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落日の絶対結界 ―砕け散る守護の殻―

観客『いいぞ! やっちまえ!!!』

観客『ドルネ様……なんて苛烈な……』

観客『……いくらなんでも、やりすぎじゃないか?』


闘技場を埋め尽くす群衆の反応は、凄惨さを増す一方の光景に割れていた。かつては帝国の至宝として万雷の喝采を浴びていた男の末路。

それが「大罪人」として、抵抗する牙すら抜かれた状態で一方的に嬲り殺しにされていく。

四剣聖の中でも宗一郎を英雄として崇拝していた民からすれば、それは魂を抉られるような業腹ごうはらものであっただろう。しかし、帝国で禁を犯し、王位継承権を持つルーグに刃を向けたという罪もまた、消しようのない事実。やるせない感情が、澱のように観客席に渦巻いていた。


宗一郎(意識が……遠のいてゆくのを感じる……)


何度目か、もう数えることさえ止めた。

倒れては立ち上がり、泥に塗れた拳を振るい、そのたびに容赦のない打撃を浴び、細剣が肉を割く。

普通であれば、二度、三度繰り返せば絶望し、死を懇願するだろう。だが、武人としての魂が、目の前の存在にだけは屈してはならぬと血の混じった咆哮を上げ続けている。その消え入りそうな自負心だけが、宗一郎の四肢を動かす唯一の燃料であった。

ドルネ「どうした……? そろそろおしまいか? みっともなく足掻けと言っただろう。まだ陽は落ちていないぞ」

薄ら笑いを浮かべたドルネが、立ち上がろうとした宗一郎の腕を無慈悲に蹴り飛ばす。

崩れ落ちた胸元を、軍靴の底で力任せに踏みにじった。

宗一郎「だま……れ……。いま……貴様……を……っっっ!!」

精一杯に意識の糸を繋ぎ止め、ドルネを睨み据える。言葉を紡ごうとするが、ゆっくりと肉を穿つヴェル・ロザリアの激痛が、喉から声を奪い去った。

ドルネ「何を言っているのか聞き取れないね。もっとはっきり鳴いたらどうだい?」


その所業は、もはや人の成すそれではない。

あんなに騒がしかった観客席のヤジも、いつの間にか霧が晴れるように静まり返っていた。この「処刑」は、もはや娯楽の域を超え、酸鼻を極める「拷問」へと変質している。

だが、ここで非難の声を上げれば、次はその刃が自分に向かう。力なき民衆は、本能的な恐怖に口をつぐみ、ただ目を逸らすこともできずにその光景を見守るしかなかった。

宗一郎の姿は血に染まり、裂傷の激しい箇所は肉が盛り上がり、もはや正視に耐えるものではない。

だが、それでいてなお、宗一郎の双眸だけは死んでいなかった。ドロドロに溶けゆく意識の深淵から、ただ一筋の執念を燃やし、目の前の「敵」を真っ向から捉え続けていた。

宗一郎「……はぁっ……はぁっ……。」

自身の体から流れ落ちた血が、足元の水溜まりにピシャピシャと音を立てる。その震える膝を、執念だけで押し上げた。

宗一郎(まだ……立てる……拳も……握れる……。この者だけは……許されない。……ドルネ殿……貴殿も……不憫であろう……。某が……某が必ず……!)

神経はとうの昔に焼き切れ、新たな傷を刻まれても、もはや熱い鉄を押し当てられたような鈍い感覚が走るのみ。肉体というおりが壊れ、精神だけが剥き出しとなって闘技場に立ち尽くしていた。

ドルネ「そろそろ飽きてきたね。ここまで耐え忍ぶその精神力……生半可なものではないよ。敬服する」

ドルネは無機質な動作でわざとらしく敬礼し、宗一郎を嘲るように煽る。

ドルネ「そして、その精神力の持ち主を……帝国の至宝の一角を失うこと。本当に痛ましく思う。残念だ」

その最後の一言にだけ、針の先ほどの微かな「揺らぎ」が混じったのを、死に瀕した宗一郎の感覚が捉えた。だが、それを咀嚼そしゃくする猶予はない。

次の瞬間、ドルネが細剣を正眼に構えると、大気が震えるほどの魔力がヴェル・ロザリアの刃に収束し始めた。

宗一郎(この極限状態……今なら……あるいは……)

目の前の敵が、命を刈り取るための渾身の一撃を練り上げる。その死の予感の中で、宗一郎は一つの「可能性」を信じていた。

四肢を貫く魔封じの杭。それが肉体の限界を超えた今、わずかに緩んでいる。

だが、その可能性を形にするためには、まずこの一撃を生き延びねばならない。回避は不可能。ならば、命を賭して受けるのみ。

ドルネ「罪を悔いて……死ぬといい」

細剣【ヴェル・ロザリア】が、練り上げられた魔力により禍々しいあかい光を放ち、空間を歪ませる。

ドルネ「こう……だったかな。――女王の一刺レーヌ・アズュール!!!」

紅い閃光が爆ぜた。

音を置き去りにした神速の刺突が、一点の慈悲もなく宗一郎の胸元へと突き進む。


宗一郎「これは……まずい……」


魔力は練れず、筋力さえも杭に封じられている。そんな、ただの肉の塊に成り下がった自分を目掛けて、逃れようのない「死」が加速してくる。

武人としての本能が、冷酷に終わりを告げていた。

死の間際、感覚は極限まで研ぎ澄まされ、現実のコンマ数秒が永遠のように引き延ばされる。

圧倒的な光量を伴い、空気を焼き切りながら心臓へと肉薄する美しき細剣。

その軌道を、宗一郎は恐ろしいほどはっきりと捉えていた。

だが、どれほど鮮明に見えていようとも、鉛のように重い身体は指先一つ動かせない。

宗一郎(目で追えても……身体が動かねば意味はなし、か……)

諦念にも似た静謐さが胸を掠める。

宗一郎はゆっくりと、最後を受け入れるように瞼を閉じた。


バチバチバチッ!!!


キィーーーーーーーン!!!!!


ズドォーーーン!!!!


凄まじい衝撃音が闘技場を震わせ、大気が物理的な圧力となって爆ぜた。

ドルネ「んなっ……!?」

宗一郎「……!?」


何が起きたのか。

実況席の男も、観客席の群衆も、控室でモニターを注視していた戦士たちも、そのあまりに突発的な事態に思考を停止させ、硬直した。

だが、いち早く覚醒したのは宗一郎だった。

彼は自身の胸を貫くはずだった光が霧散し、ドルネの意識が驚愕によって自分から逸れたことを、肌で、そして本能で感じ取った。


宗一郎「ぐっ、あああああッ!!!」


歯を食いしばり、自らの両腕に深く打ち込まれていた魔封じの杭を、強引に引き抜く。

激痛が走るが、止まっている暇はない。

同時に、天から降ってきたかのように自分の目の前の床へ突き刺さった「何か」を、逆転の楔として鷲掴みにし、抜き去る。

その「獲物」を手に、宗一郎はドルネから一気に距離を取った。

着地と同時に、残る両足の杭をも迷いなく引き抜く。

魔力のバイパスを塞いでいた異物が取り除かれた瞬間、宗一郎の体内を、枯れ果てていたはずの魔力が微弱ながらも再び脈打ち、循環し始めた。


ドルネ「……やってくれたな……ッ!」


何かが飛来した方角――遥か高天にある北の魔石塔を睨みつけ、ドルネが怒りに頬を赤らませて低く呻く。その瞳には、自分の「舞台」を汚されたことへの、獣のような苛立ちが宿っていた。

宗一郎(未だルーグの意識は此方こちらにあらず。なれば、今はそれに準じよう……!)

宗一郎は、体内に残る僅かな魔力を火種にし、急速に修復の呼吸を整える。


手元に握りしめていたもの。

それは、紛れもない一振りの「刀」だった。


驚くべきは、その刀自体が放つ魔力の密度だ。極めて高度な錬成によって構築されたそれは、まるで生き物のように鼓動し、強力な魔力を周囲に発散している。

誰が、何の目的で、この絶体絶命の瞬間にこれを送り込んだのか。

宗一郎には知る由もなかった。だが、これが自分を生かすために差し伸べられた「救いの手」であることは、肌を刺す魔力から理解できた。

宗一郎は、その刀から溢れ出る魔力を自身の回路へと適合させ、強制的に体内の魔力循環を正常化させていく。ボロボロになった血管を魔力が駆け巡り、細胞を再構築していく。その精度と速度は、まさに「剣聖」にしか成し得ぬ神業であった。

ドルネ「……すまないが、君にかまけている時間は無くなったようだ。命を落とさなかったこと……幸運だったね」

冷酷な「人形」の口から漏れた、最後の宣告。

しかし、その声すら掻き消すほどの異常事態が、帝都を襲った。


ピシッ……ピシ……ピキピキ……

パリイイイイイインンンンン!!!!!


巨大な卵の殻が粉々に砕け散るような、凄まじい衝撃音。

それは闘技場を揺らすに留まらず、帝都の空を、大気を、そして人々の魂を震わせた。


ドルネ「……ま……さ……まさ、か……」


ドルネが呆然と空を仰ぐ。

そこには、帝都を鉄壁の守護で包んでいたはずの「絶対結界」が、ガラスの破片のように光を散らしながら崩壊していく光景があった。

その直後、ドルネを縛り、操っていたドス黒い魔力が、糸が切れたように霧散した。

主導権を取り戻した反動か、あるいはルーグの意識が別の「緊急事態」へと向けられた影響か。

ドルネの身体から力が抜け、膝が折れる。

宗一郎「ドルネ殿……!」

それを察知した宗一郎は、魔力が戻りつつある肉体で爆発的に加速した。目にも留まらぬ速さで駆け寄り、崩れ落ちる彼女の身体を、その逞しい腕でしっかりと受け止める。


宗一郎(帝都の結界が解けた……。何が起きたというのだ……)


目の前で起きた奇跡。

そして今、空が剥がれ落ちるように崩壊していく異様な光景。そのすべてを理解し、整理するにはあまりに時間が足りなかった。

現に、先ほどまで残酷な処刑を「娯楽」として眺めていた数万の観衆は、一転して剥き出しのパニックに突き落とされていた。


観客『け、結界が割れたぞ!? 嘘だろ!?』

観客『うああああ!!! なにが、なにが起きているんだ!?!?』

観客『ドルネ様が……倒れておられるぞ!? お迎えを、誰かお迎えを!!』


悲鳴と怒号が重なり合い、地鳴りのような騒乱が闘技場を支配する。その喧騒の中心で、宗一郎は腕の中のドルネを静かに抱きかかえながら、冷徹なまでに研ぎ澄まされた思考を巡らせていた。

宗一郎(絶対結界の消失。そしてドルネ殿の呪縛が解けたこと……これらは間違いなく一つの線で繋がっていよう。それがしを絶体絶命の淵から救い上げたこの刀。先ほど、ルーグは明らかに北の魔石塔の方角を見据えておった……)

意識を集中すれば、北の塔から放たれる、空を焦がさんばかりの強大な魔力の波動を感知できる。

それは帝国の軍律を嘲笑うかのような、苛烈で、それでいてどこか清々しいまでの異物感。

宗一郎(北より途方もない魔力を感じる。……侵略者の類か。いや、帝国という巨大な虚構を打ち砕かんとする『何か』と見て間違いあるまい)

宗一郎の読みは、恐ろしいほどに真実を射抜いていた。

この大異変を引き起こしたトリガーは、北の魔石塔に侵入した不確定要素。

そして、完璧主義者であるルーグがドルネの支配を解き、この場から転移してまで「自ら対処せねばならぬ」と判断した相手。


宗一郎「……あの時の御仁……なのか?」

脳裏をよぎるのは、かつて地下迷宮の暗がりで刃を交えた、あの不敵な男の横顔。

今、己の手元にあるこの「刀」から漏れ出る魔力は、どことなくあの男の放っていた気配に近い。

一度ならず二度までも。

自らが尽くした帝国に見捨てられ、あまつさえ死を賜ろうとした自分を、かつての「敵」が救ったというのか。

その皮肉で、しかし救いようのないほど温かな確信が宗一郎の胸中を支配し、帝国の危機にありながら、彼を「忠義」ではなく「恩義」の場に繋ぎ止めていた。


いつも読んでいただきありがとうございます。


ついに物語が転換点へと入りました!!

闘技大会は佳境へと差し掛かり、ここぞ!というタイミングでの介入!


この演出、考えるのは簡単なんだけどシームレスに繋がるのが難しい難しい…。

みなさんから見たらあれ?と思うかもしれませんが私なりに頑張ってみました!


さて、ここから始まるお話は少し血生臭いお話になっていくと思います。

それでもお付き合いお願いできればなー。と思ってます。


今後ともよろしくお願いします!

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