万象の復元、闇に狂い咲くバーサーカー
コオオオオオオオオ!!!!
ロック「むぅ……?」
突如として広場に響き渡ったのは、神聖かつ異質な駆動音。
拳聖の怪訝な視線の先――先ほど自身が渾身の一撃でクレーターの底へと撃ち落としたはずの少年ジャックの身体が、突如として夜闇を消し飛ばすほどの、まばゆい黄金の光を放ち始めたのである。
その神秘的な光はジャックの全身を優しく包み込むと、過負荷と衝撃によってズタズタに損壊していた彼の肉体を内側から強引に修復し、骨を繋ぎ、内臓の傷を塞いで、みるみると正常な状態へと戻していく。
???「――【万象復元】」
ロック「治癒魔法……なのか……っ!? 否、これは……っ」
目の前で起きている、生物の限界を無視したあまりの超常事象に、さしもの拳聖も理解が追いつかず、驚きで声を漏らす。
そして、その奇跡の術を放った張本人たちが――歪んだ空間の裂け目から、ロックの目の前へと優雅に【転移】してきた。
メーガス「飛鳥の魔力が弱まったから来てみれば……。想像以上ね……。まさか、あのジャックまでここまでボロ雑巾にするなんて。流石は帝国の拳聖といったところかしら」
斗真「うぉ……っ。転移魔法って、やっぱりめちゃくちゃ便利なものなんだな。一瞬でこんなところまで来ちまうなんて」
深月「兄上、あまり取り乱さずに……。敵の目の前です、威厳を保ってください」
姿を現したのは、魔女メーガス、そして彼女の手によってこの場へ引き連れられてきた一之瀬斗真、深月の兄妹――計三人の、想定外すぎる特大の増援であった。
一之瀬兄妹はまだ転移魔法という規格外の術に慣れていないのだろう。
緊迫した戦場であるにもかかわらず、少年のように純粋に便利さに感動して喜びを隠せない斗真と、それを冷静になだめる深月。冷徹な拳聖の眼前にあって、彼らはあまりにも戦場には似つかわしくない独特の緊張感を伴って登場したのだ。
ロック「むぅ……。この期に及んで、まだこれほどの手練れが増援として現れるか……。ワシもそろそろ王城に向かいたいと思っておるのだが、つくづく間が悪いな……」
メーガス「あら。私の可愛い仲間たちをこれほど酷い目に合わせておきながら、今さらこの場から生きて逃がすとでも思っているのかしら?」
老武人の億劫そうな呟きに対して、メーガスは冷酷な微笑を浮かべながら、脳髄を震わせるほどの「本気の魔力」を周囲に練り上げていく。
その気になれば、広域破壊魔法によってこの中央広場一帯を塵一つ残さず更地に帰すことなど彼女にとって容易いことなのだが、そうすれば周囲の仲間も確実に巻き込んでしまうため、今はその絶大な出力を限界まで圧縮し、抑え込んでいる。
一方、斗真は【万象復元】によって呼吸を安定させ始めたクレーターの中の少年に一瞥をくれた。
斗真「……ジャック、といったかな。私を相手に闘技場で戦って、あれだけ満身創痍だったっていうのに……よくもまあ、こんな化け物相手にひとりでここまで持ちこたえたもんだ。感心するよ。――あとは、私たちが引き継ごう」
深月「兄上、そもそも私たちがこの者たちにこれ以上手を貸す義理も理由もないと思われますが……?」
斗真「一度手を貸したんだ、深月。二度も三度も大して変わらんだろ。それに、一度でも本気で手合わせをした仲の者が、目の前でこれほど手ひどいやられ方をしているんだ。一之瀬の武の誇りにかけて、それを見過ごすことなんてできないだろう?」
深月「……はぁ。本当に、兄上がそう仰られるのでしたら……お供いたします」
まっすぐな瞳で戦意を燃やす斗真の言葉に、深月は小さくため息をつき、呆れた様子で、しかし兄への絶対の信頼をその切れ長の瞳に宿して静かに剣を構えた。
夕陽は完全に地平線へと没し、帝都の広場を真の夜が支配していく。
だが、その暗闇を切り裂くようにして――拳聖ロックの、本日「三戦目」となる予測不能の死闘が、静かに幕を開けようとする。
ロック「ふむ。若い剣士よ。どうだ、ここはお互いに『見逃す』というのは? ワシも一刻も早く王城へ行かねばならん。お主らとて、ここで無駄に命を散らす必要もなかろうて」
満身創痍の身体でありながらも、なお凄絶な戦意を失わない強者たちを前に、ロックは億劫そうに取引を持ちかける。
だが、その提案にフッと鼻を鳴らしたのは斗真だった。
斗真「おじさん、提案は魅力的だし、大人の割り切りとしては正解なんだろうけどねぇ。あいにく私も武人だ。一度でも全力で拳を交わした友をこれほど手ひどく傷つけられて、黙って尻尾を巻けるような、便利な武士道は持ち合わせていないんだよ」
腰の刀の柄へと静かに手をかけ、ロックの呼吸を鋭く見据える斗真。
ロック「なれば、腕づくで平伏させていくのみよな。……覚悟せい、若造」
斗真「ははっ……流石に拳聖の一撃は、想像するだけでこわいねぇ」
二人の間に、衝突寸前の武士同士にしか漂わない、張り詰めた極限の緊張感がピキピキと走る。
互いが姿勢を低く沈め、神速の踏み込みを放つ前特有の「溜め」の姿勢をとっていく。
――だが、その極上の緊迫感を、背後から無慈悲にぶち破ったのはメーガスだった。
メーガス「悪いけど。あなたに腹が立ってるのは、私も同じなのよ。――一坊や、私たちに加勢してくれるのは素直に嬉しいけど、少し引っ込んでてくれるかしら?」
斗真「えっ……? いや、ちょっと待ってくれ。今の会話の流れ的に、確実に私がこのおじさんと一対一で戦う流れだったのでは……?」
メーガス「そもそも、これは私たち『ジャッカル』の戦いなの。部外者のあなたがケリをつけるのは筋が違うわ。そこを退きなさい」
女王の如き絶対的な拒絶の言葉を突きつけられ、斗真は呆気に取られたように刀からそっと手を離す。
斗真「だ、そうだ。おじさん。悪いね、出番を奪われちゃったよ」
ロック「はっ! ワシは相手が誰であろうと一向に構わんぞ! この女を真っ先に屠ったのちに、お主をじっくり相手どればいいだけのことだからな!!」
メーガス「ちっ……。どこまでも舐められたもんね、この老いぼれが」
ロックの尊大な言葉を聞き、メーガスは隠すこともなく不機嫌そうな顔で盛大に舌打ちをしてみせる。
直後、彼女の妖艶な指先が、スッとロックの心臓目がけて真っ直ぐに向けられた。
大陸最高峰の魔導士――「魔女」メーガス。
彼女がその絶大なる魔法の真髄を、この夕闇沈んだ広場で遺憾なく発揮しようとしていた。
静寂を破ったのは、やはり拳聖ロックであった。
ロック「ぬぅん!!!!」
一瞬の爆縮に似た踏み込みと共に、ロックはメーガスの顔面目がけて一切の容赦なく硬質の拳を振り抜く。
魔導士対拳聖。
純粋な肉弾戦、その至近距離における優劣など、火を見るより明らか。誰もが魔導士の肉体が消し飛ぶ未来を予感する。
しかし――それは攻撃が当たる範囲、すなわち「格闘戦」が成立すればの話である。
直撃の寸前、ロックの拳は空間を裂く轟音を響かせたものの、メーガスの肉体に触れることなく虚しく空を切るにとどまった。
メーガス「あら。そんな大振りの拳、私に当たるわけないでしょ?」
ロックの視界からかき消え、いつの間にか数歩離れた位置へと優雅に回避していたメーガスが、冷艶な笑みで煽る。
それと同時に、ロックの足元へ鮮血のように赤い幾何学模様の魔法陣が出現。
直後、彼の巨躯を完全に包み込むような、天を衝く巨大な火柱が爆発的に燃え上がった。
ロック「ぬぅ……っ!?」
激しい熱量と炎の直撃に驚きながらも、ロックは百戦錬磨の直感で即座にその場を大きくバックステップで離脱。
肉体の焦げを最小限に食い止める。
しかし――その完璧に見えた回避の着地にこそ、すでに「魔女」の狡猾な罠が施されていた。
メーガス「――そこへ跳ぶと思ったわ。ねぇ、いいのかしら?」
ロック「なに……!?」
ズウウウン!!!!!!
着地した瞬間、ロックの身体がまるで底なし沼に囚われたかのように、強固な石畳ごと地面へと深く沈み込んでいた。
彼が回避した場所には、あらかじめ発動限界を見極めた「重力魔法」の罠が精緻に設置されていたのだ。
拳聖の強靭な身体を地面へと強制的に平伏させるほどの、数万倍もの局所的重圧が容赦なくロックの全身を襲う。
ロック(むぅ……これは……ッ! 力尽くでは容易に抜け出せんな……!)
いくら世界最高峰の肉体を誇る拳聖といえど、全方位から均等に圧殺してくる純粋な「重力の理」そのものに抗う術はない。
自身に圧し掛かる底知れぬ重みに耐えんと、ロックは全身の剛肉をミチミチと軋ませて必殺の抵抗を試みるものの、ここから強引に身体を起こし、再び魔女へと向かって拳を振るうことは到底不可能な状態にまでハメ込まれていた。
そこに、動けぬ獲物への無慈悲な追い打ちと言わんばかりに、メーガスの絶対的な魔術が頭上から降り掛かる。
メーガス「これは、私の可愛い仲間たちを傷つけた罰よ。――【雷帝の宣告】!!!」
痛烈な宣告と共に、夕闇が完全に支配し始めている帝都の広場、その大気中に満ちていたすべての魔力が、紫電の雷となって一斉に具象化する。
バリバリバリバリッ!!!
夕闇を引き裂く無数の雷霆。
それらは四方八方、全方位の死角から重力に縛られたロックに対して一斉に襲い掛かり、その頑強な身を容赦なく焼き焦がさんと、爆音と共に幾度となく炸裂した。
ロック「ぐぅぅぅ……!!! おおぉぉぉぉぉっ!!!」
奥歯が軋み、砕けんばかりに歯を食いしばる。
ロックは莫大な魔力を集約させた両拳を固く握り締め、凄絶な雷撃の嵐の中で意識を失わぬよう、ただひたすらに耐え続けていた。
かつて、拳聖ロックという男がその人生の中で潜り抜けてきた、数多の血生臭い戦場。それらを思えば、耐えられない苦痛などこの世に存在しない。
だが、それでも今、自身がその身に受けているダメージは、長きにわたる戦歴の中でも確実に「上位」に入るほどのものであった。
それもそのはずである。
武闘会でギークと戦い、一度は傷を癒したとはいえ、この広場で飛鳥の命を賭した奥義を真っ向から受け、さらには狂気の少年ジャックとの全霊の死闘を終えた直後なのだ。その上で、大陸最高峰の魔導士であるメーガスの、この容赦のない技と最大火力を叩き込まれている。
老いてなお、帝国の四席――『拳聖』の二つ名を冠する男の肉体が、いかに異次元の耐久値と生命力を誇っているかの証明に他ならなかった。
ロック(――とはいえ、流石にワシのこの頑強な骨肉とて、そろそろ限界が近いな。このままあの魔女の都合の良いように攻撃を受け続けるのは……ちと、しんどいか)
肉体を苛む激痛とは裏腹に、ロックの思考は至って冷静そのものであった。
肉体の受けたダメージなど、生き残りさえすればいずれ治る。その絶対的な経験則があるからこそ、多少の致命的な無茶であっても今の自分なら耐えきれると熟知しているロック。それゆえに彼は、自身を苛む雷撃の檻が、その出力を全開から収束へと向かわせる「一瞬の隙」を、肉罠のままじっと待ち続けていた。
そして――。
バリィィン……と、空間を埋め尽くしていた最後の雷撃が、パチンと小さな音を爆ぜさせながら消え去った、まさにその刹那。
ロックの肉体は、重力魔法の呪縛を力尽くで引き剥がすような驚異的な反応速度でその場から弾けるように離脱。
これ以上の追撃を嫌い、態勢を完全に立て直すべく、メーガスの視界から外れる方向へと猛然と距離を取る。
――が、しかし。その跳んだ先には、すでに「先客」が待ち構えていた。
ジャック「――――おっ……さん……っ」
ロック「――なっ!?」
驚愕に目を見開き、背後に迫るその悍ましい気配へと振り返るよりも、早く。
完全な不意を突かれたロックの背面に、空気を爆破するような強烈極まる重撃が、一切の容赦なく突き刺さった。
ドッゴォォォォンッッッ!!!!
メーガスの【万象復元】によって損壊した肉体を完全修復され、「ロックの回避先」へと到達していたジャック。
全快したバーサーカーの全霊の一撃を背後からモロに浴びたロックの巨躯は、受け身を取ることすら叶わず、夜の帳が下りた帝都の広場を真横から激しく横切るような軌道で、凄まじい勢いのまま吹き飛ばされていった。
ロック(――あのわっぱ……! これほどの一撃を放てるだけの力を、未だ残しておったというのか……!?)
広場を激しく吹き飛ばされながらも、ロックは驚きを隠せぬまま、濁った双眸を猛然とジャックの方へと向ける。だが、しかし――視界の端に映り込んだジャックの姿は、つい先ほどまで自身が全開で死闘を繰り広げていた、あの狂気的な「少年」のそれでは断じてなかった。
ジャック「…………」
体表を禍々しく覆い、バチバチと不協和音を立てて爆ぜる黒き雷の如き魔力――その出力に変質はない。
しかし、彼の瞳からは光が完全に消失しており、まるでそこに生身の「自我」が存在していないかのように感じられるのである。
ロック(肉体、魔力共に、どういう原理かは分からぬが完璧に癒えておる。……が、意識がない。意思なき肉体を今なお突き動かしておるのは、あのわっぱの奥底に眠る『純粋な戦闘の本能』といったところか……!?)
百戦錬磨の拳聖が瞬時に見抜いたジャックの状態は、極めて正確であった。
メーガスの放った【万象復元】の奇跡の光によって、ジャックの肉体の傷は完全に癒え、枯渇しかけていた魔力も元の水準まで戻ってはいた。
しかし、彼の限界を超えて摩耗した精神の「意識」までは戻らなかったのである。
本来であれば昏睡してしかるべき状態。
しかし、この広場で渦巻いていたロックとメーガスのあまりにも巨大な魔力のぶつかり合いが、ジャックの肉体に刻まれた戦闘本能を強制的にこの場に留め、闘争の塊として駆動させているのだ。
メーガスもまた、そのただ事ではない状態のジャックを鋭く視界にとらえていた。
メーガス(――まずい。完全に自我を失った『バーサーカー』になってる……。今すぐ止めないと、彼の精神が壊れる……! でも、あの化け物じみた拳聖をこの場に繋ぎ止めるには、ジャックの爆発的な戦闘力がどうしても必要なのよ。くっ……!)
今、この広場に残されているジャッカルの手札と戦況を冷徹に考えれば、ロックを王城へ行かせないためには、ジャックの暴走に頼らざるを得ない。
しかし、これ以上の戦闘を続行させれば、せっかく修復したジャックの肉体は再度ボロボロに損傷し、今度こそ取り返しのつかない重傷を負うか、最悪の結末を迎える可能性がある。
先ほど放った【万象復元】とて、極めて魔力の消費が激しい高位の魔法。
何度も連続で使えるわけではないし、なにより、自分たちがこの帝都から確実に撤退する際の大規模転移のための魔力も、絶対に温存しておかねばならないのだ。
ジャッカルの幹部として、そして仲間を想う一人の女性として、メーガスが激しい葛藤の思考に囚われていた、まさにその折――。
ゴオオオオオオオオオ!!!!!!
遠方――【闘技場】の方角から、帝都の夕闇が下りきった空を真っ赤に染め上げるほどの、凄まじき魔力放出の奔流が天へと立ち昇るのが見えた。
メーガス(――っ、ギーク!?)
一瞬にしてその悍ましい魔力の波長から、それがギークの放った魂の一撃であることを探知したメーガス。
しかし、その後すぐに闘技場に残る彼の魔力の残滓を探った瞬間、彼女の美しい顔色は一気に絶望へと曇らせられることとなった。
メーガス(嘘でしょ……。ギークの今の技、あれ、完全に限界を超えて追い込まれた末の、文字通り命を削った最後の技だわ。……魔力の反応が、消え入りそうなほどに小さくなっていってる……っ)
それはすなわち。
あのギークが、帝国の誇る最高戦力の前に、完膚なきまでに敗北した――闘技場での勝敗が、残酷にも決したその瞬間なのであった。




