傀儡の円舞曲 ―断ち切られた鋼、繋がれた絶望―
ドス黒い魔力の奔流が、ドルネの体内から爆発的に溢れ出した。
一瞬、彼女の全身が人形の糸を引かれたようにぴくりと不自然に痙攣する。観客席から見ればわずかな震えに過ぎなかったが、眼前にいた宗一郎にとっては、それは世界の終焉を告げる予兆に等しかった。
ガリガリッ!!
重い鎖を引きずり、四肢に魔力封じの枷を嵌められているとは到底信じがたい神速。
宗一郎は本能的な危機感に従い、一気に後方へと飛び退いた。
宗一郎「……ドルネ殿……ではないな?」
着地した宗一郎は、低く構え、目の前の「異形」を鋭く射抜く。
先ほどまでの絶望に沈んだ瞳ではない。
そこには、死地を幾度も潜り抜けた本物の剣聖の眼光が宿っていた。
目の前の女が、もはや自分の知るドルネではないこと。そして、今この瞬間から、この場が「処刑場」から「戦場」へと変貌したことを、彼は誰よりも早く悟った。
宗一郎は、目の前の「何か」から発せられる返答を、静寂の中で待つ。
ドルネ「何を言っている……私は私だ」
その声はドルネのもので間違いなかったが、響きには一切の体温がなく、まるで精巧な機械が言葉を吐き出しているかのような違和感があった。
宗一郎「……とてもそのようには感じられぬ」
目の前のドルネは、明らかに正常ではない。
長年、戦友として死線を共に潜り抜けてきた仲だ。鎖に繋がれ、五感を封じられようとも、魂の波長が変質したことだけは痛いほどに理解できた。
今の彼女を動かしているのは、彼女自身の意志ではない。
ドルネ「遊びはおしまいだ。己の罪を悔いて死んでいくといい」
言い終わるが早いか、空気が爆ぜた。
次の瞬間、ヴェル・ロザリアの鋭い刺突が宗一郎の右肩を深く貫いていた。
宗一郎「ぐっ……!?」
痛覚が走るより先に、宗一郎は反射的に後方へ地を蹴った。だが、全身に絡みつく重い鎖が非情なバラストとなり、かつての神速を奪う。
回避は間に合わず、無様に体勢を崩しながら後退するのが精一杯だった。
そして、その好機をドルネが見逃すはずもない。
間髪入れずに二撃目が襲いかかる。
死角からの必殺の一突き。
宗一郎は咄嗟に、鎖に縛られた両腕を盾として前に突き出した。だが、ルーグの魔力によって強化されたドルネの剣筋は、硬質な鎖の隙間を縫うように、あるいは力任せに貫通し、宗一郎の手首を無慈悲に串刺しにした。
宗一郎「……くっ……!!!」
熱い鉄を押し当てられたような激痛。
叫び声を上げそうになるのを、奥歯が砕けんばかりの精神力でねじ伏せる。
ドルネの猛攻は止まらない。
流れるような連撃に対し、宗一郎は身体に巻き付いた鎖を「防具」として使い、かろうじて致命傷だけを避ける。
しかし、魔力を封じられた肉体に、剣聖の剣を完全に凌ぎきる術はない。
浅くない斬撃が、一つ、また一つと彼の肉体に刻まれていく。
ドルネ「案外粘るね……。さすがは元剣聖というところかな」
冷たく、余裕を湛えた表情。
ドルネは一度剣を引き、切っ先に付着した宗一郎の血を、煩わしそうに一振りして払い落とした。
その冷徹な双眸は、次にどこの肉を穿ち、どこの骨を砕くべきか、冷徹な計算機のように標的を見定めていた。
宗一郎(傷は浅くはない……。だが、手応えはある。奴の刺突を受けるたび、鎖の継ぎ目が悲鳴を上げている。あと数撃……急所を逸らして耐えきれば……!)
肉を穿たれる激痛に耐えながら、宗一郎は冷静に「その時」を待っていた。
ドルネの放つヴェル・ロザリアの鋭い一撃は、宗一郎の肉体を傷つけると同時に、彼を縛り上げる鋼の鎖をも確実に削り取っている。
転移直後の、呼吸すらままならなかった拘束感は、今や僅かながらの「遊び」を生んでいた。
だが、その目論見は、操り人形と化したドルネの眼を欺くには至らない。
ドルネ「その不自由な鎖……それを解けば、何とかなるとでも思っているのかな? 浅はかだね。たとえ表面の鎖を断ったところで、君の四肢に深く打ち込まれた『魔封じの釘』が残っている。魔力が通わぬ肉体で、何ができるというんだい?」
宗一郎「黙れ……。貴様に言われずとも、百も承知だ」
宗一郎は荒い息を吐きながらも、視線を逸らさず睨み返す。
四肢の急所に深く刺された魔封じの枷は、体内の魔力循環を根こそぎ遮断している。
鎖が解けたとて、常人の筋力すら満足に出せない「重い肉体」であることに変わりはない。
ドルネ「そうか。なら、構わないけれど……」
ドルネは細剣を目線の高さに掲げ、正眼に構えた。大気がピリリと震えるほどの魔力が、その切っ先に収束していく。
宗一郎もまた、次の一撃が「死」に直結することを予感し、残された全神経を研ぎ澄ませて身構える。
ドルネ「ふんっ……!!」
爆発的な踏み込み。石床を粉砕するほどの脚力で放たれた一突きは、宗一郎の防御を容易く突き破り、鎖ごと彼の脇腹を深々と貫いた。
宗一郎「が……はっ……!!」
鮮血が舞う。だが、ドルネは剣を抜くどころか、そのまま残酷なまでの追撃を繰り出した。
ドルネ「動きにくそうだから……その鎖、私が断ち切ってあげよう」
その言葉は、慈悲などではない。
獲物をより効率的に、より無残に解体するための「準備」に過ぎない。
ドルネは至近距離で、ヴェル・ロザリアを神速の円舞で振るった。硬質な鋼鉄のぶつかり合う高い音が数度響き、宗一郎の身体をがんじがらめにしていた重厚な鎖は、豆腐のように細切れにされ、闘技場の床へと力なく崩れ落ちた。
自由。
しかしそれは、魔力という武器を奪われ、全身を血に染めた男が、絶頂にある剣聖の前に「剥き出し」で放り出されたことを意味していた。
宗一郎「……なぜ鎖を解く。貴様が繋いだ獄であろう……ッ」
砕け散り、床に散乱した鋼の破片を見下ろしながら、宗一郎は脂汗を流し、苦悶に満ちた声を絞り出す。
ドルネ「はははっ! 罪人が何を言う? 私が何をしようと私の自由だ。鎖に繋がれた罪人を処すなど、そこらの処刑人で事足りる。私が行っているのは『元剣聖』の処断だ。君には、それに相応しい特等席の苦痛を与えねばなるまい」
ドルネの顔には、かつての凛冽な面影は消え、他者の苦痛を愛でるようなうっとりとした悦悦が浮かんでいた。操り人形の糸の先にいる男の、歪んだ欲望がそのまま表情に染み出している。
ドルネ「四肢が自由になってなお、魔力を使うことすら許されず、なすすべなくその身に風穴が開いていく……。最高の見せ物だろう?」
宗一郎「……理解できぬ。処断するならば一息に沈めるのが、せめてもの礼儀であろう。ここに来てまで……武人としての礼を失するか……!」
言いようのない怒りに肩を震わせ、宗一郎は自由になった腕を強引に振るった。
鎖という枷を脱ぎ捨てた直情の一撃。
だが、その拳には気迫に見合うだけの力が宿っていない。四肢に打ち込まれた「魔封じの杭」が楔となり、神経を焼き切り、筋肉に鉛を流し込んだかのように重く、鈍い。
放たれたのは、力なき凡夫のそれよりも弱々しい、ただの悪足掻きであった。
ドルネ「ふっ……その体で、一体何ができる……?」
ドルネは冷笑を浮かべ、わざと大袈裟な動作でその拳をかわしてみせた。空を切った勢いで前のめりにバランスを崩した宗一郎。そのがら空きの背中に、彼女は一切の慈悲なく鋭い蹴りを叩き込む。
ドッ!!
背後から肺を潰さんばかりの一撃を受け、宗一郎は無様に石床へと転がり、泥を舐めるように倒れ伏した。
ドルネ「まあ、いくら元剣聖といえど、完全に無抵抗で殺されてしまうのは見ている側からしても退屈なものだろう? だから……」
ドルネはゆっくりと歩み寄り、倒れ伏す宗一郎の太腿にヴェル・ロザリアの細い刃をじわじわと突き立てた。肉を裂く嫌な音と共に、宗一郎が短い苦悶の呻きを漏らす。その耳元へ口を寄せ、彼女は蜜のように甘く、そして氷のように冷たい声を落とした。
ドルネ「死ぬまでの短い間だ……。せいぜい、無様に抗ってみせろ」
吐き捨てると同時に、深々と突き刺さっていた刃を乱暴に引き抜く。
鮮血が石床を赤く染め上げ、宗一郎の意識は激痛の荒波に飲み込まれていった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
待ってくださる皆様のためにも頑張って書き続けていきます!
そろそろ闘技大会のお話も佳境にさしかかり新しい展開に向かうターニングポイントとなる予定です。
ここまで読んできてる皆様なら、何が起こるか予想できてるかもしれませんが、その期待を裏切らないような構成で考えていきますのでよろしくお願いします!
※今回から投稿文字数を少し調整していきますがクオリティは維持する予定なので、物足りないかもしれませんが許してくださいね。
今後ともよろしくお願いします!




