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断罪のプログラム ー狂気の演出家(ルーグ)ー

続く四、五試合目は一方的なものとなり熱狂した観客を震わすほどの試合はなかった。


実況の声が響く中、闘技場に現れたのは50代という円熟期にありながら、枯れることを知らない威圧感を放つ正体を伏せている剣聖のローグであった。

対するは十傑の一角、気鋭の槍使いガルナ。

ガルナ「……食ってやるよ、老いぼれ!」

開始の合図と同時に、ガルナは魔力を全開放した。若さに任せた瞬発力で槍を突き出し、嵐のような連撃を叩き込む。しかし、ローグは微動だにしない。

襲いかかる槍の穂先を、彼は最小限の足さばきと、練り上げられた魔力の障壁だけで淡々といなしていく。

ローグ「若いの。無駄な動きが多いな。」

ローグの言葉は、戦場を支配する者のそれだった。

ガルナがどれほど速度を上げ、死角を突こうとも、ローグはそのすべてを先読みし、完璧に無力化していく。

攻撃が一切通じない。その事実はガルナの体力を、そして精神を急激に削り取った。

数分後、全霊を出し尽くしたガルナは、傷一つ負っていない老将の前で力尽き、膝をついた。それは「敗北」というより、絶対的な「格」の違いを見せつけられた「終焉」であった。


続く第五試合。

闘技場に凛烈な空気を伴って現れたのは、ドルネであった。その手には、美しくも禍々しい細剣『ヴェル・ロザリア』が握られている。

対峙するソウエンは、サバイバルで見せた神速を武器に、ドルネの懐を狙って風のように駆け出した。

しかし、今日のドルネはこれまで以上に苛烈だった。大会の進行やジャッカルの不在、自身の不本意な立ち位置へのフラストレーションが、彼女を冷酷な「処刑人」へと変えていた。

ソウエン「消えろ――!」

ソウエンが視認不可能な速度で背後に回った瞬間、ドルネの『ヴェル・ロザリア』が閃光を放った。

ドルネ「黙りなさい…消えるのは貴様だ。」

神速さえも置き去りにする、精密にして苛烈な細剣の突き。

空間そのものを縫い止めるかのような魔力を帯びた刺突が、ソウエンの逃げ場を完全に奪った。

ヴェル・ロザリアの鋭い刃がソウエンの肉体を正確に貫き、その血肉を吸い上げる。逃げようとするソウエンの速度は、ドルネの圧倒的な出力の前に粉砕され、彼はなす術もなく血溜まりへと沈んでいった。

敗北が決定づけられた瞬間、ドルネは血濡れた細剣を払い、冷ややかに言い放った。

ドルネ「……次だ。もっと私を愉しませる獲物を連れてこい。」


二回戦の全試合が終了し、闘技場には修復士たちが慌ただしく姿を現した。魔力によって至る所に刻まれた剣痕やクレーターが、三回戦という名の「最終決戦」を前に次々と修復されていく。


その静かな幕間、選手控室。

そこには、闘技場の喧騒とは無縁の、張り詰めた空気が漂っていた。

ジャック「やっと……やっとです……!」

ジャックは自身の身体を抱きしめるようにして、抑えきれない悦びに震えていた。

次戦。念願の獲物、一之瀬斗真。

これまで戦ってきた「餌」たちでは、彼の渇きを癒やすにはあまりにも足りなかった。実力者であったシャウとの一戦でさえ、ジャックにとっては本気を出すための「呼び水」にすら至らなかったのだ。

ジャック「ギークさん、場合によっては僕は次で負けるかもしれません! でも、陽動としてなら、ここまで進めば充分でしょ?」

その瞳は、強者と交われる歓喜に爛々と輝いている。しかし、問いかけられたギークの反応は、どこか上の空だった。

ギーク「あぁ……そうだな。」

ギークの視線は、控室のモニターに映し出された第四試合の勝者――ローグの姿に固定されていた。彼の脳内では、先ほどの戦いのリプレイが、一秒刻みの精度で解析され続けている。そして、導き出された一つの仮説が、確信へと変わった。


ギーク「あのじじぃ……胡散臭いと思ってたが……ありゃあ多分、剣聖……いや、『拳聖』のロックだ。」


ジャック「……えっ?」

シャドーボクシングで身体を温めていたジャックの動きが、凍りついたように止まった。

ギーク「スクリーン越しで見ててもわかる。あの足捌き、魔力の無効化……技術レベルがただの隠居じじぃじゃ説明がつかねぇ。あの年齢であそこまで動けるバケモノを、俺は『拳聖』以外に知らねぇよ。」

ジャック「じゃあ……ギークさんのこの後の戦いって……。」

ジャックが言葉に詰まるのも無理はなかった。

仮にジャックが一之瀬斗真を下し、ギークが拳聖ロックを突破したとしても、その後に待ち受けているのは、さらに磨き抜かれた「剣聖」との連戦になるかもしれないのだ。

陽動という任務の枠を遥かに超えた、絶望的なまでの消耗戦。

帝国が隠し持っていた「本物の牙」が、ついに自分たちの目の前に剥き出しになったことを、ギークはその鋭い嗅覚で嗅ぎ取っていた。

ギーク「……ハッ、笑えねぇな。だが、やるしかねぇだろ。俺たちの目的は、勝つことじゃねぇんだからな。」

ギークは壊れかけた安物の槍を床に置き、自身の拳を強く握りしめた。その表情には、最悪の事態を想定しながらも、どこか運命を愉しむような不敵な色が混じっていた。


同じ頃、別の控室では、帝国の「牙」たる二人が静謐な空気の中にいた。


剣聖二席・ドルネと、拳聖の正体を隠した老将・ロック。このレベルの域に達した者にとって、直前の調整など今さら必要ない。ただ、己の魂を研ぎ澄ますだけの静かな時間が流れていた。

ドルネ「次の、私の相手……」

先ほどのソウエン戦でヴェル・ロザリアを存分に振るったことで、彼女の内にあったフラストレーションは幾分か和らいでいた。対戦表を眺める余裕を取り戻した彼女の視線が、シード枠の欄で止まる。

ロック「……シード。宗一郎殿、であるな。」

目を閉じたまま、地を這うような低い声でロックが告げた。その一言は、静まり返った室内で異様な重みを持って響いた。

ドルネ「……は? なんで宗一郎が、この武闘会のシードに名を連ねているのよ?」

ドルネの端正な眉が不快げに跳ね上がる。


宗一郎の参戦――それは、ルーグから事前に一切聞かされていない、完全な「空白」だった。それはロックにとっても同様である。

自分は「剣聖」として表舞台で敵を屠り、ロックは「隠れた強者」として最後にその正体を明かして絶望を与える。それがこの武闘会の台本であり、仇敵『ジャッカル』の幹部を確実に仕留めるための帝国の盤石な布陣であると、ドルネは自分なりに解釈していた。

そこに割り込んできた、宗一郎という特大の不純物。

しかも、勝ち上がれば自分と相対することになるシード枠。

ルーグの意図が全く読めないこの歪な構図に、ドルネの思考は混濁した。

ドルネ「あの男……何を考えているの。反逆者として獄に繋がれた男を、今さらこの晴れ舞台に引っ張り出して……。私に何をさせようというのよ?」

ロック「……わからぬ。だが、ルーグ殿のことだ。ただの恩赦などという慈悲深いものではあるまい。」

ロックが静かに目を開ける。その双眸には、長年の戦士としての直感が告げる「胸騒ぎ」が宿っていた。

ドルネはヴェル・ロザリアの柄を強く握りしめた。

かつての同胞であり、共に剣聖の名を冠した男との再会。それが武人の誇りを賭けた戦いなどではなく、ルーグの掌の上で転がされる不気味な「何か」であることを、彼女の本能が察知していた。


そこに突如として、部屋の空気を物理的に押し潰すような圧倒的な「圧」が流れ込んできた。


扉が開くよりも早く、その存在感だけで訪れた者が誰であるかを二人に知らしめる。現れたのは、先ほどまで話題の中心にいた男、ルーグその人であった。

ドルネ「あら、こんなところまで……珍しいのね。」

ドルネは努めて冷静に、皮肉を混ぜて応じた。だが、その指先は無意識にヴェル・ロザリアの鞘に触れている。

ルーグ「ああ。君たちには伝えておこうと思ってね。」

ロック「ほう……なにか重要なことでも?」

座したまま、ロックが鋭い眼光をルーグへ向ける。

ルーグ「なに、たいしたことではないよ。『シード枠』についてだ。」

その言葉が発せられた瞬間だった。ルーグが纏っていた「麗しき王子」としての柔らかな仮面が剥がれ落ち、部屋の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの、冷酷な剣聖としての気が溢れ出した。

ドルネ(……絶対に、ろくでもないことね。)

ドルネは内心で毒づいた。ルーグがこのような「戦士」の顔を見せるとき、提示されるのは常に誰かの尊厳を蹂躙する劇薬のような命令だと知っているからだ。

ルーグ「シードで出る者はもう誰だかわかっているね?」

口調こそ穏やかだが、その眼差しの奥には抗いがたい支配の意志が宿っている。ルーグはドルネを見つめ、優しく問いかけた。

ドルネ「ええ……宗一郎……。」

ルーグ「そう。彼をシードで出したのには理由があるんだ。」

ロック「ほう、どのような?」

ロックの問いに対し、ルーグはわざとらしく眉を下げ、芝居がかった残念そうな表情を作ってみせた。

ルーグ「彼は禁を犯したとはいえ、帝国至宝の戦力、剣聖の一角。それも君らより序列が上の『二席』だった男だ。」

その言葉に、ドルネの胸の内にどす黒い感情が渦巻く。

かつて同じ高みを目指し、背中を預けたこともある同胞。それを罪人として貶め、挙句の果てに序列を持ち出して今の自分たちを暗に比較する。

ドルネ(この男……よくもぬけぬけと言えるわね。顔はいいだけに、本当に……残念な男だわ。)

不遜にも王子に対して抱くべきではない嫌悪感を抱きながらも、ドルネは唇を噛んで次の言葉を待った。

ルーグの語る「理由」が、単なる戦力補充でないことは明白だった。

ルーグ「罪を犯した者がただで放免されるのは、たとえ剣聖であったとしても民は納得しないだろう?」

その声はどこまでも平坦で、それゆえに逆らうことのできない「正論」という名の毒を含んでいた。

ドルネ「それで……それがシードと、どう繋がるのかしら?」

苛立ちを隠さず、ドルネが問いを重ねる。その問いに、ルーグはふっ……と鼻を鳴らして応えた。


ルーグ「断罪だ。」


その一言は、十分すぎるほどにロックとドルネの胸中をざわつかせた。

ドルネ(私を……断罪の道具にするっていうの!?)

ロック(なんと……公衆の面前で、かつての同胞を処刑に近い形に晒すというのか!?)

二人の戦慄をよそに、ルーグは事も無げに続ける。

ルーグ「無論、断罪であるために殺してしまう必要はない……。彼にも生きる道を与えている。再び剣聖として歩める道をね。」

にやりと口角を上げ、ルーグは指先でドルネに近寄るよう促した。ドルネは剥き出しの不快感を隠そうともせず、しかし王子の命に従い、一歩一歩、その禍々しい気配の元へと歩み寄る。

至近距離。ルーグはドルネの耳元に唇を寄せ、周囲には聞こえない微かな声で「何か」を囁いた。

その瞬間、ドルネの目が見開かれた。

端正な顔が急速に蒼白になり、何かに弾かれたように数歩下がって元の場所へと戻る。彼女の震える指先が、ヴェル・ロザリアの柄を強く、白くなるほどに握りしめていた。

ルーグ「とにかく……だ。君たちにはジャッカルの奴らを確実に沈めることと、宗一郎の断罪。この二つを完遂してもらわなければならない。エキシビションでやる私との立ち合いなどどうでもいい。帝国軍の威信を、知らしめろ。」

一方的に言葉を締めくくると、ルーグは一度も振り返ることなく控室を後にした。

残された二人の間に、重苦しい沈黙が降り積もる。

ロックは目を閉じ、ルーグの言葉の裏に潜む奈落のような悪意を噛み締めていた。そしてドルネは、今聞いたばかりの耳鳴りのような「密命」に唇を噛み、煮えくり返るような怒りと絶望を押し殺しながら、三回戦という名の地獄へ向けて心を殺し始めた。

いつも読んでいただきありがとうございます。


武闘会もそれなりに進んできて、役者が揃いつつあります!

ここからどんな展開になるのか…いつも通りあたたかく見守ってもらえればと思います。


今後ともよろしくお願いします!

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