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盤上の巨大なバグ ―地下から突き上げる純然たる暴力―

その光景を高台から、冷徹なまでに俯瞰的に見つめていたグァイスの瞳が、面白そうに細められた。

グァイス(ほう……敵にもまだ、それほどの増援を残す余地があったか。だが――)

彼が導き出した結論は、ルシウスたちにとって別の意味での絶望だった。

グァイス(門まで後退するというのであれば、わざわざ深追いをしてこちらの兵を削る必要もない。こちらはただ、この王城の守備をより強固にするのみだ)

にやりと口角を上げ、不敵な笑みを浮かべたグァイスは、すぐさま付近の伝令兵たちに矢継ぎ早に命令を下していく。

彼の冷徹な意志は、兵士たちを介して瞬く間に各隊へと伝達された。それまでジャッカル兵を狂犬のように追い詰めていた王城前庭園の帝国兵たちが、一斉に苛烈な追撃を止め、統率された動きで強固な防衛陣形へと隊列を組み直していく。

グァイス(後退するならば好きにするがいい。無論、貴様らがこの帝国から生きて逃げおおせるとは、端から思ってはいないがね……)

「零遺衆」というイレギュラーの参戦は、確かに想定外ではあった。だが、グァイスという怪物からすれば、その程度は盤面を揺るがすほどの事象ではない。

ジャッカル軍が門の外へと命からがら後退し、再起を図ろうとする頃には、こちらは完璧な守備体制を整えて万全の「要塞」を完成させている。

そこまで至れば、もう戦場に軍略が介在する余地など残されてはいないのだ。

たとえ魔法無効化エリアの外に出て、メーガスの圧倒的な範囲魔法が復活したとしても、門の内側に対しては、その威力を十全に発揮することはできない。

そして、この死闘で相当な数を減らされたジャッカルの残存兵力など、帝都に駐留する本隊の圧倒的な物量から見れば、文字通り「掃討」することなど容易いこと。

いずれにしても、この盤面において帝国側が敗北する要素など、最初からどこにも介在していないのだ。

すべてを冷酷に理解しているグァイスだからこそ、ジャッカルの後退をあえて見逃し、泳がせるという贅沢な選択を行っていた。


帝国兵「グァイス様! 王城庭園、軍の配置完了しました!」

グァイス「ふっ。そのまま待機だ」

帝国兵「はっ!」


短いやり取りのみで、王城前門の処理を終える。

グァイスの思考は、すでに目の前の敗残兵たちへの興味を完全に失っていた。彼の鋭い意識はすでに、拳聖ロックが陣取る、もう一つの主要戦場――あの「広場」の動向へと向けられていたのだ。


だがしかし。

グァイスの思考は、その完璧な予測をあざ笑うかのような「異常事態」によって、強制的に別の場所へと引き剥がされることとなる。

息を切らせ、青ざめた顔で駆け込んできた伝令兵が、絶叫に近い声を上げた。


伝令「ほ、報告! 王城地下より、謎の襲撃者です!!」

グァイス「なに……?」


突如としてもたらされたのは、自身が完璧な防備を固めているはずの王城、その足元である「地下」からの襲撃という、およそ理にかなわない謎の報告であった。

グァイス「王城の地下からなぜ襲撃者が現れる? 地下の警備隊は何をしていた、説明しろ!」

伝令「そ、それが……!」


伝令が震える声で紡いだ報告によれば、地下の警備隊はなぜかその場を離れ、完全に不在であったという。

さらに、帝都の四方に展開している最重要防衛拠点【魔石塔】。そこに駐留しているはずの部隊までもが、なぜか「北塔」の一点にのみ集結しており、地下の防備は最初から致命的なまでに手薄となっていたのだ。

まるで、最初からそこに「道」を開けることが仕組まれていたかのように。

その不自然すぎる空白を正確に突いて現れた謎の襲撃者たちは、極限まで薄くなった警備を易々と突破し、王城の心臓部へと辿り着いた。

もちろん、異変に気づいた残存の警備兵が必死の抵抗を試みるも、襲撃者たちの武の領域はあまりに高く、ものの数分で蹂躙され、今まさに王城内部への侵入を許しているとのことだった。

グァイス「ちっ……まあいい。それで、襲撃者の人数と特徴は?」

グァイスの額に、初めて不快気な青筋が浮かぶ。


伝令「し、襲撃者は全部で四人です! 槍を使う男を筆頭に、いずれも一騎当千の、武術に長けた者が合計で四人……! いずれも帝都の軍服ではなく、おそらく――『武闘会』に出場していた者たちかと思われます!」

グァイス「……意味がわからない。なぜ武闘会に出たような有象無象の奴らが、ジャッカル共を援護するような真似を……!?」

グァイスの頭脳が、急激に火花を散らし始める。

フロントの死闘に目を奪われ、完璧な詰みの盤面チェックメイトを完成させたはずの王城。

その絶対安全であるはずの足元から、計算にない純粋な暴力が今、確かに突き上げられている。


グァイス「ちっ……。」

あからさまに不機嫌になったグァイスは、苛立ちを隠そうともせず乱雑に頭をかきながら、急速に思考を巡らせる。

いくら防備が手薄になっていたとはいえ、王城の地下を守っていた兵士たちもそれなりの精鋭だ。

それをものの数分で突破してくるとなれば、襲撃者たちの実力は正面に布陣しているジャッカルの幹部クラスとほぼ同等と見ていい。

しかも、その領域に達している怪物が四人も同時に動いているのだ。

となれば、この庭園に配置した防衛線から相応の戦力を割いて、城内の防備に回さねばならない。

だが、それを行えば今度は目の前の守備が薄くなり、王城正門をジャッカルの本隊に突破され、なし崩し的に城の中に攻め入られる危険性が跳ね上がる。

グァイス(北塔に集中している守備隊を戻すか? いや、それでは連中が城の心臓部に達するまでに時間がかかりすぎる。とすれば、広場にいるロックの戦力をこちらに戻して正面の敵を一気に蹴散らすか……。いや、そうなれば広場の敵軍ジャッカルとの挟撃に遭うどころか、正面の軍の増援となりかねない……!)

脳内で加速された思考が、幾重にもわたる戦況のシミュレートを弾き出していく。

しかし、突如として盤面に現れた巨大なバグを前に、なかなかに最適な答えが出ず、無情にも秒単位で時間が経過していく。

その間にも状況は刻々と動いており、侵入者の現在地や被害の状況といった情報が、グァイスの思考へと次々に書き加えられていく。

だが、冷や汗をにじませながらも、彼の頭脳は完全に破綻してなどいなかった。混濁する情報の中から、一本の冷徹な勝路を手繰り寄せる。


グァイス「北塔地下に駐留している守備隊を、そのまま地下通路経由で王城まで最速で戻せ! 侵入している者どもは無理に地下で止めず、そのまま城の中を通り、この庭園に出るように誘導せよ。城内のすべての兵士を動員し、連中の逃げ道を塞いでここまで誘い込め。さらに、この場にいる守備隊の三割を割き、城内の守備へと回して迎撃にあてよ。それから――帝都近隣の街や村に駐留している帝国軍にも、可能な限り迅速に帝都防衛の増援を出すよう即座に伝令を飛ばせ!」


一分の淀みもない、矢継ぎ早の命令。的確な指示が次々と下され、伝令兵たちが脱兎のごとく各方面へと飛び出していく。

想定外の異常事態、足元をすくわれるような大波乱であっても、グァイスはまだ、帝国が最終的に勝利するための道標をしっかりと見失ってはいなかった。

グァイス(ふふふ……完全に想定外の異常分子に冷や汗をかかされたが、なぁに、それならそれでここまで誘い込み、正面のジャッカルと同時に一網打尽に叩けば良いだけのこと。それに……この城には、まだアーサー様が控えておられる)

じわりと不気味な笑みが、彼の口元に戻る。

グァイス(最後の手段ではあるが、あのアーサー様にも剣を取っていただけば、我が帝国に負けなど絶対にあり得ないのだからな)

遥か後方に配置された北塔の守備軍、さらには帝都近隣の地方軍をも瞬時に動員し、果ては自らが仕えるべき国王アーサーさえも絶対的な勝利のための「駒」として冷酷に計算に組み込む。

グァイスという男は、どこまでも冷徹で、どこまでも合理的な、血も涙もない軍師であった。


ルシウス(よし。零遺衆の合流で、かなり戦況は良くなった。このまま魔法使用可能エリアまで後退して、一気に態勢を立て直そう)

ノウスたち零遺衆の奮戦は、派手さこそないものの、冷徹なまでに確実、かつ迅速にルシウスたちの後退の手助けとなっていた。

数にしてたったの六名。軍の規模から見ればあまりに微々たる数字だが、彼らが発揮する純粋な戦力は、通常の兵士に換算すれば六百名にほぼ等価であった。

戦場の影より突如として現れ、一刀の元に敵の命を断つ。そして、血飛沫が地面に落ちるよりも早く、再び影の中に潜んで次の獲物を狙う。

防衛線を維持していた帝国兵たちからしてみれば、それはどこから現れてどこに消えていくかもわからない、神出鬼没の死神の群れに蹂躙されているかのような恐怖であった。

だが、その死神たちの中でも、ノウスという存在だけは明らかに異質であった。

零遺衆の二番手。

その地位は、単に隠密におけるスキルが突出しているからだけではない。正面切っての圧倒的な戦闘能力をも評価されてこそ、その位置を不動のものとさせているのだ。

ノウスは、押し寄せる帝国兵を目の前にしても、逃げ隠れする様子すら見せなかった。正面から堂々と短刀を振るい、機械的に敵の数を減らしていく。

突き出される無数の槍や剣を、首を僅かに傾げるような最小限の動きでかわし、まるで静かな夜道を歩くかのような軽い足取りで敵陣を進む。

すれ違いざまに、無造作に腕を振る。それだけの動作で、すれ違った帝国兵の喉元から一文字に鮮血が噴き上がり、次々と物言わぬ骸へと変わっていった。

かつて有能な部下を失うという辛酸を舐めたとはいえ、あの最凶の一角である剣聖ドルネと真っ向から相対し、その上で生きて命を持ち帰ってくるだけの技量。

それを裏付けるだけの狂おしいほどの武が、今のノウスには確かに備わっていた。

そして、ノウスたちが戦場に介入してから十数分後。

死門と化していた城門跡に、ついに鮮やかな血路が開かれた。王城前庭園の地獄に取り残されていたルシウスたちの部隊は、零遺衆の開けたその細い、しかし確かな糸口を掴み取り、ついに城門の外へと合流を果たしたのである。


ルシウス「各隊、陣形を組み直して待機!」


門跡周辺の帝国兵を完全に蹴散らす頃には、あれほど執拗だった庭園からの追撃もピタリと止んでいた。

グァイスの命令による配置転換の隙を突く形となり、ジャッカル軍には一時的ではあるが、崩壊した軍を再編するだけの貴重な猶予が生まれていた。

しかし、その代償はあまりにも大きかった。

作戦開始時に千五百名を数えたルシウスの直率部隊は、この短時間の死闘で半数ほどにまで激減しており、再編成された陣容には一気に寂しさと痛々しさが漂う。後詰としてメーガスの率いてきた兵たちがさほど摩耗していなかったことが不幸中の幸いであり、両陣営を合わせておよそ二千の兵が、王城の前にて息を整え、軍備を再編していた。

だが、その再編の渦中で、明らかにメーガスの顔色がおかしかった。

魔法無効化エリアの呪縛から解き放たれ、本来であればその強大な魔力を復活させて反撃の狼煙を上げるべく、表情を明るくするはずの局面。

しかし、今の彼女の横顔にあるのは、その真逆――血の気が引いた、絶望的なまでの蒼白さであった。


ルシウス「メーガス、どうしたんだい?」

ただ事ではない気配を察し、ルシウスが鋭く問いかける。

メーガス「魔法感知で……感知できてしまったんだけれど……飛鳥が危ない……!」

それは、魔力が戻った瞬間に彼女の鋭敏な知覚が捉えてしまった、別の戦域の凄惨な現実。

はるか遠くの広場で、今まさに命の灯火を消されようとしている、愛弟子であり大切な仲間である少女の、消え入りそうな魔力の残滓であった。

ルシウス「……やっぱり。メーガス、君はすぐに行ってくれ。ここは僕がなんとかしよう」

ルシウスのその判断は速かった。

広場の状況が最悪であることは、かねてよりグァイスの動向から予想していたことでもある。

今のジャッカルにとって、飛鳥という将を失うわけにはいかない。

ルシウスのその言葉を最後まで聞き届けたのか、あるいはもう、愛弟子の危機に思考が真っ白になって耳に入っていなかったのか、それはわからない。

だが次の瞬間、メーガスは凄まじい魔力の奔流と共に、瞬時に転移魔法を発動させ、その場から掻き消えるようにして姿を消していった。

ルシウス(間に合ってくれよ……メーガス!)

親友の、そして大切な戦友の命の無事を祈るような思い。

だが、ルシウスはそれを胸の奥に強引に押し込み、すぐに冷徹な軍師の目をして目の前の戦況へと自らの思考を引き戻した。メーガスという最大火力を失った二千の残存兵で、依然として圧倒的な物量を誇る王城をどう落とすか。ルシウスの戦いはここからなのだ。


ルシウス(途中から帝国の追撃が止まった……。おそらく、僕たちを深追いする利点はないという点に早々に気づかれたな。けど、僕たちとしてはそれで都合がいい)

メーガスという盤面最大の決戦兵器を別の戦場へ割いた以上、もはやここで派手な攻勢に出ることは難しい。

神出鬼没の零遺衆が味方にいるとはいえ、正面からまともに帝国の圧倒的な物量とぶつかれば、磨り潰されるのはこちらの方だ。

となれば、ここからは一歩たりとも踏み外せない、極めて慎重な策を取る必要がある。

ルシウス(さて……どうしたものか)

この門跡を一歩でも城側に越えれば、再びあの忌々しい魔法無効化エリアへと逆戻りだ。そうなれば、ルシウス自身の戦闘能力も、指揮官としての連絡手段も激減する。

暗殺と隠密に特化した零遺衆といえど、魔力を完全に封じられたあのエリアでは、その真価をどこまで発揮できるか……。


ルシウス「そういえば……ノウス」

ノウス「はっ」


ふと、ルシウスの脳裏を先ほどの「違和感」がよぎり、彼は隣を進む二番手に声をかけた。

ルシウス「君はさっき、僕に思念を飛ばしてきていたよね。けど、あの時の僕は確かに魔法無効化エリアの真っ只中にいたはずだ。あれは一体、どういう原理なのかな?」

先ほどは戦局が極限の混乱状態にあったがために、深く追及する余裕がなかった事実。

あらゆる魔法が不発に終わる絶望の空間で、ノウスは平然と「魔法思念」としか思えない双方向の脳内通信を成立させていたのだ。もしあれが、エリアを無視できる特殊な魔法技術なのだとしたら、この膠着を破る大きな鍵になり得る。

だが、返ってきたのは、軍師の常識を軽く飛び越える隠密たちの力技であった。

ノウス「あれは魔法思念ではありません。私とルシウス様の間でのみ聞き取れる、鼓膜を直接震わせる特殊な音周波を、隠密スキルによる空気の振動制御によって構築したものです。魔力が使えない状況下での、零遺衆なりの泥臭い連絡手段に過ぎません。音が伝達される距離にさえいれば使用可能な特殊な技法ですので、広範囲に届く本物の魔法思念ほどの有用性はないのですが……」

ルシウス「な、なるほど……」


「魔法が使えないなら空気を直接震わせればいい」という、技術の前提があまりに力技すぎて、ルシウスは思わず苦笑交じりに納得するしかなかった。

常人には到底真似できない超絶的な身体制御の賜物であり、一般の兵士に応用して軍の指揮系統を繋ぎ直すような、戦術的な参考にはならないと瞬時に判断する。

ルシウスはそれ以上の追及をすっぱりとやめ、この戦場の前提をひっくり返したもう一つの疑問――最大の疑問について、別の話題として問いを振った。

ルシウス「にしても、どうして君たち零遺衆がここにいるんだい? 闘技場の方は……一体どうなっている?」

本来であれば、闘技場で帝国の戦力を引き付け、釘付けにしているはずの影の主役たち。彼らがここへ現れたということは、あちらの戦域で何らかの「決定的な変化」が起きたことを意味していた。


ノウス曰く、闘技場に控えていた帝国の剣聖は一人のみだったという。

その唯一の剣聖をギークが完全に抑え込んでいるがゆえに、ジャック、リュド、そしてノウス率いる零遺衆の全員が、戦術的に完全にフリーな状態となった。

そのため、戦場全体を俯瞰したリュドの即妙な判断により、各自が自由に動ける手札として各戦場へ散り、助力をする形となったのだ。

ノウス「ルシウス様もすでに感じ取られているかもしれませんが、リヒト様に関してはおそらく問題ないかと。一番の懸念は、やはり広場にいる飛鳥様……。ゆえに、そちらの救援にはジャック様とリュド様がすでに先行して向かわれたはずです。そこに先ほどメーガス様も向かわれたとなれば、最悪の事態には至らないかと存じます」

ルシウス「なるほどね。大体の状況は把握できたよ、ありがとう」

ノウス「はっ」


ノウスからの簡潔な報告を聞き終え、ルシウスの頭脳は瞬時にすべてのピースを並べ替え、戦況を整理していく。

まず、闘技場は放っておいても問題はない。

あのギークが相手であれば、たとえ最高戦力たる剣聖が相手といえど、滅多なことで後れを取るような男ではない。

そして、リヒトも同じだ。

あの男の敗北など、どう逆立ちしても予想できるはずがなかった。だが、先ほどから帝都の空気を激しく震わせている凄まじい魔力の残響を感知するに、リヒトをして「本気を出さざるを得ない状況」に追い込まれているのは間違いないだろう。

となれば、この作戦全体の成否を分けるのは、もはや「広場」と、自身のいる「王城前門」の二つのみ。

そのうち広場に関しては、メーガス、ジャック、リュドというジャッカルの最高戦力トリオが向かっている。それ以上の心配も、これ以上のリソースを割く必要性もない。

ならば、残るは自分が預かるこの戦域をどうにかするだけだ。


ノウス「……魔法無効化エリアをなんとかしなければ始まらない、というところでしょうか」

ルシウス「そうだね。それがある以上、この城を物理的に落とすことはおろか、攻め入ることすら難しいだろうね」

ノウスの核心を突いた言葉に静かに頷く。

だが、その事実を理解した上でなお、ルシウスの眉間には深い皺が寄っていた。

なぜなら、あのエリアを強制解除してどうにかするためには、城の最奥である「地下の研究室」に直接乗り込み、機構そのものを破壊するしかないからだ。

二千の残存兵で鉄壁の庭園を突破し、地下へ潜るなど、今の戦力バランスからすればおよそ現実的ではないのである。

不気味なほど静まり返った王城の門前。

ルシウスは、目の前にそびえ立つ鋼の要塞を見上げながら、次なる一手への模索を止めなかった。


ノウス「ならば、我々が行きましょう」

ルシウスに対して一斉に揃い踏みした零遺衆が、声音一つ変えずに極めて頼もしい進言をした。

ルシウス「いや……あの鉄壁の防備を抜けて、正面から地下に潜る気かい?」

ルシウスが眉をひそめて問い返す。

いかに人外の武を持つ彼らとはいえ、あの規律正しい帝国の防衛線を突破して城内へ侵入するのは無謀に思えた。

ノウス「この混乱の最中です。大軍で動けば的にしかなりませんが、我々のように少人数に絞れば城中への潜入、そして研究室の人間の暗殺など、容易いことかと」

ルシウス「……。」


ルシウスは沈黙し、自身の細い指先を強く握りしめた。

ノウスの言う通り、もしその暗殺と機構破壊が成功すれば、この王城前門の戦局はひっくり返り、ジャッカル側に大いに優勢へと傾く。

だが、もしその作戦が不発に終わり、罠にハめられた場合――ジャッカルはここで「零遺衆」という至宝の戦力を丸ごと失うことになる。

まさしく、ハイリスク・ハイリターンな博打であった。その致命的な葛藤に、ルシウスの胸中は激しく揺れ動く。

ノウス「軍師殿、迷われている時間はないかと。……敵陣にも、何やら奇妙な動きがあるみたいですし」

ノウスの視線の先を追うようにルシウスが目を向けると、確かにその言葉通り、目の前の庭園に布陣していた帝国軍の陣形に歪みが生まれ、少しだけ壁が薄くなっていた。

外からは城内で何が起きたかまでは不明だが、明らかに全体の三割ほどの帝国兵が、後方を警戒するように城の中へと慌ただしく消えていったのである。

ルシウス(何かが起きている……? 理由はわからないけれど、城内の防備が動いた。今を逃せば、次はない、か……!)

グァイスが「地下からの襲撃者(武闘会組)」を迎撃するために兵を割いたその瞬間を、ルシウスの戦術眼が、最大の好機チャンスとして捉えた。

ルシウス「わかった。行ってくれ。――ただし、危ないと判断したなら作戦を破棄して、すぐに撤退して戻ってくるんだよ。君たちの命を失うことは、この戦いの本意ではない。……僕の言いたいことが、わかるね?」

ノウス「……御意」

ルシウスの言葉に含まれた、冷徹な軍師らしからぬ「仲間への情」を感じ取ったのか、ノウスは僅かに声音を和らげて深く一礼した。


その直後、まるで陽炎が揺らめくように、零遺衆の六名は一瞬にして影の中に溶けるようにその姿を消し去っていった。

ルシウス「うまくいってくれよ……本当に。」

誰もいなくなった空間に、ぽつりと祈るような言葉をこぼす。

メーガスに続き、零遺衆までもを送り出したルシウスは、ここから先が本当のジリ貧の長期戦になることを覚悟し、城門跡の前にて残された二千の軍勢と共に、静かに待機する道を選んだのであった。

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