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死神の退路 ―蜘蛛の巣に下された冷徹なる号令―

キィン! ガガガン! ギンッ!!


上下左右、全方位の死角から間断なく迫り来る漆黒の刃。その苛烈な猛攻に対応せざるを得なくなった、ほんの一瞬。

本当に、肉眼では捉えきれない「ほんの一瞬」だけ、ルーグの意識からリヒト本体への注意が無意識のうちに逸らされた。


ルーグ「――しまった……っ!」


我に返り、気づいた時には――目の前にいたはずのリヒトの姿を、ルーグは完全に完全に見失っていた。

リヒト(陸爪のおかげで、奴の注意は完全に俺本体から外れた。……だが、今のバフまみれの化け物相手じゃ、陸爪単体の自動攻撃の威力は効果が薄い。確実に負傷させるには、まだ決定的な何かが足りないな……)

空間を跳びながら、リヒトの思考は冷徹に次なる一手を探っていた。

彼は思考を巡らせるその間も、空中に配置されたすべての剣をマーカーとし、絶え間なくノータイムでの空間跳躍を繰り返し続け、剣聖の目を完全に欺き続けていく。

残像すら残さず、帝都の空に溶けるように四方八方から位置を変え続けるその技巧は、まさしく人間の域を逸脱した【神技】そのものであった。

だが、その神の領域の技をもってしても、一刀の元に伏させることがどうしても叶わない絶対的な難敵――それが、帝国最強の頂、剣聖一席ルーグ・ファー・オーガストという怪物。

リヒトは鋭い眼光でルーグの動きを捉え、次なる必殺の戦術を組み立てながら、陸爪による苛烈な自動攻撃の手を一切緩めることなく、一撃で一席の息の根を止めるための「真の勝機チャンス」を、静かに、獰猛に伺っていた。


リヒト(とはいえ……ギークや飛鳥の様子も気になる。ここであまり長く時間をかけてはいられない)

ルーグの隙を伺いながら、リヒトが焦燥を僅かに募らせたその時。

彼の脳裏に、直接語りかけてくるような妖艶で緊迫した「魔女」の声が響き渡った。


メーガス(リヒト、聞こえる? ――広場、そして王城前の戦局は、はっきり言って私たちの劣勢よ。こっちはジャックとリュドがなんとか拳聖を抑え込んでるけど、王城前はルシウスだけ。帝国軍の守備の層が厚すぎるわ)

リヒト(なるほどな……。ギークの様子は、そっちからわかるか?)

メーガス(わからない……。さっきまで、闘技場の方ですさまじい出力の魔力反応を感知してたんだけど……今は嘘みたいに反応が弱くなってる。おそらく、相打ちに近い状態ね)

リヒト(チッ……! そうか。俺も今、目の前の化け物相手に手が離せる状況じゃない…。)

メーガス(わかってるわ。でもねリヒト、リーダーとして、そろそろ『撤退』を視野に入れて動かないと……本当に全員ここで全滅するわよ)

脳内に直接響くメーガスの言葉は残酷極まる現実の突きつけであった。

だが、上空から各地の戦局と仲間たちの消え入りそうな魔力反応を肌で感じ取っているリヒトからすれば、彼女の冷静な判断が恐ろしいほどに正確であることは、火を見るより明らかだった。


ルシウス(――僕も、ちょうど同じ判断をしていたところだよ)

メーガスとリヒトの念話のやり取りに、今まさに王城前で無数の帝国軍を相手に孤軍奮闘しているであろうルシウスの声が割り込んでくる。

リヒト(……ルシウス。お前もその判断なのか)

ルシウス(あぁ。一応、零遺衆レイスには王城前の戦局をひっくり返すための作戦を頼んではいるんだ。だけど、仮にそれが奇跡的に成功したとしても……今の僕らの残存戦力で、ここから王城に全力の攻勢をかけたところで、おそらく落とし切ることはできない)

リヒト(……っ)

ルシウス(それに――これは一番、君自身がよく分かっているはずだ。帝国にはまだ、あの『アーサー』が控えている。違うかい?)

リヒト(……あぁ。そうだな)

ルシウス(僕たちがこれほど疲弊し切った状態で、王城の最深部まで攻め落とすのと、あのアーサーを相手にするのを同時にやるのは……はっきり言うと無謀、自殺行為だ)

メーガス(帝国の守備がここまで組織的で厚いのも想定外だったけど……私たち、最初からうまく『誘い込まれていた』んじゃないかしら)

ルシウス(そうだね。そう考えた方が、今のこの綺麗すぎる包囲網の状況への説明として自然だ)

それぞれ異なる別の戦地で命を削って戦う仲間たちからの、極めて現実的で冷徹な意見。

それは、リヒト自身の脳裏を少なからず掠め、しかし信じたくはなかった「最悪の推論」と、完全に一致していた。

今回の帝都急襲。自分たちは、この帝国という巨大な罠の蜘蛛の巣に、自ら飛び込んでしまったのではないか――。

空中を神速で跳び回りながら、リヒトの胸中に、これまでにない重苦しい決断の時が迫っていた。


リヒト(……わかった。作戦を変える。全員、直ちに撤退戦に移行だ。ルシウスは零遺衆に出してる作戦の破棄を伝えろ。その後にメーガスと合流しろ。メーガスは広場にいる全員を連れて後退、ギークを回収して転移で離脱だ)

ルシウス(……残念だけど仕方ないね。了解だよ。死なないようにね、リーダー)

メーガス(わかったわ……。あなたも絶対に生きて戻りなさいよ)

リヒトからの冷徹な、しかし仲間を救うための絶対の指示を受けた二人は、短く応答すると思念の回線を切断した。

リヒト(これほどまでに、帝国の喉元にまで刃を突き立てたというのに……。まだ、届かないか……!)

悔恨の念が胸を焦がすが、帝国の防衛網はリヒトの想定を遥かに超えて堅牢であり、狡猾であった。

だが、それであるからこそ、リヒト自身もまた目の前の最高戦力――ルーグを相手に、これほどの苦戦を強いられているという現実の裏返しでもあった。

リヒト(……まずは俺自身がここから無事に撤退しなきゃ、話が始まらねぇな。こいつをどうにか撒くか……)


感傷に浸っている暇など一秒もない。

リヒトは即座に意識を切り替え、冷静な戦術家の脳で目の前の最強の敵に集中し直した。

神技の【転移】は今なお夜空の随所で繰り返されており、全方位からの陸爪の波状攻撃によって、ルーグは未だにリヒト本体の正確な位置を把握しきれていない。

ならば、今この瞬間にリヒトがなすべきことは、ただ一つ。

リヒト(下手に攻撃をかけてこれ以上消耗し、撤退そのものが難儀になるくらいなら……奴が俺を見失ってくれている『今』が、まさしく最大の好機だ)

ここでの無駄なプライドは死を意味する。そう冷徹に判断したリヒトは、空中を自律浮遊させていた陸爪のうち、転移先マーカーとなる一本の魔成剣を、ルーグの意識の死角を縫うようにして、ギークたちがいる【闘技場方面】の夜空へと目にも留まらぬ速度で撃ち飛ばした。


シュビュッ!!!


ルーグの網膜の端を、一筋の漆黒の光が通り過ぎていく。

ルーグもまた、暗闇の彼方へと飛んでいくその一本の剣を目撃してはいた。し

かし、彼はそれをあえて追うことはしなかった。

ルーグ(おや、また小細工の座標配置かな? どこからボクの背後を突くつもりだい……?)

一席の脳裏には、未だ勝利の確信しかない。

まさか、これまで帝国の計画を悉く潰してきた不屈の反帝国組織の長が、この優勢とも言えるハメ殺しの最中に、これほど潔く「全面撤退の判断」を下したとは、夢にも想定していなかったのである。

ルーグの意識が、未だ手元に残る五本の陸爪の動きに引き付けられているその一瞬の隙。

リヒトの五体は、闘技場方面へと遥か遠くへ消え去った一本の刃の座標マークへと、大気の揺らぎすら残さずに完全なる跳躍(転移)を果たした。


いつも読んでいただきありがとうございます。


帝都での決戦も多方面でいろんな決着がつき始めています。

今回の話でもリヒトは重大な決断を迫られ下すこととなりました。

どのキャラにもいろんな背景がありますし、どの場面にもいろんな伏線があり、同じ時系列でいろんな事態が動いているので整理するのが大変です!

ここまで読んでくれてる皆様に推しのキャラはいましたか?

いないとなれば作者の筆致がまだ足りてないということ。

頑張ってさらに深い群像劇を書いていきます!


次回以降、物語は次の転換点に入っていきます。

第五章の幕開けも楽しみにお待ちください!


今後ともよろしくお願いいたします!

※カクヨムでも投稿しております。スマホで読み直したいなどあればそちらでどうぞ!

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