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座標の支配者 ー死神が描く絶望の網ー

リヒト「――陸爪りくそう


漆黒の魔成剣を八本構えた死神が、ついに帝都へと降臨した。

リヒトがその全身から噴き上げる漆黒の魔圧は、魔力の少ない常人であれば、ただその場に立ち尽くしているだけで呼吸を奪われ、精神を圧潰されて気絶するような、文字通り別次元の暴威であった。

ルーグ(想像以上だね……私の知るどの怪物バケモノよりも、遥かにタチが悪い……!)

その五感を押し潰さんばかりの圧倒的なプレッシャーには、帝国の頂点に立つ剣聖一席ルーグといえど、驚愕を隠しきることはできなかった。

帝国の版図を広げるために数多の地獄のような戦場を駆け抜け、歴史に名を残す数多の英雄豪傑をその手で下してきたルーグの戦歴においてすら、目の前に立つこの青年のような異質極まる存在は、ただの一度も見たことがない。

それほどまでに、リヒトの構築した【陸爪】という武の領域は、人間の限界を超えた練度を誇ると同時に、完全に「人外のそれ」へと到達していたのだ。

リヒト「いくぞ……」

昏い声が響いた刹那。


――消えた。

戦闘の最中に敵を見失うなど、絶対にあってはならない。

ゆえに、ルーグは己の誇りと剣聖としてのすべての知覚を懸けて、片時もリヒトの姿から視線を外してはいなかった。網膜の端にすらその残像を焼き付けていたはずだった。

それにもかかわらず、リヒトはまるで世界の理から切り離されたかのように、ルーグの目の前から完全に消え失せたのである。

ルーグ「ぐっ……!? ――あ、がっ……!」

突如として、ルーグの腹部に焼き焦げるような激痛が奔る。

反射的に地を蹴って後方へと大きく距離を取り、咄嗟に傷ついた腹部を左手で強く抑え込むと、その手のひらには生温かく粘度の高い鮮血がベッタリと不気味に付着していた。

ルーグ(斬られた……。今、完全に視界の外から、どこから、どうやって……っ!?)

血を流しながらも、ルーグの天才的な頭脳は冷静に現況を分析しようと試みる。

だが、依然として周囲のどこを見回しても、リヒトの気配も姿も完全に見えないままであった。

ともすれば、この瞬間にも、リヒトの持つ八本の凶刃は、ルーグという獲物をこれ以上ないほど冷酷に切り刻むために、至近距離のどこかに潜み、刃を振るっているはずなのだ。

ルーグ(これほどの不可視、これほどの神速、ただの身体能力のゴリ押しなわけがない……。だが、私の目は欺けないはずだ……!)

滴り落ちる血の音すら消え去った闇の中で、ルーグは全身の全感覚を限界まで研ぎ澄ます。

そして、その手に握られた聖剣【カリバーン】に眠る絶対の能力を、その精神の奥底から引き出し――どこから迫るかも分からぬ、死神の次なる無慈悲な襲撃に備えるのだった。


そして、限界まで研ぎ澄まされたルーグの視界の端が、昏い闇の奥で不自然に「動く影」を微かに捉えた。

瞬間、ルーグは一切の躊躇なく反射的に【カリバーン】を真横に一閃し、超高密度の魔力による破壊の斬撃をそこへと撃ち飛ばした。


ドガァアアアアアンンン!!!!!!


凄まじい大爆音と共に、一帯の民家がその基礎ごと吹き飛び、一瞬にして瓦礫の山へと姿を変える。

しかし――もうもうと立ち込める煙の向こう側、ルーグが狙いを定めたその場所に、リヒトの姿はなかった。そこにあったのは瓦礫に突き刺さっている、陸爪の内の「一本の漆黒の剣」だけであった。

ルーグ「ふっ……。フェイントのつもりかな? 自分の得物を囮に使うなんて、かなり君もボクに追い込まれていると見ていいのだろうね」

リヒト「さあな」

昏い声が鼓膜を震わせたのと同時、突如としてルーグの目の前――まさに刃が届く至近距離に、リヒトの姿が何の前触れもなく顕現した。

ルーグ「くっ……!」


ガキィィィンッ! ギンッ! ガガガンッ!!


金属火花を夜闇に散らしながら、一瞬のうちに数度の激しい剣戟が交わされる。だが、互いの刃が噛み合ったのも束の間、リヒトの姿はまたしても不気味に、霧のようにその場から掻き消えた。

ルーグ(……今、正面から剣を交わした感じ、奴の基礎速度は確かに速くなっている。けれど、この程度なら私のカリバーンによる身体強化だけで十分に追従できる領域だ。――なら、あの『完全に視界から消える、どこからともなく刻まれる斬撃』の説明が一切つかない。となれば……)

どこまでも冷静に、かつ貪欲にリヒトの隠された能力の「術理」を解剖していく剣聖一席。

そして、冷徹な思考の果てに一つの仮説を生み出したルーグは、あろうことか、自身の周囲にある民家や障害物を聖剣の風圧だけで一気に薙ぎ払い、文字通りすべてを塵芥の「砂塵」へと変えてみせたのだ。


ドガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!


凄絶な破壊の嵐が去った後。ルーグの周囲二十メートル圏内には、リヒトが身を隠すような遮蔽物や建物は一切なくなり、まるで円形の巨大な「決闘場コロシアム」のような何もない空間が誕生していた。

ルーグ(更地にしたこの空間に……リヒトの剣が、今、合計で『二本』落ちている。残り、奴の手元にあるのは六本。……まさか、手放した剣の本数に比例して、奴自身の速度が跳ね上がる……? いや、そんな易いシステムでもないだろう、だけど……)

これだけの広範囲に暴威を振るい、完全に死角を失くしたはずの更地にあってもなお、未だにリヒトの姿を捉えられない現状。

その事実に、ルーグの胸中には天才ゆえの、初めての「苛立ち」が芽生え始めていた。

だが、それ以上に彼の戦闘本能は、リヒトの底知れなさに深く歓喜してもいた。

ルーグ「――【カリバーン・エクステンド・1stファースト】」

ルーグは表情から笑みを完全に消すと、黄金の聖剣をその足元の地面へと深く突き刺し、静かにその解放の文言を紡いだ。


ドブゥゥゥウウウウンッ!!!!


彼を中心として、大気を力任せに押し潰すような漆黒と黄金の魔力の風圧が、綺麗な真円を描きながら全方位へと爆発的に広がっていく。

カリバーン・エクステンド――全三段階に及ぶ、彼自身に課した「神の封印」の内の一つ目の解放。

本来、このルーグという男にとって、戦闘がここまで長引くこと自体が異常事態であった。

圧倒的なまでの最強。

ゆえに彼は、対等に戦える者がいない世界で、自身の全能力に幾重もの強力な封印を施していたのだ。

身体能力、魔力の総量、そして聖剣【カリバーン】の真の権能。

これらを段階的に解除し、真の「怪物」へと戻るための儀式が、このエクステンドである。

そして今、解除されたその第一段階(1st)は――【身体能力の完全解放】。

バチバチと全身から狂気的な魔力の放電を散らしながら、ルーグは地面からカリバーンを引き抜く。

その双眸は黄金色の光を宿し、彼の肉体はこれまでとは文字通り次元の違う、人類の「極致」と呼ぶべき超神域のスペックへと到達していた。

遮蔽物の消え去った砂塵の決決場で、真の姿を取り戻し始めた一席の刃が、見えない死神を迎え撃つ。


ルーグ「――そこかァッ!」

地を爆破するような瞬時の跳躍。

身体能力を完全解放したルーグの踏み込みは、もはや音速の壁すら超えていた。

リヒト「――ッ!?」


ガァン!!!!


更地の中心で聖剣と漆黒の魔成剣が真っ向からぶつかり合い、周囲の砂塵を円状に吹き飛ばす激しい衝撃波が駆け抜ける。

リヒトは、ルーグが立っていた位置から実に三十メートルほども離れた闇の底で、完全に気配を殺して次の攻撃のタイミングを測っていた。その超長距離を、ルーグは脚力のみで文字通り一瞬に詰め、リヒトの死角を正確に捉えてみせたのだ。

リヒト(あの距離を、予兆もなく一瞬で詰めた……。底知れん化け物だ…。)

ルーグが自身の周囲を更地と化した瞬間は、流石のリヒトも背筋に冷たい戦慄を覚えた。

だが幸いにも、その無差別な破壊の暴風にあっても、リヒトがこの戦場に施していた「仕掛け」が壊されることはなかったため、陸爪の能力自体に影響はない。

しかし、ルーグが「更地の中の剣の本数」に目を向けた時、リヒトは己の【陸爪】の本質に一歩近づかれたのではないかと冷や汗を流していた。

結果として、ルーグの推論はまだ真実の核心には辿り着いておらず、何やら凄まじい身体能力のゴリ押しで目の前に肉薄してきているだけなのだが――。

その純粋な攻撃スピードは、先ほどまでとは比べ物にならないほど苛烈で、速かった。


キィィン! ガガガガン! ギンッ!!


リヒトは両手の魔成剣を高速で振るい、狂気的な速度で迫り来るルーグの連撃を何度も弾くものの、圧倒的に「手数」が足りない。

ルーグはたった一本の聖剣【カリバーン】を携えているに過ぎない。にもかかわらず、その神技とも言える巧みな剣技と超速度で操られるそれは、残像によってまるで同時に何本もの刃が襲いかかってきているかのような錯覚さえ与える。

二本の魔成剣を操るリヒトの手が完全に足りなくなるほどの超神速。

ついに、火花を散らしてリヒトの両手の剣が左右に大きく弾かれ、彼の胴体ががら空きの無防備となった。

ルーグの黄金の剣先が、吸い込まれるようにリヒトの心臓へと届きそうになったその時。


――リヒトの【陸爪】の隠された能力の一つが、ついに真価を発揮する。


ルーグ「――とった……!!」

この一振りは、間違いなくリヒトに致命的な大ダメージを負わせられる。

一席としての確信にも近い無敵の感覚がルーグを支配し、彼の身体もまたその絶対の感覚に従って、一切の容赦なくカリバーンを振り抜き――リヒトの肉体に刃が到達する、まさにその瞬間。


ガアアァァァン!!!!!


虚空から突如として現れた「三本目の漆黒の剣」が。

ルーグの必殺の黄金の刃を、真横から完璧な力で弾き返していた。

ルーグ「――なっ!? 何処から……っ!?」

完璧な勝利を確信していたルーグの黄金の双眸が、驚愕に激しく揺れる。

リヒトの両手は間違いなく塞がれ、外側に弾かれていた。にもかかわらず、空中(虚空)から自意志を持つかのように現れた三本目の凶刃が、リヒトの盾となってルーグの剣を力尽くで拒絶したのだ。

死神の爪の本質。

その不気味な片鱗が、完全解放されたルーグの目の前で、怪しくその黒い輝きを放ち始めていた。

防がれた剣の凄まじい反発力により、ルーグの完璧な体勢が大きく外側へと崩れる。

完全にとったと感じていたがゆえに、ルーグは剣を振り抜いた後の防御や回避を一切考慮せず、その一振りに全腕力を乗せきっていた。

それが仇となり、予期せぬ三本目の刃に完璧に弾き返されたことで、流石の一席といえど完全に虚を突かれる形となったのだ。


だがしかし――【身体能力の完全解放】を成し遂げたルーグの肉体は、常識の枠を遥かに超えていた。

その圧倒的な神域のフィジカルは、これが致命的な反撃をもらうほどの決定的な隙となることを許さない。

ルーグは、弾き飛ばされた聖剣【カリバーン】の柄から、一瞬だけあえて右手を離した。

そして、宙で一回転する剣の重心を即座に見極めて逆手、あるいは異なる位置で再び力強く握り直す。

この神技に近い持ち替えにより、腕の関節の回転と剣の遠心力の進行方向を喧嘩させることなく、強烈な衝撃の威力を綺麗に殺し、瞬時に体勢を立て直してみせたのだ。

リヒトもまた、その超人的な復帰の瞬間を見逃してはいなかった。体勢を崩したルーグに無理な追撃を仕掛ければ、今のリカバリーの餌食になると本能が告げていた。

リヒトは即座に後方へと地を滑るように距離を取り、漆黒の刃を構え直す。

更地の決闘場で、両者はまたしても濃密な殺気を放ちながら睨み合った。


ルーグ「ふぅ―――……」


ルーグは体内に溜まった熱い息を大きく吐き出し、黄金の双眸をさらに鋭く研ぎ澄まして集中力を極限まで高めていく。

ルーグ「素晴らしい自動防御だね、君のその剣は。……でも、私の持つ『圧倒的な力』を前にして、果たしてその薄っぺらい盾が、どこまで持つかな?」

リヒト「……お前の剣が折れるのが先か、試してみるか?」

ルーグ「ふふ…いいね。……正面から受けてみなよ!!」


ドンッ!!!


言葉の終わりと同時に、ルーグは文字通り一瞬で距離を詰め、聖剣カリバーンを天高く、最上段へと無造作に構え上げた。その白銀の刃に、身体能力の解放に伴い強化された狂気的な魔力が容赦なく練り込まれていく。

彼の凄絶な踏み込みの圧力だけで、足元の頑丈な地面がボコォッ!とアリ地獄のように大きく陥没し、二人の周囲の大気そのものが熱量で歪み、悲鳴を上げた。

リヒト(――チッ! これは、マズい……ッ!!!)

全身の毛が逆立つような直感。

まともに喰らえば、陸爪ごと肉体を消し飛ばされる。

リヒトは咄嗟に、背後の虚空に浮遊させていた陸爪の内から二本を、自身の身体の前で頑丈な十字の形に交差させ、さらに両手に握る二本をそこへ重ねるようにして加えた。計【四本】の魔成剣による、強固な密集防御姿勢を刹那の間に構築する。


ルーグ「――【覇王の一閃カタストロフ・レイズ】!!!」


上段から容赦なく振り下ろされたのは、ただの剣撃ではない。

空間そのものを力任せに叩き斬るような、垂直に収束した圧倒的な魔力の『絶対質量』。

白銀の破滅の光柱が、リヒトの展開した四本の『陸爪』へと、正面から真っ向から激突した。


リヒト「ぐっ……くっ……うぉおぉぉぉ!!!!」

喉が張り裂けんばかりの声を腹の底から絞り出し、リヒトは正面から圧しかかる絶対的な破滅の質量に全身の筋肉を軋ませて逆らう。

ルーグ(……この私の一撃を、正面から力尽くで耐え切るか。さすがだね、認めざるを得ない……!)

黄金の聖剣にさらなる体重と筋力を乗せながら、ルーグの胸中に純粋な感嘆が湧き上がる。

魔力をその全量注ぎ込んではいないとはいえ、カリバーン・エクステンド・1stの踏み込みによる超加速、そして最上段からの振り下ろしという最も威力が伝わりやすい物理構造、そこに圧倒的な魔圧が上乗せされた一撃だ。

世界に名だたる英傑であっても、肉体ごと消し飛んで当然の暴威。

現に、リヒトの身体の前で必死に防壁を成していた四本の陸爪のうち、虚空に浮いていた二本が衝撃に耐えかねて遥か後方へと激しく吹き飛び、彼の両手に握られた魔成剣にも、ピキピキと不穏な亀裂が入り始めていた。

リヒト(――クソッ、マズい……! このまま力比べに付き合えば、剣ごと俺の身体が真っ二つに叩き割られる……! 一度……後ろへ『跳ぶ』か……!)

このまま完璧に受け切ることは不可能。

甚大な致命傷を負うと瞬時に判断したリヒトは、あえて背後に自ら姿勢を崩すようにして、両手の魔成剣からわざと一瞬にして「力」を完全に抜いた。


ルーグ「――っ!?」

突如として訪れた手応えの完全な消失(脱力)。

強引に押し込んでいた刃が虚空を切る形となり、ルーグの完璧な踏み込みに僅かな重心のブレという、想定外の空振りの隙が生じる。

リヒトはそのコンマ一秒にも満たない肉体の硬直を、見逃すわけがなかった。

――リヒトの姿が、ルーグの目の前から完全に『消えた』。

ルーグ(消えた……。いや、これはただの神速による移動や回避の類じゃない……『転移』か……!)

目の前の更地から、空気の揺らぎすら残さずに一瞬で消滅したリヒトの挙動。

それは、数多の戦場を支配してきたルーグからすれば、明らかに空間を跳躍する「転移魔法」の挙動そのものであった。

一席の絶対的な知覚が、極めて正確にその現象の正体を見極め、即座にリヒトの次の出現先へと視線を走らせる。

そして――。

ルーグが立っている位置から数メートル先、先ほど更地の中にぽつんと突き刺さっていた、あの「一本の漆黒の魔成剣」の位置に、何事もなかったかのように姿を現したリヒトの五体をしっかりと確認した。

ルーグ(ふむ……なるほどね。そういうことか……!)

バラバラだった情報が、一本の線となってルーグの脳内で繋がっていく。

更地の中に残されていた、あの不可解な剣。

リヒトの手元から離れたそれらは、ただ手放されたのではなく、リヒト自身が空間を跳躍するための「座標マーク」として機能していたのだ。

剣の本数に比例して速度が上がっているように見えたのも、更地の中に『転移先』が増えたことで、縦横無尽に空間を跳び回っていたがゆえの錯覚。

リヒトの【陸爪】の本質、そのギミックの正体を完全に看破したルーグは、冷酷に口角を釣り上げると、不気味な不敵な笑みを浮かべながら次なる確実な「攻撃策」を練り始めるのだった。


ルーグ(とはいえ……空間跳躍なんて魔術が、そう何度も、何の代償もなくノータイムで使える代物であるはずがない。絶対に何か、私のまだ見落としている『裏の制約』があるはずだ)

そう読んだルーグは、再び視線をリヒトへと真っ直ぐに向け直し、次なる圧倒的な神速の連撃へと移行するため、両脚に魔力を集中させる予備動作を見せる。

しかし――その思考の隙を、死神が許すはずもなかった。


ヒュンッ!!!


突如として、虚空からルーグの眼前に向かって、一本の漆黒の魔成剣が凄まじい速度で投げ飛ばされてきた。

ルーグ「はっ! 今更この程度の投擲など――!?」


キイィンッ!!


ルーグは鼻で笑いながら、白銀の聖剣を無造作に一閃。甲高い金属音を北魔石塔の跡地に響かせながら、迫る魔成剣をいとも容易く、力任せに上方へと弾き飛ばした。

そのまま「小細工は無意味だ」と嘲るように冷酷な言葉を投げかけようとして――ルーグは、咄嗟にそれを止めた。

否、声を出すことすら、できなかった。

次の瞬間には、今まさに彼が弾き飛ばしたばかりの、まだ宙を舞っている魔成剣のその位置に、大上段から必殺の斬撃を振りかぶったリヒトの姿が、寸分のタイムラグもなく現れていたからだ。


ルーグ「――ッ!?」

(落ちている剣だけじゃない……『動いている剣』すらも、転移のマーカーになるのか――!!)

咄嗟の判断で、上方へ振り抜いてしまったカリバーンを強引に引き戻そうとするルーグ。

だが、流石の身体能力全解放をもってしても、先ほど「余裕を持って敵の剣を弾く」という大きな動作に意識と筋力を集中させすぎていた手前、この刹那の間では万全の迎撃・防御体勢までは戻しきれない。


ザシュッ!!!


肉を深く切り裂く、嫌な手応えと鮮血が夜闇に飛び散る。

完璧な防御が間に合わず、ルーグはその強靭な腕にリヒトの鋭利な斬撃をまともに喰らわされていた。

一瞬、鋭い苦痛によってその端正な顔が激しく歪む。

だが、剣聖一席としての絶対的なプライドが、その弱態を瞬時に消し去った。

ルーグは腕の傷から血を流しながらも、地を蹴ってあえて後方へと鋭く飛び退きつつ、その遠心力を利用してカリバーンを凄まじい速度で横一文字に薙ぎ払い、追撃を狙うリヒトを強引に撃退する。


ブンッ!!!


もちろん、戦況を誰よりも見極めているリヒトに、その苦肉の反撃が当たることはない。

ルーグが白銀の光帯を残して聖剣を振り終える頃には、リヒトの姿はそこにはなく、彼は更地の至る所に無造作に散り、突き刺さっている魔成剣のうちの別の一本へと、既に完璧な『転移』を終えていた。

闇の中から、再び死神の冷徹な眼光が一席の肉体を品定めするように見つめる。


リヒト「陸爪はなかなか便利でな……」

闇の中から、突如としてリヒトの静かな声が鼓膜を震わせる。

ルーグ「ふぅん……。そのようだね……」

ルーグもまた、腕の傷を血で汚したまま、いつも通りの不敵な笑顔で応じる。

しかし――その美しく気高い内心は、今や決して穏やかではなかった。

彼が宿す神の封印【カリバーン・エクステンド】

各段階を解放すれば世界の理すら置き去りにする絶大な真価を発揮するが、その神域の力を引き出すためには、『戦闘開始からの絶対的な時間経過』が必須条件なのである。

先ほど第一段階を成し遂げたばかりのルーグは、次なる第二段階の封印を解除するには、まだ戦闘での経過時間が決定的に足りていなかった。

それはすなわち――次に神の封印が自然解除されるまでの間、今解放している身体能力のみで、リヒトのあの神出鬼没な転移と強固な自動防御を力尽くで突破し、致命的な攻撃を与えなければならないという過酷な現実を意味していた。

ルーグ(二段階目を解放するには、まだしばらく時間がかかるね……。さて、どうしたものか。私がここで無様に死ぬことなど万に一つもあり得ないけれど、彼がこれ以上『何か』を隠し持っていた場合、今の出力だけで凌ぎ切るのは少々難しくなるだろう。となれば……戦場を別地点に動かして時間を稼ぐことも、視野に入れなければならない、か……)

剣聖一席のプライドを胸に秘め、先ほど腕に刻まれた鋭い傷を魔力で強引に癒しながら、ルーグは白銀の聖剣をより一層冷徹に握り直す。

ルーグ「まあ、その小細工の連撃が君の全力だと言うのなら、私の勝利が揺るがないことに変わりはないけれどね」

不敵に唇を歪め、カリバーンの切っ先を再びリヒトへと突きつける。

リヒト「焦るなよ」

ぼそりと短く溢すと、リヒトは無造作にその右腕を天高くへと掲げた。

次は何が来るのかと、ルーグは警戒を最大級に高めて聖剣を構え直す。

だが、闇の向こうから飛んできたのは、ルーグへの直接的な攻撃ではなかった。

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