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片手の演武 ―なまくらで描く死線の円―

ジャックがソウエンを闘技場の壁面へと深く沈め、轟音を響かせていた頃。

その喧騒から離れた一角では、ギークとガルナの戦闘がさらなる過激さを増し、空気を細切れに切り裂いていた。


ガガガガガガガ!!!!


本来であれば成立するはずのない「槍」と「拳」による真正面からの打ち合い。

しかし、二人が至った武の極致は、その物理的な不条理を力ずくでねじ伏せていた。ガルナの翡翠の槍が、ギークの胴を一突きで穿とうと鋭く繰り出される。

ギークはそれを紙一重の最小限の動作で捌き、肉を断つような風切り音と共に反撃の拳を叩き込む。

だが、ガルナもまた当然のようにそれを受け流し、槍の石突を支点とした流麗な体捌きで間合いを詰め、絶え間ない牽制の連撃を浴びせ続けた。

ギーク(ちっ……槍がねぇ分、間合いが狂う。……反吐が出るほどやりにくいな)


普段であれば、槍を振るう相手に対しては「絶好の間合い」を支配できるはずのギーク。

だが、リヒトの厳命により愛槍を封じられ、不慣れな素手での戦闘を余儀なくされている現状は、彼が想定していた以上にその動きに制約を課していた。指先が、掌が、無意識に「柄」の感触を求めて空を切る。その一瞬の焦燥が、彼ほどの男であっても無視できないノイズとして戦闘に影響を及ぼしていた。

ガルナ「ふっ……槍がなければ、その程度か! ギーク・フォン・アルケミストォ!」

その僅かな迷いを見抜いたかのように、ガルナは嘲笑と共に攻勢を強める。翡翠の穂先が、もはや数本の残像となってギークの急所を執拗に狙い、退路を断つように空間を埋め尽くしていく。

ギーク「はっ! てめぇこそ、死ぬほど魔力を練ってた割にはこの程度か!? 退屈すぎて、今日の晩飯を考えてたんだよ!」

吐き捨てるような軽口。だが、その瞳の奥には、思うように動かぬ己の肉体への憤怒と、執拗に食い下がるガルナへの純粋な殺意が、黒い炎となって静かに、しかし確実に燃え上がっていた。


ギーク(とはいえ、マジでやりにくい……。あぁ、槍さえあれば……!)

苛立ちが思考を塗り潰しそうになったその時、ギークの視界の端に、この乱戦で誰かが手放したのであろう、無機質な鉄の槍が地面に深く突き刺さっているのが映り込んだ。


ーー「お前自身の武器は隠しておけ。そこらで調達した適当な刀か、闘技場に転がっている安物の槍でも使っていろ。」


脳裏に蘇ったのは、アジトでの軍議の際、リヒトが淡々と自身に課した制約の言葉だった。

【自身の武器】さえ隠し通せばいい。ならば、あそこに転がっている【安物の槍】を手に取ることは、命令の範疇はんちゅうだ。

ギーク(はっ……あいつは、こんな状況になることまで見越してやがったのか……? まさかな。だが……!)

迷いは一瞬で消え去った。

ギークは、全力で心臓を貫かんと地を蹴り、猛然と踏み込んできたガルナの突きを、最小限の体捌きで紙一重にいなす。そのまま、爆発的な脚力で鉄の槍が眠る地点まで跳躍し、ガルナとの距離を一気に引き離した。


流れるような動作で地面から槍を引き抜き、その重みと重心を確認するように、二、三度、鋭い風切り音を立てて振り回す。

ギーク「けっ……なんだこの安物はぁ……。一突きで折れちまいそうだぜ」

ガルナ「……この俺を相手に、そんななまくら一本でなんとかなると思っているのか?」

ガルナの翡翠の槍が、侮蔑を込めて切っ先を震わせる。だが、武器を手にしたギークの全身から放たれる空気は、先ほどまでの「苛立ち」から、獲物を追い詰める「静かな殺意」へと完全に変質していた。

ギーク「まぁ……ねぇよりはマシだ。だが、お前。さっきまでの攻撃で俺を仕留めきれなかったこと……。多分、死ぬほど後悔するぜ?」

不敵な笑みを浮かべ、ギークは安物の槍を中段に構えた。その構えに一分の隙もなく、ただ一本の鉄の棒を手にしただけでその圧は先ほどまでのそれと比べものにならないほど大きくなっていた。


ガルナ(槍一本で……ここまで圧が変わるというのか……!?)

その切っ先が自分に向けられた瞬間、空気が凍りついたような錯覚に陥る。ガルナは奥歯を噛み締め、本能が鳴らす警鐘を必死に抑え込んだ。ここで一歩でも退けば、勝負の流れは永遠に手放すことになる。


ーー先手必勝


己の恐怖を塗り潰すように、ガルナは地を蹴った。

ガルナ「なっ!?」


カアァーーーーン!!!


鼓膜を突き刺すような硬質な衝撃音。

中段の構えから、予備動作もなく放たれたギークの鋭すぎる突き。ガルナは辛うじてそれを弾き返したが、それは思考による防御ではなく、長年の修練がもたらした死に物狂いの反射に過ぎなかった。

ガルナもまた、ウェスタリアにおいて名を馳せる達人の域にある戦士だ。

だが、その彼をしても、目の前の男はたった一本の「安物の鉄」を手にしただけで、計り知れぬ深淵を抱えた化け物へと昇華してしまった。

ガルナ「そんなこと……そんなことが、あってたまるかああ!!!」

積み上げてきた年月、ギークを倒すために研ぎ澄ま求めてきた自負。プライドが、目の前の圧倒的な実力差を認めることを拒絶した。ガルナは全身の魔力を翡翠の槍へと注ぎ込み、限界を超えた速度で神速の連撃を繰り出す。ギークを、その傲岸不遜な影ごと貫かんと、必死の猛攻を仕掛けた。


しかし、現実は残酷なまでにその希望を打ち砕く。


ギーク「はっ……なんだその踏み込み。そんなもん、片手で充分だぜ?」

その言葉通り、ギークは半身に構え、あろうことか片手だけで槍を操り始めた。ガルナが命を削る思いで放つ剣嵐を、最小限の円を描くような石突の動きだけで、羽虫を払うかのように軽々と凌いでみせる。

その光景は、もはや死闘と呼ぶにはあまりに不釣り合いだった。

重装の戦士が、無邪気に暴れる子供の手を優しく、しかし絶対的な力で制するような……そんな、逃れようのない格差を見せつける残酷な演武であった。

ガルナ(ありえん……。たかが槍一本……。それだけで、どうしてここまで……!)

幾度となく翡翠の穂先を叩きつけ、そのたびに無機質な鉄の棒に冷徹に弾き返される。

打ち合えば打ち合うほど、残酷な真実がガルナの心根を削り取っていった。


目の前の化け物には、逆立ちしても勝てない。

この男を屠ることだけを生きる糧とし、血を吐くような修練を重ねてきた歳月のすべてが、羽虫の羽ばたきほどの実効性も持たず霧散していく。

そこにあるのは、努力や執念では決して埋めることのできない、絶望的なまでの「個」の隔絶だった。

ガルナ(この男が……あの日、俺の前に現れさえしなければ……!)

脳裏を過るのは、故郷ウェスタリアの薄暗い貧民街の記憶。泥を啜るような日々の中で、ふらりと現れたギークに身の程知らずにも勝負を挑み、完膚なきまでに叩き伏せられた屈辱。

あの日から、ガルナの時計は止まったままだ。

復讐の炎を絶やさぬよう、来る日も来る日も己を追い込み、槍を振り続けてきた。


だが、それでも届かない。


天を仰ぎたくなるほどの距離が、そこには厳然として存在していた。

ギーク「なぁ、もう流石にわかるだろ? やるだけ無駄だ。大人しく負けを認めろよ……。このままお互い立って残ってりゃ、次の回に進めるんだからよぉ……」

ギークの声には、もはや敵意すら混じっていなかった。ただただ、退屈そうに事実を告げるだけの平坦な響き。

彼は確信していた。

目の前の男の底は、すでに完全に見切った。

これ以上、自分を驚かせ、高揚させる「何か」が引き出されることはないと。

そして、その非情な観察眼は恐ろしいほどに正確だった。ガルナはすでに、魂の根源から絞り出せる限りの魔力と技術を使い果たしていた。


ーー勝負は、とっくに決していたのである。


しかし、このままでは終われないガルナは、弾かれたようにギークから大きく距離を取った。

ガルナ「……もはや、お前に勝つことは不可能だろう。だが、俺にも決して曲げられない意志がある!」

ギーク「なんだよ……。まだやんのか?」

ギークの呆れたような問いかけ。

しかし、ガルナの瞳に宿ったのは、先ほどまでの焦燥ではなく、全てを投げ打つ覚悟を決めた者の、静かで凄絶な光だった。

ガルナ「ああ……。これで最後だ……」

呟きと同時に、ガルナの全身を巡っていた魔力が、怒涛の勢いで一点へと、その手に握られた翡翠の槍へと収束していく。

ギーク「なっ……! てめぇ、そりゃ……!」

ギークの表情が一変した。長年、修羅場を潜り抜けてきた彼の勘が、目前で膨れ上がる魔力の「異常性」に最大の警鐘を鳴らす。

ガルナ「敵わないのなら……せめて……この一擲で……!!」

叫びと共に、槍の穂先は眩いばかりの輝きを放ち、周囲の石畳を砕き、凄まじい砂塵を巻き上げ始めた。

ガルナが放とうとしているのは、体内にある全魔力を一瞬で爆発させる、文字通りの「乾坤一擲」。

それは、放てば最後、魔力の枯渇により数日は指一本動かすことすら叶わぬと言われる槍術師の禁じ手。

制御を誤れば術者自身の命すら削り取る、まさに捨て身の最終奥義であった。

それを、この予選の乱戦という場で、ただ一人の男に届かせるためだけに発動させようとしているのである。

ギークがその狂気に驚愕するのも、無理はなかった。


ギーク「正気の沙汰じゃねえぞ!」

喉元まで迫る死線。ギークは吠えると同時に、全魔力を体内で循環させ、肉体強化の出力を限界まで引き上げた。血管が浮き出し、筋肉が鋼鉄以上の密度に変質していく。

人間が放つ「投擲」という行為は、物体の質量に、踏み込みによる爆発的な運動エネルギーが加算される。

そこに魔力による極限のブーストが上乗せされるのだ。その破壊力はもはや攻城兵器に等しい。たとえギークであっても、直撃すれば無事では済まない。

ガルナ「うおおおおおお!!!!」

膨れ上がった魔力が臨界点に達し、ガルナの咆哮が闘技場を震わせる。翡翠の槍が眩い光の尾を引き、解き放たれようとした、その刹那――。


実況『試合、終了ぉぉぉ!!!!』


無情。あまりにも非情な終了のアナウンスが、天を衝くような大音響で響き渡った。

次の瞬間、ガルナの槍に纏っていた狂おしいまでの輝きが、まるで幻影だったかのように一気に霧散した。闘技場の全域を覆うように発動した、強制魔術停止術式――【アブソリュート・キャンセル】。

床面に刻まれた巨大な呪印が、闘技場内のあらゆる魔力反応を等しく、そして暴力的に「無」へと帰したのである。

放たれるはずだった「乾坤一擲」は、その火蓋を切る直前で完全に沈黙させられた。


実況『たった今ぁ! 本戦に名を連ねる二十人が確定したため、これ以上の戦闘行為は大会規約に則り、失格となるぞお!!』

無情なアナウンスが、熱を帯びた空気を切り裂く。

解き放たれようとしていたガルナの執念は、行き場を失ったまま虚空へと霧散した。

張り詰めていた糸が切れたように、ガルナはその場に崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返しながら白砂の床に拳を叩きつけた。

一方、ギークは全身を駆け巡っていた魔力循環を解き、何事もなかったかのように悠然と立ち尽くしていた。手にした安物の槍を無造作に放り捨てると、首を鳴らして周囲を見渡す。

闘技場のあちこちでは、生き残った喜びを噛み締めて立ち尽くす者、力尽きて座り込む者、そして息絶えた仲間を前に呆然とする者……様々な光景が広がっていた。


実況『様々な死闘が繰り広げられ、非常にアツぅういコロシアムだったぜぇ! 諸君!!! ここで今一度、本戦に名を連ねる二十人の戦士の名前を発表しよう!!!!』


実況の煽り立てるような声と共に、再び闘技場中央の空間に巨大な魔力モニターが展開される。そこには、血で血を洗う乱戦を潜り抜けた、精鋭たちの名が刻まれていた。


【本戦進出者 二十名】

• ドルネ・アシュリー

• ローグ・ケンセー

• ギーク・フォン・アルケミスト

• ジャック

• ガルナ・ブラウン

• ソウエン

• イチノセ・ミズキ

• イチノセ・トウマ

• ミル・エンガイ

• シャウ・エイライ

他、計二十名


掲示された名前を見上げ、ギークは苦々しく顔を歪めた。

ギーク(ちっ……。思いの外目立ってるじゃねえかよ…。適当な名前で登録しときゃよかったぜ……)


本名を晒した代償は大きい。

しかし、それ以上に「イチノセ」や「シャウ」といった聞き慣れぬ、だが強者の気配を漂わせる名がリストにある。

陽動の役割は果たした。

だが、本当の地獄――ルーグの冷酷な策が待ち受ける本戦は、まだ始まったばかりであった。


観客『うおおおおおお!!!』

観客『さすがはドルネ様だ!!!』

観客『あのイチノセって剣士たちは何者だ??』


闘技場を埋め尽くす数万の観客から放たれる熱狂は、もはや物理的な圧力となって砂塵を巻き上げていた。中央に浮かび上がる二十名の輝かしい名前。ドルネやギーク、あるいはジャックのように、嵐のごとき破壊を振り撒き、誰の目にも明らかな「異常」を見せつけた者たちは当然の注目を浴びている。

しかし、その影に隠れ、喧騒の合間を縫うようにして確実に本戦への切符を掴み取った戦士たちもいた。彼らは過度な注目を浴びることなく、しかし冷徹なまでに「生存」という目的を完遂し、帝国の歴史にその名を刻み込んだのである。

ギーク(ジジィや剣聖は当たり前として……。あの飛鳥みたいな格好のやつら……やっぱ生き残ったか。それよりも……)

ギークの野性的な視線は、リストに並ぶいくつかの見慣れぬ名前に釘付けになっていた。

ギーク(シャウ・エイライ……ミル・エンガイ……どっちも聞いたことねぇな。どっから来た奴らかもわからねぇ。一度でいいから、やり合ってみてぇな……)

自身の【多重魔力感知】をかい潜り、この血生臭い選別を涼しい顔で生き抜いた強者たち。派手な立ち回りで目立つよりも、これほど凄惨な乱戦の中で「目立たずに残る」ことの方が、ある意味では困難であり、底知れない実力を示唆している。

ギークの闘争本能が、静かに、しかし熱く疼き始めていた。彼には確信があった。本戦の土俵に上がるのは、自分たち「陽動」の思惑をも飲み込みかねない、真の化け物たちであることを。

いつも読んでくださりありがとうございます!


武闘会、サバイバルが決着です!

本戦に進むメンバーがついに確定しました!!

ここからさらに加速させていきますのでお楽しみに。

(登場人物が少し増えてるので整理するのが大変かも…)


今後ともよろしくおねがいします!

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