魔弾の導標(バレット・ライン) ―モーセの如く割れし鋼の海―
時は現在に戻り、騒乱の王城前。
ルシウス「なるほどね……。それは僕も、全く思ってもみなかった特大の増援だ」
ノウスからの信じがたい、しかしこれ以上ない朗報を受け、ルシウスは脳内のチェス盤を凄絶な速度で書き換えていく。
ルシウス(彼らの目的も、僕たちと同じく『帝国からの脱出』……。となれば、あの破格の四人を一時的にでもこちらの戦力に加え、共に広場へと後退する方が、ジャッカルの生存率は格段に上がりそうだ。――なら、今この瞬間に僕が取るべき行動は、一つだけだね)
ルシウス「ノウス……少しだけ、派手な手荒い仕事に付き合ってくれるかな?」
地下機構の破壊によって王城周囲の魔力の使用制限が完全に解かれ、十全に自身の技を放つことが可能となったルシウスは、漆黒の魔弓を正面へと構え、隣に控えるノウスに声をかける。
ノウス「――仰せのままに、ルシウス様」
ノウスもまた、主の意図を寸分の狂いもなく汲み取ったのだろう。その手元には、銀色の双短刀が静かに構えられ、いつでも死線へと飛び出せるよう、その五体に極限の駆動を宿していた。
ルシウス「こちらの魔力が完全に底上げされて戻った。多少手荒になってでも、あの城の喉元から現れた彼らとの『合流』を最優先する。合流を果たしたら、即刻この場を捨てて広場のメーガスたちまで全速力で離脱だ!」
ノウス「御意」
ルシウスの指示と共に、ノウスの姿はまたもや夜闇の影の如く、一瞬にしてその場から完全に掻き消えた。
正面の帝国軍を内側と外側から挟撃し、合流の導線を引くために闇を駆けたのだ。
ルシウス「さて……魔力が使えるなら……久しぶりに、全力でいかせてもらおうか」
静かに呟きながら、ルシウスは自身の底知れぬ魔力を練り上げ、弓の弦へと引き絞る。
大気中の魔素が一本の、禍々しくも美しい純白の光の矢として錬成され、強固な魔弓へと番えられた。
ルシウスは現在の位置から、帝国兵の頭越しに、あの混乱に揺れる王城の正門を正確に見随えて狙いを一点に絞り、矢の先端へとさらに膨大な魔力をこれでもかと集約していく。
ルシウス「――この一矢で、彼らへの道を切り開く! 【魔弾の導標】!!!」
引き絞られた弦が、限界の咆哮を上げて解き放たれた。
バヒュウン!!!!!
ズガガガガガガガガガン!!!!!!!
ルシウスの手元から放たれた光の矢は、音速すらも置き去りにする狂気的な速度で、王城正門へと向かって一直線に撃ち出された。
その直線上の射線に位置していた哀れな帝国兵たちは、防御の障壁を張る暇さえなく、まるで巨大な大砲の直撃を受けたかのように肉体をボロ雑巾のように貫かれ、四方八方へと凄絶に吹き飛ばされていく。
だが、それでもなお、その矢の持つ凄まじい推進力と威力は一切衰えることなく、空間を削り取りながらまっすぐに飛んでいく。
ズドォーーーン!!!!
王城の巨大な正門そのものへ光の矢が突き刺さると、まるで超大型の魔導砲による砲撃を至近距離で受けたかのような激しい地鳴りと振動が、正門前広場全体を容赦なく襲った。その理不尽なまでの破壊の威光は、グァイス率いる帝国兵たちの心に、消えない「恐怖」を強烈に植え付けた。
矢が通り抜けたその圧倒的な軌道上には、まるでモーセの海割りの如く、帝国兵の死体と空間が綺麗に押し退けられた「一本の直線状の道」が出来上がっていた。
白煙が風に舞うその大穴の向こう側。
正門前のルシウスの視線と、たった今城の中から凄まじい暴れっぷりで出てきたばかりのガルナ、ソウエン、ミル、シャウたち闘技場組の視線が、遮るもののなくなった一本の道を通じて、互いに互いの位置を明確に視認したのである。
ミル「軍勢ではないけれど……、でも、あそこが一番の安全地帯よ!」
ルシウスが【魔弾の導標】で穿った一本の直線の道の先、漆黒の魔弓を構えて佇む彼の姿を捉えたミルが、即座に全員へ向けて声を張り上げる。
ガルナ「おいおい、さっきの攻撃……とんでもねぇ威力だぞ。一撃でこの分厚い陣形を縦にブチ抜きやがった……」
ノウス「当然だ。あれこそが、我がジャッカルのNo.2たるルシウス様の御力なのだからな」
突如として隣の影から平然と姿を現したノウスの言葉に、ソウエンとシャウの表情が劇的に変わる。
ソウエン「……っ、ジャッカル!? いま、ジャッカルと言ったのか!?」
シャウ「ははっ……。おいおい、この大騒ぎ、まさかとは思うけど……『ジャッカルvs帝国』の本物の戦争じゃないよね、これ?」
ノウス「その通りだが。……今さら気づいたところで、何が問題でもあるのか?」
シャウ「いやいや……。ボクらはとんでもない大火事の、一番熱い中心地に迷い込んじゃったもんだなぁってね……」
苦笑いを浮かべながら、やれやれと大袈裟に肩をすくめるシャウ。しかし、その隣に立つソウエンは一転して、隠しきれない不穏な殺気と憎悪をその瞳に宿しながら、ノウスを冷酷に問いただした。
ソウエン「……お前は、あの忌むべきジャッカルの手の者なのか……。ならば……」
その空気の変質を瞬時に察知したノウスであったが、動じることなく、ただ冷徹に、突き放すような正論で先を促した。
ノウス「我らジャッカルに対してどのような私怨、過去を持つのかは知らぬし、構わない。だが、今この場でそんなものを吐き出しているほど、お前にも、俺たちにも余裕は無いぞ。――お前が真に我らを脅かすほどの怨みを持っているのであれば、まずはこの絶望的な戦況を『生き延びて』みせろ。死人には、復讐の権利すら無い」
ソウエン「――くっ……! ……覚えていろ……っ」
拳を血がにじむほどに固く握り締めながらも、ソウエンは現在の状況を冷静に判断し、胸の奥の私怨を強引に抑え込んだ。
そうして彼らが一瞬の言葉を交わしている間にも、戦場はコンマ数秒の猶予もなく、絶え間なく動き続ける。
王城前の本陣。
ジャッカルの兵が引き、剥き出しになった正門跡のクレーターを見下ろしながら、帝国軍・軍師グァイスの残忍な哄笑が夜空に響き渡った。
グァイス「くははは!!! 誘い込まれたドブネズミどもよ! 貴様らの完璧な奇襲とやらは、最初からすべて我が手の平の上よ! いま、この場で無様に息絶えるがいい!!」
高らかなグァイスの号令。
その瞬間、それまで王城に背を向け、外のジャッカル正軍を警戒していた帝国兵の『全て』が一斉に反転。
城内から文字通り飛び出してきたばかりのガルナたち四人に向けて一斉に向き直り、ギラついた刃を構えて包囲網を急速に狭め始めたのである。
ジャッカルの軍勢が撤退を始めたとはいえ、その正面には未だルシウスが展開しており、いつでも次の一撃を放てる状況だというのに――グァイスはそれを完全に無視し、全軍による「武闘会組の圧殺」を選択したのだ。
グァイス(――正面のルシウスという小物の動きに、これ以上かかずらう必要はない。やつが先ほど放った、あの地形すら変える強力な一矢。あれほどの術だ、そう簡単に何度も連発できるものではあるまい。どれほど魔力が戻っていようと、撃ててあと一回……といったところだろうな。威力は絶大だが、所詮は単体、あるいは直線上の範囲攻撃に過ぎん。引き換えに我が軍が受ける犠牲の数は、大局で見れば然程多くはない)
グァイスの頭脳は、至って整然と戦場を把握し、ルシウスの魔力の限界値、そしてルシウスが次に「取りたいであろう選択肢」を完全に読み切っていた。
グァイス(それよりも……あの城内から出てきたイレギュラーのネズミどもが、正面のルシウスと完全に『合流』することの方が、我が盤面にとっては遥かに危険。退路が開かれる前に、まずはあの城の喉元にいる四人を確実に包囲し、ここで圧殺して封じることこそが先決……!)
グァイス(とはいえ……地下の魔力抑制機構を完全に破壊されたのは、流石に想定外の痛手だな……。あのデバイスの建造に、一体どれほどの莫大な国家予算と時間がかかっていると思っているのだ、忌々しい……)
ルシウスが放った先ほどの一矢の威力から、地下の結界機構が完全に破壊されたことを即座に察知していたグァイス。彼は内心で頭を抱えたくなるほどの激しい怒りと衝動を、冷徹な軍師の仮面で強引に抑え込み、今目の前にある「ジャッカルの完全な各個撃破」という冷酷な事実の処理へと、全兵力を集中させたのだった。
ガルナ「突っ走るぜぇぇぇっっ!!!」
吼えながら愛槍を大きく頭上で振り回し、暴風の如き勢いで正面の敵陣へと単身突撃するガルナ。
その背中を追うように、ソウエンもまた拳を構えて滑り込むように続く。
ソウエン「――あまり一人で無理しないでくださいね、ガルナ!」
帝国兵「たかが四人で何ができるかァァッ!!」
帝国兵「我が帝国の圧倒的な軍勢を舐めるなよ、異国のネズミどもがぁッ!!」
すぐさま突出した二人に対して、蟻の群れのように帝国兵が殺到する。手柄を焦る彼らは、ガルナとソウエンの首を今すぐここで獲らんばかりに、ギラつく剣を、鋭利な槍を容赦なく振り翳しながら四方八方から肉薄した。
しかし――。
ドスドスドスッ!!!!
ガルナ「舐めんな雑魚どもがぁッ!! 邪魔だ退きやがれ!!」
ガルナの放った、文字通り軌道すら見えない神速の槍の乱舞が、群がる帝国兵の肉体を次々と無慈悲に穿ち、大盾ごと大きく後方へと吹き飛ばしていく。
その超絶的な槍筋に巻き込まれた兵士たちは、必死に剣を掲げて防御しようとした。
だが、ガルナの圧倒的な武の技量から放たれる一撃は、剣と鎧のわずかな隙間を精密に縫うようにして襲い掛かり、彼らが防ぐという思考に至る前に、確実にその命を刈り取りに来るのだ。
まさしく、常人にとっては「回避不可」にして「防御不能」の神技。
その凄絶な先陣の動きに魂を感化されたかのように、残る三名も即座に己の武を爆発させる。
ソウエンの冷徹な一撃が、ミルの美しくも破壊的な拳が、そしてシャウの軽やかながらも的確な連撃が、それぞれ敵兵を薙ぎ倒し、吹き飛ばし、ひしゃげさせ――ルシウスが【魔弾の導標】で穿った「一本の道」を力尽くで維持し、さらに切り開いていく。




