最底層の同盟 ―零遺衆と武闘会組、最強の呉越同舟―
時間を少し遡る
ノウスたちが城の地下深くに広がる隠し通路へと、音もなく、影のように侵入して最初に目にした光景。
それは、頑強な石壁のあらゆるところに生々しく刻まれた破壊の痕跡と、ことごとく一撃で叩き伏せられ、昏倒している帝国の精鋭兵たちの姿であった。
ノウス「……何が起きている」
冷徹なノウスの眉が微かに動く。
言い知れぬ疑問を抱きながらも、まずは最優先事項である目的の地下研究室(魔力抑制機構の安置室)を目指して、隠密のまま歩を進める。
だが、進行方向――機構のある部屋へと近づくに連れ、通路に倒れ伏している帝国兵の数は、反比例するように目に見えて増えていっているのだ。
これ以上、何の警戒もなしに無防備に進むことには重大な危機感を感じたノウスは、即座に認識阻害・偽装魔法【ハイ・シャイド】を発動。さらに、後ろに続く零遺衆のメンバーたちにも、個々の魔力と気配を完全に断絶するよう手記で指示を飛ばした。
姿を完全に消し去り、死神のように地下の暗闇を進むノウスたち。
そして、その通路の曲がり角を抜けた先で――彼らはついに、帝国軍を内側から崩壊させている『違和感の正体』と、正面から直面したのである。
ガルナ「ちっ……だから地下通路なんて気味の悪いところ、進みたくなかったんだ。余計に面倒な連中が湧いてきやがる」
ソウエン「仕方ないでしょう、ガルナ。地上はすでに得体の知れない大混乱に包まれているんです。今から正面の関所や城門を真っ当に通って、帝都を抜けるなんて不可能です。この抜け道を使う他ありませんでした」
ミル「そうね。これだけ騒ぎが大きくなれば、外の警備も尋常じゃないわ。地下の方がまだマシよ」
シャウ「まっ、行き止まりの逃げ場がないところで囲まれるから、めんどくさいのは事実だよねぇ……っと、ほらまた次が来たよ!」
帝国武闘会にて、実力でトーナメントまで足を進めた異国の一流の戦士たち。
なぜか彼らの一団が、帝国への反逆の意思など最初から持ち合わせていないはずの者たちが、血気盛んに武器を構えてそこにいたのだ。
ノウス「お前たち……地上への道を探しているのか?」
その一団の前に突如としてノウスは偽装魔法【ハイ・シャイド】を自ら解き、暗闇の中から堂々と姿を見せたのである。
無論、何もない虚空から突如として現れたノウスに対し、なんの警戒もしないほど彼らは愚かではなかった。
ガルナ「何者だ……! どこから現れた……っ」
ソウエン「……っ(この状況で、これほど完璧に気配を消していたというのですか……)」
ミル「……強い……っ」
シャウ「へぇ……これは、なかなかの大物だね……」
四人ともが、言葉を交わすよりも早く瞬時に臨戦態勢をとり、いつでもその首を刎ねられるよう、己の間合いを完璧に維持して低く構えたのである。
ノウス「争う気はない。俺はこの先の地下研究室に用があるだけだ。……お前たちの目的を果たす邪魔はしない」
ガルナ「……ちっ。そうかよ。なら用があるってんなら、とっととそこを通って行きやがれ」
ソウエン「ちょ……ガルナ、いいんですか!? どこの誰かも分からない不審者ですよ!」
ガルナ「構わねぇだろ。こいつにハナからその気なら、俺たちが気づく前、とっくに一人は後ろから首を獲られて殺されてる。――こいつは多分、とんでもねぇレベルの手練れの隠密だ。ここで無駄な消耗をしてる場合じゃねぇ」
ミル「そうね……彼の言う通りよ。あの方からは明確な敵意を感じないわ。彼とはここで争わないほうがよさそう」
シャウ「ま、異論はないかなー」
ノウス「話が早くて助かる。では、言葉通り通らせてもらうとしよう」
すれ違う刹那、互いの視線が火花を散らすように交錯する。
だが、ノウスの本来の目的はあくまで魔力抑制機構の破壊。彼らと刃を交える理由などどこにもない。
ノウスは零遺衆のメンバーを率い、彼らの横を音もなく、しかし確実な威圧感を残したまま通り抜けていった。
――だが、ノウスが引き下がったのは、純粋な戦回避のためだけではなかった。
地上の苛烈な戦局、ジャッカルの劣勢。そして、この「圧倒的な手札(異国の戦士たち)」が、何も知らずに王城の喉元で迷っているという現実。
ノウスは通り抜けざま、背中越しに冷徹な平熱の声を、迷える一団へと投げかけた。
ノウス「……地上への道を探しているのであれば、途中まで付いてくるといい」
ガルナ「……は? なんだって?」
ノウス「先ほどのお前たちの会話が、通りがかりに聞こえてな。帝国から出ていくために、地上を避けてこの地下に潜ったのだろう?」
ミル「そうですね。そこのソウエンさんが、地上は混乱しているからそのほうが安全で確実だと言っていたので、信じて付いてきたのですけれど……」
ソウエン「……っ」
ミルに淡々と、しかしどこか呆れられたような声音で言われたソウエンは、バツが悪そうに気まずく顔を大きく逸らした。
ノウス「それで、現在地がわからずここまで迷い込んできた……というわけか。残念だが、目的地とは真逆もいいところだ。お前たちは今、王城の最深部、その真下へと向かって進んでいる」
シャウ「あちゃ〜。真逆だったんだねぇ、ソウエンくん。これは流石に想定外。なら、大人しく今きた道をそのまま戻ったらいいんじゃないかな?」
ノウス「――いや、それだけはやめておいたほうがいい」
シャウ「ん? なんでかな?」
ノウス「現在の地上の戦局を考えればわかる。城門の防衛に帝国が兵士を『増援』として送る場合、地上の瓦礫の山を進むより、最速で駆けつけるためにこの整備された地下通路を使うのが最適だ。ならば、お前たちが今通ってきた道はもちろんだが、その先、帝国の外に出るための本来の隠し通路は今頃――帝国兵が城門に向かうために、怒涛の行軍をしていると考えてまず間違いない」
シャウ「……なるほどねぇ。鉢合わせすれば、狭い地下で前後を挟まれて終わり、か。なら、このまま進んで、いっそ『城の中から地上に出たほうが賢い』……ってわけだ」
ノウス「その通り。無論、出口の先はおとなしく通してくれるような安全なところではないが、お前たちの力量なら、力押しでも十分に突破できるだろう。堂々と城の中から外へ押し出せばいい」
ガルナ「おい、待てよ……。今の話だと、城の中から外に出たところで、結局のところ俺たちが外で待機してる帝国の全軍に囲まれねぇか?」
ノウス「心配はいらない。城の正門前には、現在俺たちの正軍が対峙している。そこへ飛び出し、合流すればいいだけのこと。お前たちほどの理不尽な戦力が、城の内側から突如として飛び出してくれば、いかに精強な帝国軍とて並の部隊であればある程度、いや確実な混乱に陥る。その隙に敵陣の真ん中を強行突破し、城門まで抜けるんだ」
ソウエン「大軍の中を、内側から強行突破……!? ありえない、そんな無茶苦茶な作戦……!」
ノウス「なら、このままきた道を引き返し、狭い地下通路で正面から無限に湧き出る帝国兵の増援と、文字通り死ぬまで戦えばいい。――俺たちからすれば、それでも十分にありがたい話ではあるがな」
感情の籠もらない冷徹なノウスの言葉は、事実であった。
彼らがこのまま引き返し、地下からの帝国軍の増援をその圧倒的な武力で食い止めてくれるだけでも、ジャッカル側としてはかなりありがたい話ではある。それだけで、劣勢を極める地上の戦局が、さらに窮地に立たされる可能性の芽を事前に摘み取ることができるからだ。
だが――地上で『生きた戦力』として敵の陣形を内側から崩壊させ、合流してくれるほうが、ジャッカルの撤退戦においては何倍も、何十倍も効果が大きい。
その冷徹な計算があるが故に、ノウスは彼らに現状の危機を細かく、そして論理的に伝えた。
そして、しばらくの沈黙ののち、生き残りを賭けた彼らの回答は、ノウスの予想通りの方へと傾くこととなった。
ガルナ「ちっ……。お前の口車に綺麗に丸め込まれた気がして最高に気に食わねぇが……。冷静に考えて、あんたの言う方法の方が生存率は格段に高そうだな」
ミル「そうね……。ここで帝国兵の壁に圧殺されるよりは、勝機があるわ」
シャウ「なら、決まりだね。急ごう、ガルナ。背後からの軍がいつ迫ってくるか分からないんだから」
ノウス「交渉成立だな。――なら、遅れるなよ。ついてこい」
こうして、地上のルシウスも、リヒトさえもあずかり知らぬ地下の暗闇において、隠密部隊『零遺衆』と、帝国武闘会を沸かせた『武闘会組』の一時的な、しかし最強の共闘が静かに成立したのである。




