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神速の投擲 ー理外の弾道ー

結界が解ける数分前

北の魔石塔、最上階。

その吹き抜けの広間から見下ろせば、帝都の街並みの先に、巨大なすり鉢状の闘技場がその全容をさらけ出していた。

数キロという距離は、常人にとっては遠景に過ぎないが、その巨大な闘技場がそこにあることは明白だ。

リヒトは魔力によって視神経を極限まで強化し、豆粒ほどにしか見えないはずの闘技場中央を凝視していた。

そこには、一方的に嬲られ、血を流す宗一郎の姿が克明に映っている。

リヒト「今も昔も……趣味が悪いな、帝国は」

アムネジア「……君、本当にあの距離の様子まで分かっているのかい?」

アムネジアが隣で怪訝そうに眉をひそめる。

確かにここからでも闘技場は見えているが、中で誰が何をしているかまでを判別するなど、いくら視力が良くても不可能に近い。

アムネジア「まあ……帝国の組織自体、最初から腐りきっているからね。どうせ今行われているのは試合に見せかけたルーグ殿の趣味か何かの時間だろう?」

リヒト「……そんなところだ。だが、見過ごすには少々寝覚めが悪い」

リヒトの脳裏に、かつて地下迷宮で刃を交えた際、自らを見逃した宗一郎の眼光がよぎる。

リヒト(……俺を見逃した分は、ここで返してやる。そうでなければ、お前の信念が報われないだろう)

リヒトはおもむろにアムネジアへ向き直り、低く告げた。


リヒト「アムネジア。結界を解くタイミングを変更する」

アムネジア「あれ? 決勝戦に合わせてドカンとやるんじゃなかったの?」

リヒト「そのつもりだったが、助けたい命がある。そこまで待っていては、もう手遅れになるからな」

アムネジア「ふーん。ま、僕にはどっちでもいいけど。それで、いつにするつもりだい?」

リヒト「これからだ。俺は今から、あの闘技場に向けて刀を投げる」

アムネジア「……はあ? 馬鹿なの? 届くわけないでしょ。見えていても、あそこまで何キロあると思ってるんだい?」


アムネジアは呆れを通り越し、鼻で笑った。

視界に捉えているとはいえ、数キロ先。

風、湿度、重力、そして闘技場を覆う魔力の歪み。

あらゆる干渉を越えて、狙った一点に「刀」を突き刺す。それは、目を瞑りながら離れた位置にある針の穴に糸を投げて通すような、理外の神業なのである。

しかし、リヒトはそんな言葉を意に介することなく、淡々と続けた。

リヒト「刀を投げ終わると同時に結界を解除しろ。可能か?」

アムネジア「まあ、できなくはないさ。あと何個かコードを書き換えて、システムを強制停止させるだけだからね。……そんなことより、本気でその刀が届くと思っているのかい?」

アムネジアは呆れを通り越し、もはや未知の生物を見るような目でリヒトを眺めた。

数キロ先の「点」を狙うなど、物理法則への挑戦に等しい。

リヒト「問題ない。」

その一言を最後に、リヒトの右手に膨大な魔力が凝縮されていく。

大気がパチパチと鳴り、収束した光はやがて鋭利な刃の形状を成した。魔力が物質的な重さを伴い、実体化していく。リヒトの手元に、一振りの「刀」が冷徹な輝きを放ちながら収束した。


リヒト(リュド、ノウス……まもなく結界が解ける。解けたらお前たちは闘技場に向かい、ギーク、ジャックと合流しろ)

リヒトは魔法思念を飛ばす。

リュド(了解だ)

ノウス(御意)

短く、だが揺るぎない恭順の意志が返ってくる。

リヒト(さて……帝国へ、俺たちの牙を届けよう。)


リヒトは窓から塔の外へ身を躍らせると、塔の最先端、急勾配の屋根部分に音もなく降り立った。

そこから見据える帝都のパノラマ。

遥か彼方に鎮座する闘技場の中央、血に塗れた宗一郎の姿は、肉眼では豆粒よりも小さい。

しかし、魔力によって拡張されたリヒトの視覚は、その絶望の表情すら克明に捉えていた。

リヒト「ふぅー……。」

静かに息を吐き出し、外界のノイズを遮断して集中力を極限まで高める。

リヒト(魔力解放……座標、固定……距離、クリア……)

リヒトの周囲を、目に見えるほどの濃密な魔力の奔流が包み込む。屋根の瓦がその圧力でピキピキと悲鳴を上げた。

リヒト(筋力、増強……軌道、固定……速度、超化……)

遥か眼下で、ドルネが細剣を構え、処刑の仕上げとなる魔力を集中させるのが見て取れた。

リヒトは一瞬の瞬きすら惜しみ、そのタイミングを計る。早すぎれば結界に阻まれ、遅すぎれば宗一郎の心臓が貫かれる。

運命のコンマ数秒が始まる。

ドルネの魔力が極限まで高まり、処刑の刃が放たれる寸前。その刹那を逃さず、リヒトは塔の屋根を蹴り、真上へと高く跳躍した。

接地したままの踏み込みでは、反動で塔の構造を破壊しかねない。空中で爆発的な初速を生み出すべく、リヒトは滞空するわずかな合間に全身を極限までしならせた。

足先から始まった捻転の力は、鍛え上げられた体幹を通り、バネのようにうねりながら肩、腕、そして手首へと伝わっていく。


リヒト(行け……!)

指先へと集束した全エネルギーを一点に解放し、渾身の力で刀を投げ抜く。


バヒュウウンン!!!!!


放たれた魔成刀は、衝撃波ソニックブームを撒き散らしながら大気を切り裂いた。その凄まじい風圧に耐えきれず、北の魔石塔の屋根を覆う重厚な瓦が数枚、木の葉のように吹き飛び、粉々に砕け散っていった。

魔力を帯び、青白い尾を引く刀は、音速を軽く凌駕する速度で一直線に闘技場へと突き進む。

通常、これほどの超高速で射出された物体は、空気抵抗による摩擦熱と衝撃で自壊を免れない。

しかし、リヒトが丹念に練り上げた魔成刀は、分子レベルで強固に結合され、一分の損壊も見せることなく「死の弾丸」となって空を翔けた。


ダンっ!!!


投擲の反動を殺し、リヒトは再び塔の屋根へと着地する。

そして、その着地と同時に、彼の「最高傑作」に応えるかのように天空が悲鳴を上げた。


ピシッ……ピシ……ピキピキ……

パリイイイイイインンンンン!!!!!


リヒトの計算とアムネジアの操作、そのすべてが完璧に噛み合った。

刀が闘技場の目前に到達したその瞬間、帝都を覆っていた絶対結界に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、まるで巨大な硝子細工が砕けるように崩壊していったのだ。

リヒト「どちらも完璧なタイミングだな。」

崩壊し、光の破片となって降り注ぐ帝都の空を仰ぎ見ながら、リヒトは満足げに呟いた。

自身が放った牙は狙い違わず届くべき場所へと届き、帝国という巨大な檻が今、その門を開いた。

リヒトの瞳には、混乱に陥る帝都と、反撃の灯火を宿した闘技場の光景が、勝利の予感とともに映し出されていた。


リヒト(さて、全員見えているな)


リヒトが魔法思念の回路を全開に広げると、帝都の内外に散っていた幹部たちの意識が、鮮明な光の帯となって脳内に流れ込んできた。


ルシウス(当たり前だよ。帝都の外から見てると壮観だね! あの結界がこうも簡単に消えるように見えるなんて。君の仕業だろ?)

メーガス(ふぅ、ようやく。これで私たちとの思念伝達も、ようやくノイズなしでやり取りできるようになるのね)

飛鳥(……すごい……。結界が、本当に消えた……)

ギーク(ヒャッハーッ! ようやく来たか、この時が! 待ちくたびれたぜ!)

ジャック(……)

リュド(見事な手際だ。)

ノウス(さすがでございます、リヒト様)


ジャッカルの全幹部が、まるで隣にいるかのような密度で応える。激闘の末に意識を沈めているジャックのみが沈黙を保っていたが、その気配の強さから命に別状がないことはリヒトにも分かっていた。


リヒト(ギーク。闘技場でジャックとともにリュド、ノウスと合流しろ。そのまま、その場にいる剣聖の動きを封じろ)

ギーク(へっ! 了解だ! ここからはもう、出し惜しみなしの『本当の本気』でいいんだよな!?)

リヒト(当たり前だ。……と言っても、すでに『ドラグーン』を召喚していたようだがな?)

ギーク(……! そりゃあ……その……悪かったよ! ああでもしねぇと、あのじじいに殺されてたんだからよ!)

リヒト(ふっ。まあいい、残りの始末は任せたぞ)

ギーク(任せろ! 槍の錆にしてやるぜ!)


闘技場から届くギークの思念は、血気盛んな熱を帯びて爆ぜた。続いてリヒトは、帝都外縁に待機する「魔女」へと意識を向ける。


リヒト(メーガス。準備は出来ているな?)

メーガス(いつでもいけるわ。大規模転送陣を展開して、そちらに私たちの戦力を一気に送り込んであげる)

ルシウス(リヒト、その件なんだけど。転送のタイミングと位置については、僕が指示を出してもいいかな?)

リヒト(……? 構わん。仔細はルシウスに託そう)

ルシウス(ありがとう。戦況は僕が盤面として把握している。王城に向けて最短で進行できるよう、兵を配置させてもらうよ!)

リヒト(ああ。……任せる)


仲間たちとの意思疎通を終えたリヒトは、北の魔石塔の頂に立ち、王城を見据えた。

結界という枷を外されたジャッカルの牙は、今、帝国の心臓部へと向けて一斉に解き放たれた。

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