薔薇棘の光跡 ―外壁を消し去る絶対の一刺―
ギーク「うらぁぁあ!!!」
獣じみた咆哮と共に、ギークは嵐のごとき速度で長槍を数度振るい、剣聖ドルネの懐へと強引に肉薄する。
一見すれば力任せの豪腕、しかしその実、針の穴を通すような精密さを秘めた巧みな槍捌きが、ドルネの頬と肩口に浅い赤の線を刻み込んだ。
ドルネ「ちっ……。」
帝国の最高戦力として、ただの「賊」の一味に不覚を取った。その事実が、ドルネの美しい顔に明確な不快感となって宿る。
瞬間、彼女の持つ細剣が神速の域で空間を切り裂いた。まばたき一つの間に繰り出された無数の刺突がギークの肉を脅かし、彼を強引に引き剥がして十分な戦闘距離へと後退させる。
ドルネ(……信じられない。私だってそれなりに魔力解放を行って戦っているのにね。この男――底が浅いと見せかけて、底知れず強い……!)
ギーク(はっ、冷や汗が出やがる。こいつ……さすがに『剣聖』って看板を背負ってるだけあって、反吐が出るほどつええ……!)
一瞬の静寂の中、互いの胸中には全く同じ、相手の「純粋な武」に対する驚嘆の念があった。
しかし、その後に続くプライドの在り処まで同じなのが、この二人の怪物たる所以であった。
ドルネ(――でも、私の方が絶対に強い!!)
ギーク(――だったら、俺の方がもっと強いに決まってんだろぉがぁぁ!!!)
ギィイイイン!!!!!
とても槍と細剣がぶつかり合ったとは思えない、鼓膜を激しく震わせるような甲高い鋼の咆哮が、無人の闘技場に爆音となって響き渡る。
そこからは、もはや戦術や大局といった言葉が霧散するほどの領域であった。
互いの譲れないプライドと狂おしいほどの闘争本能をこれでもかとぶつけ合うように、神速の域へと達した槍の豪閃と、細剣の流麗なる斬撃の応酬が、闘技場の中心で火花となって激しく咲き乱れた。
ドルネ「はっ! この程度の速度で、もう息が上がっているのかしら? 存外、大したことないのね!」
ドルネは神速の踏み込みから、ギークの喉元、心臓、そして頚椎へと、掠めれば致命傷に繋がりかねない極大の刺突を流れるように繰り出しながら、冷徹な煽り文句を投げかける。
ギーク「バカかてめぇは!? 合わせてやってるに決まってんだろうがぁ!!!」
負けじと、火花を散らす長槍の軌道をさらに一段階加速させながら、咆哮と共に煽り返すギーク。
互いに戦闘に対するプライドが異常なまでに高く、他の誰に負けようとも、今、目の前で刃を交えているこの相手にだけは決して膝を折らないという、ただそれだけの譲れない信念のみで重たい凶器を振り回していた。
ギーク(――とはいえ、クソが。こいつ、純粋な『速さ』だけなら今の俺を上回ってやがる。ともすりゃあ、今のまんまの出力じゃ勝ち目がねぇのは事実か)
ドルネの猛攻を紙一重で弾きながら、ギークの脳裏に先ほど喰らった細剣の鋭い痛みが思い起こされる。
そして、その記憶を想起させるような神速の追撃が、今この瞬間も数度、ギークの肉体を確実に掠めて血飛沫を散らしているのもまた、紛れもない事実であった。
だが、まだ焦る段階ではない。
ギーク自身、内なる「竜」の魔力を限界まで解放すれば、その領域の速度にも十分に追いつけるという確信があった。
ゆえに、ギークは未だその全力を完全に解き放つことはせず、あくまで様子見の範囲を出ることはなかったのだが――。
戦局を強引に動かしたのは、ドルネであった。
永劫に続くかと思われた息詰まるような極限の打ち合いを、彼女はいきなり、何の予兆もなく完全に切り上げた。
驚異的な身のこなしで後方へと大きく跳躍し、着地の間際にその場で何度か軽くステップを踏む。
――刹那、ドルネの姿が完全に世界の視界から消失した。
ギーク「――ッ!?」
超知覚をもってしても捉えきれぬ文字通りの「消失」。
何が起きたかをギークの頭脳が理解するよりも早く、彼の右脇腹に、内臓を破裂させんばかりの強烈な鈍痛が走る。
ギーク「が、ふ――」
呻きすら遮るように、間髪入れず次の衝撃がギークの視界を真っ白に染め上げた。
ドルネの細剣の柄頭、あるいは強烈な蹴りか――顎に対して、脳を揺らすに十分すぎる直撃をもらっていたのである。
限界まで研ぎ澄ましていたはずの警戒網を完全にすり抜け、世界が回転する。
自身の肉体に起きた異常を把握しきる前に、無慈悲な追撃がその巨体に叩き込まれ、ギークの身体は弾丸のような速度で闘技場の硬質な壁へと向けて吹き飛ばされていった。
ドゴオオオン!!!!
闘技場全体を大きく震わせるほどの強烈な衝撃音。
それと同時に、視界を完全に遮るほどの濃密な砂塵が激しく舞い上がり、崩落した瓦礫の奥へとギークの姿は完全に消え去った。
ドルネ「お前との打ち合いも飽きてきた頃なの。私も暇じゃないのよ。だから――」
砂塵の舞うクレーターを見つめながら、ドルネは酷く冷めた声を響かせる。
彼女は愛剣である細剣【ヴェル・ロザリア】を、一切のブレなく正眼に構え、その全身から溢れ出る魔力を一気へと刃に流し込んだ。
眩いばかりの紅蓮の光が剣身を包み込み、未だ濃密な砂塵の中から起きてこないギークの残像へと、その冷徹な照準が寸分の狂いもなく定まっていく。
ドルネ「――【薔薇棘の一刺】!!」
爆音が轟くと同時に、闘技場の頑強な石床が波打つように爆ぜ割れた。
ギークとの距離は二十メートル以上も離れていたはずだった。しかし、その絶対的な空間は「一瞬」という言葉すら生緩い速度で踏み越えられ、超高密度に凝縮された細剣の一撃が、ギークの埋もれていた瓦礫の位置を真っ向から穿ち、破壊し尽くした。
ドガァアアアアアンンン!!!!!!
その局地的な威力たるや、城壁を容易く消し飛ばす大型の戦術魔法にすら匹敵した。
幾重もの防護結界と強固な岩石で造られているはずの闘技場の壁は、まるで熱した刃を押し当てられた飴細工のように簡単に砕け散る。
衝撃の余波はそれだけに留まらず、壁の奥に控えていた闘技場の内廊下、果てはその上層に位置する観客席や、帝都の空を切り取る外壁までもを、直線状に遥か彼方へと吹き飛ばしていた。
一筋の、巨大な破壊の通り道。
ドルネは突ききった姿勢のまま、ゆっくりと残光を散らすヴェル・ロザリアを引き戻した。
しかし、これほどの大破壊を成し遂げたというのに、その横顔に満足げな手応え(感触)は一切宿っていなかった。
なぜなら――破壊の光跡が通り過ぎたその背後から、あってはならない「不敵な声」が鼓膜を震わせたからだ。
ギーク「てめぇ……今のはマジでやばかったぜ。直撃してたら、流石の俺でも死んでたな……? ――直撃してたら、だけどよォ!!」
もうもうと立ち込める硝煙の向こう側。
そこには、全身から禍々しいまでの膨大な魔力を噴き上げ、ニィッと凶悪に口角を釣り上げたギークが五体満足で立っていた。
神速を超える、剣聖の絶対の一刺。
ギークはその必殺の光条を、内なるドラグーンの力を限界寸前まで引き出すことで、紙一重の領域で完全に「回避」していたのである。
ドルネ「……ほんっと……最悪ね……。」
自身の絶対の必殺技を完全に回避され、ドルネの端正な顔には隠しようのない不機嫌そうな影が濃くなり始める。
プライドの高さゆえに、完璧な一撃を躱された事実そのものが彼女の神経を逆撫でしていた。
だが、そんな相手の不快感に構うことなく、ギークは獰猛な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
ギーク「よぉくわかったぜ。てめぇを倒すには、生半可な出力じゃ逆立ちしたって無理だってことがなぁ……!」
そう口にした瞬間、ギークは手元に握られていた黒槍【ドラグーン】を、あえて自ら霧散させた。
物質化を解かれた黒い魔力が、陽炎のように空気中に溶けて消えていく。
ドルネ「あら、武器を捨てて。降伏のつもりかしら?」
ギーク「そう急かすんじゃねえよ。本番はここからだ」
武器を捨てたかのように見えたギークは、すぐさま自身の内奥にある魔力をこれまでにない密度で練り直し始めた。先ほど【ドラグーン】を錬成してみせた時とは比較にならないほどの膨大な魔力が、ギークの腕を伝って手のひらへと収束していく。
体の前で両手を大きく一文字に広げると、光の粒子が凝縮され、新たな一本の槍がその姿を現した。
その槍は、先ほどの【ドラグーン】よりも細身でありながら、遥かに長い銀色の長槍。
矛となる先端部分には、美しく猛々しい翼をあしらったかのような精緻な装飾が施されており、底部の石突には、深海を思わせる深蒼の宝石が妖しくも気高く埋め込まれている。矛と石突を繋ぐ槍身は、余計なものを削ぎ落とした銀色の極めてシンプルなフォルム。
ギーク「――【ヴァルキュリア】」
槍の真名を静かに告げると同時、ギークの周囲から爆発的な魔力の奔流が巻き起こり、鋭い衝撃波となって闘技場を駆け抜けた。
粗暴で禍々しかったドラグーンの時とは違う、極限まで研ぎ澄まされ、洗練された魔力の密度。
圧倒的なまでのプレッシャーを放ちながらも、どこか静謐な気品さえ感じさせるその佇まいは――さながら、戦場に舞い降りた気高き戦神の如くであった。
ドルネ「槍の見た目を変えたからといって、私に勝てる気にならないでほしいわね!!」
ドルネの苛立ちが、限界を超えた神速の踏み込みとなって爆発する。
彼女が地を蹴った風圧だけで、周囲に吹き飛んでいた無数の瓦礫たちが宙へと舞い上がるほどの神速。
先ほどギークを吹き飛ばしたあの「見えない領域」の速度をもって、細剣の切っ先がギークの眉間へと一直線に突き出された。
だが――。
キィィィイインッ!!!!
世界が静止したかと思うほどの刹那、その超神速の突きは、ギークの眼前で完全に静止していた。
ギークは慌てる様子すらなく、新槍【ヴァルキュリア】の銀の槍身で、ドルネの細剣を正面から完璧に受け止めてみせたのだ。
それも、両手ではなく、ただの「片腕」で。
ドルネ「――っ!?」
細剣を突き出した姿勢のまま、ドルネの瞳が驚愕に大きく見開かれる。様子見を完全にやめ、戦神の槍をその手に携えたギークの真の反撃が、始まる。
いつも読んでいただきありがとうございます。
久しぶりの投稿になってしまい申し訳ないです!
原稿のストックはまだあるのですがなかなか忙しくお待たせしております。
この先の展開、戦場の二箇所ほどで決着がついてるのですがそこに到達するまではしばらく時間がかからでしょう。
ですが、ギークvsドルネの戦いは今回を含めてあと2、3話ほどで決着を迎える予定です!
ここまで付き合っていただいてることに感謝しております。
これからもよろしくお願いします!




