、リヒトの脳裏には、以前北塔へと潜入した折に自身が直接刃を交えた帝国の剣聖、ドルネのあの不気味な剛力を思い出していた。

ギークが、自身の生命すら削らねば相打ちにすら持ち込めなかったほどの死闘。

リヒトはギークの呼吸を少しでも楽にするため、慎重に、かつ迅速に重い瓦礫をどかして救出を試みていた――まさに、その時だった。


ルーグ「――私を置いてどこへ行くのかと思えば。……ふん、このような土壇場で『仲間の救出』とは、随分と余裕を見せてくれるものだね。リヒト」

背後の暗闇から、鼓膜に突き刺さるような冷徹な剣聖一席の声が、闘技場全域に重々しく響き渡ってきたのである。

リヒト「ちっ……。もう追いついてきたか。もう少し空中で迷ってくれてもよかったんだがな……」

リヒトは苦渋を滲ませながらも、ギークをそっと地面へと横たえ、ゆっくりと背後を振り返る。

ルーグ「ふっ。迷ったとも、大いにね。あちこちの空間へデコイのように飛ばした剣、そしてそこに偽装魔法まで仕込んで私の感覚を欺こうとしたのだろう? 君のその戦術的な機転には、敵ながら心からの敬意を表するよ。――だが、聖剣により底上げされた今の私の『身体能力』を、あまり舐めないでもらいたいな」

静かに告げながら、手にした聖剣カリバーンを正眼に構えるルーグ。その瞳には、欺かれたことへの怒りではなく、むしろリヒトという宿敵を完全に仕留めるための、冷徹極まる至高の闘志が宿っていた。

リヒト「やれやれ……。しつこいな…。」

リヒトもまた、ため息をひとつつきながら、両手に漆黒の魔成剣を錬成して生み出し、さらに自身の背後へと禍々しい『陸爪りくそう』を牙の如く編み上げていく。

もはや、一歩も退けぬ完全な袋小路。

敗北した仲間を背負うジャッカルの長と、それを屠らんとする帝国の最高武力。

夜闇の闘技場を舞台に、剣聖一席vsリヒトの、文字通り命を削り合う『第三ラウンド』の火蓋が、ここに再び切って落とされた。


リヒトは意思を動かす。

自身の背後に禍々しく控える、あの空中戦を支えてきた六本の陸爪りくそう――その質量に擬態させた漆黒の魔成剣を、瞬時に夜の闇の中へと解き放ち、完全に気配を紛れ込ませる。

その隠密の動作と同時に、リヒトは正面に構えた左手の魔成剣を、ルーグの喉元目がけて超速で投擲。

そして、放たれた剣の軌道を追うように、自身も一瞬にして空間を転移した。

パッと目の前に現れたリヒトは、着地の慣性をも置き去りにする高速の三連撃を、右手の魔成剣でルーグへと猛然と振るう。しかし、まるで最初からその軌道が見えていたかのように、ルーグはカリバーンの白銀の刃で当たり前の様にその全てを受け流してみせた。


チィィン、ガキィンッ!


受け流した刹那、ルーグが冷酷な反撃のためにカリバーンを鋭く一閃させる。だが、その白銀の剣筋に、すでにリヒトの肉体は存在していない。

リヒトはあらかじめ空中に固定配置しておいた、一本の陸爪の足場へと瞬時に跳躍し、ルーグの間合いから一歩早く離脱していたのだ。

ルーグ「――逃がさん」

追撃せんと、重力を無視したような爆発的な脚力で跳躍してきたルーグを、リヒトは空中で真っ向から迎え撃つ。


ガキィン!!!


鉄と鉄が激しくぶつかり合い、夜の帳が下りた闘技場の上空に、火花が激しく散り散りになって咲き誇る。

崩壊した闘技場の上空を舞台に、リヒトは『転移・不可視の奇襲・即座の離脱』を幾度となく超高速で繰り返していく。だが、聖剣カリバーンによって驚異的なまでに引き出され、強化されているルーグの底知れぬ身体能力は、とても足場の不安定な空中とは思えないほどの神速の反応を見せ、リヒトの連撃を完全に防ぎきっていた。

ルーグ「ふむ……。流石に、そろそろ君のその攻撃にも、私の身体が『慣れて』きた頃合いだね……。悪いけれど、その単調なヒット・アンド・アウェイには、少々飽きがくるよ」

リヒト「――なら……っ! こんなのはどうだ?」

リヒトは再度、陸爪を蹴って空中を大きく跳躍。

死角の闇へと完全に身を溶け込ませ、ルーグの超人的な視界から一瞬ではあるが完全にその姿を眩ませてみせた。


ガキィンッ!!


背後から死角を突いて鋭く飛来した一本の魔成剣。

それを、ルーグは振り返ることもなく、背中の感覚だけで当たり前のようにカリバーンの峰で弾き飛ばす。

ここまでは、先ほどまでの空中戦と何一つ変わらない、ルーグの絶対的な防衛の範疇だった。

――しかし。次にこの闘技場の上空で起きた事象は、先ほどまでのルーグの予測を、根底から裏切る全く異なる理であった。

ルーグ「――ッ!? なんだ、これは……!?」

ルーグの端正な顔が驚愕に歪む。

先ほど完璧に弾き飛ばしたはずの漆黒の剣が、空中でおかしな軌道を描いてピタリと静止。

直後、まるで生き物のようにその場で不気味に回転をはじめ、意志を持つかのようにルーグの首筋目がけて再度猛然と斬りかかってきたのである。

ルーグ「ちっ……! 意思を持つ自律型の剣とでも言いたいのか……!?」

先ほど闇に紛れ込ませておいた六本の剣――その実態は空間制御による遠隔操作。

リヒト自身が直に肉体を使って放つ一撃に比べれば、自転する剣の重さ(威力)自体は確かに軽い。

だが、肉体の質量を持たないその刃が描くターンは、人間側の予備動作が皆無なため、速度が文字通り段違いに速いのだ。

そして――ルーグがその不気味な軌道を弾こうとした瞬間、彼の死角から、さらに二本の黒い魔成剣が信じがたい加速で追加で飛来する。


ヒュガガガガガガガッ!!!


死角から急襲する、完全に独立した三本の魔成剣の同時多発的な乱舞。

いかに聖剣の解放で強化された剣聖一席といえど、常識的な『人間との一対一の対決』から完全に逸脱した、全方位からの予測不能な変則連撃を前にして、ルーグはその美麗なカリバーンを必死に振り回し、今や完全な「防戦一方」の窮地へとハメ込まれることとなった。


ルーグ(速い……! 速度が段違いに速すぎる……。この多重変則攻撃、1stの身体強化のみで完全に捌き切るには、流石に限界があるね……!)

事実、空中を舞う三本の魔成剣は、ルーグの強固な防陣を確実にすり抜け、その硬質な身体に浅い傷を数箇所、明確に刻み込んでいた。

いかに【カリバーン・エクステンド】の恩恵により、常人を遥かに超越した次元まで身体能力が強化されているとはいえ、ルーグとて無敵の不死身ではない。

この1stの形態は、魔力そのものが爆発的に増幅したわけでもなければ、世界を書き換えるような超人的なスキルが新たに解放されたわけでもないのだ。

元々が超高性能であるルーグの身体スペックを底上げし、聖剣の王の力によって、その眠れるポテンシャルを100%以上に引き出しているに過ぎないからである。

ルーグ(……夕刻の戦闘開始から、そろそろ十分な時間は経過している。二段階目を解放するか……? ――いや、まだ致命的な一撃を喰らったわけではない以上、ここで手札を晒すのは早計というものだね。)

絶え間なく殺到する魔成剣の嵐をミリ単位で見切り、弾き、受け流しながらも、ルーグの冷徹な頭脳は次の一手に向けて思考を重ねていく。

夕刻にカリバーン・エクステンドの第一段階(1st)を開放してから、かなりの時間が経過しているのは事実。

ゆえに、聖剣が蓄積した次段階へのトリガー――二段階目の能力開放【魔力総量全解放(2nd)】は、すでにいつでも使用可能な状態へと達していた。

しかし、その絶大な切り札を機能させるには、目の前のリヒトという戦術の天才を相手に、決定的な隙を自ら見出して使わねば、その虚を突くことは決して叶わないだろうと、一席の経験が告げていた。


だが――リヒトの思考の速度は、ルーグのそれをさらに一枚、上回っていた。


リヒト「悪いが、少し場所を移すぞ。」

ルーグ「――っ!?」


思考を重ね、自律する魔成剣を必死に跳ね除けながらも、ルーグはリヒト自身の「存在感知」を執拗に続けていたはずだった。

しかし、リヒトはその精密な索敵の網を完全に潜り抜けるようにして、突如としてルーグの目の前の虚空へと空間跳躍し、肉薄してきたのである。

あまりの神速の接近に、防戦一方だったルーグの対応が一瞬、致命的に遅れる。


ドガッ!!!


ルーグの引き締まった腹部へ、リヒトの身体強化を乗せた痛烈な前蹴りが寸分の狂いもなく炸裂した。

およそ人間が物理的に吹き飛ぶ速度を遥かに置き去りにして、ルーグの重厚な肉体は闘技場の上空から凄絶な音を立てて弾き飛ばされ、一直線に【王都の広場方面】の夜空へと弾丸のごとく吹っ飛んでいった。

リヒト「……よし。メーガスたちは、概ね順調のようだな」

蹴り飛ばした反動で空中へ滞空しながら、リヒトはちらりと眼下の闘技場を見やった。

そこには、メーガスが展開したであろう巨大な転移ゲートが怪しく輝き、傷ついたジャッカルの兵士たちが、着実に撤退を完遂するために続々と集いつつある様子が見て取れたのである。

これ以上、この闘技場の上空でルーグとの戦闘を継続すれば、余波によって階下のジャッカルの兵たちにさらなる甚大な被害が出るのは火を見るより明らか。

だからこそリヒトは、あえてルーグを広場の方角へと豪快に吹き飛ばし、この闘技場という絶対の離脱ポイントから、最強の脅威を物理的に引き剥がしたのである。

自身の身を盾にしてでも仲間を守り抜く――まさに、ジャッカルの長としての冷徹かつ情に厚い戦術判断であった。


ギークを駆けつけたジャッカルの兵士たちが無事に発見し、迅速に応急処置を開始した――その様子を上空からしっかりと見届けたリヒトは、即座に意識を完全に切り替え、夜の帝都を広場へと向かって跳躍した。

放っておけば、あの一席ルーグのことだ。

すぐさま体勢を立て直して自身の元へと神速で舞い戻ってくるであろうことは、リヒトが一番よく知っていたからだ。

リヒトは空中を疾走する。

前方へと漆黒の魔成剣を力強く数度投げつけてはその剣の位置へと瞬時に空間転移し、出現と同時に再び剣を前方に投げては転移する。その超絶的な跳躍の繰り返しは、地上をいかなる俊足で駆け抜けるよりも遥かに速い速度を生み出し、リヒトの肉体を最短距離で広場へと運んでいた。

前方の夜闇を見据えるリヒトの魔力感知には、先ほど蹴り飛ばしたルーグの傲岸な魔力反応が、寸分違わずに王都中央広場から強く感じ取れる。

それと同時に、すでに広場を脱出した飛鳥やリュド、未だ前線で踏み止まるメーガスやジャック、そして王城前からこちらへと急行しているルシウスの魔力も捉えていた。

しかし、その中にもういくつか、明確に異質な「強い魔力反応」が混ざり合って感知できる。

だが、それが一体誰のものなのかまでは、この距離では正確に判別ができないため、リヒトは一旦それを思考の外へと弾いた。

図らずも、今や帝都最大の激戦区と化した王都中央広場へと、ジャッカルの長リヒトはついに到着したのだった。

広場の中央では、凄絶な肉弾戦が未だに繰り広げられていた。


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