オーバー・スペック ―格付け済みのサバイバル―
ギーク(本気でやばかった……魔力のリソースを全て肉体強化に戻させられるたぁな。おかげで、じじぃや剣聖の女どもの動きを追い損ねたじゃねぇか)
ギークが土壇場でガルナの必殺を止めた理由は、極めて単純かつ暴力的だった。
彼はもともと、魔力の精密な制御を不得手とする。
魔法を編み、行使するという知的作業は彼にとって圧倒的に不向きなのだ。
しかし、今回のような大規模な乱戦時においてのみ、彼の野性の本能は、戦場全体の動静を把握するために無意識下で魔力を四散させ、あらゆる情報を同時入手する【多重魔力感知】を成立させていた。
だが、ガルナという想定外の牙に喉元を狙われた瞬間、ギークはその全リソースを強制的に引き剥がし、自らの内へと還流させた。
全魔力を五感の研磨と肉体強化へと一点集中。
それこそが、彼の本来の戦闘形態だった。
天性の反射神経、異常な動体視力。
それら全てが魔力によって極限までブーストされた結果、ガルナが「必中」と信じた槍の軌跡は、ギークの目には止まって見えるほどの鈍重な一撃へと成り果てていたのだ。
ギークは軽く肩を回し、めり込んだ壁から這い出そうとするガルナを冷ややかに見下ろした。
索敵を捨て、戦闘のみに全振りを強いられたことへの不快感が、彼の瞳を鋭い獣のそれへと変えていた。
ギーク「まだやんのか……?」
壁の深みにめり込んだ身体を、軋む音を立てて引きずり出したガルナを見下ろし、ギークは低く問いかけた。その声音には、純粋な疑問と、それ以上に深い「飽き」が混じっている。
ガルナ「舐めるな……この闘技のルールを忘れたか?」
血反吐を吐き捨て、槍を杖代わりに立ち上がるガルナ。その執念深い眼光を前に、ギークは内心で舌打ちを漏らした。
ギーク(案外タフだな……。今のカウンター、まともに決まったはずなのに、思ったよりダメージが入ってねぇ)
これ以上の深追いは、自分たちの本来の目的である「隠密的な陽動」を根底から覆しかねない。ギークは一縷の望みを懸け、彼なりの最大限の譲歩を言葉に乗せた。
ギーク「なぁ、いいじゃねえか。お前は俺に本気を出させた……。だからそれで手打ちってことにして、この辺で終わっとこうぜ。俺も、こんなとこでこれ以上目立ちたくねぇんだよ」
それは、紛れもないギークの本心だった。だが、彼という男は絶望的に交渉というものに向いていなかった。勝利した側が投げかけるその言葉は、ガルナの耳には慈悲ではなく、敗者への無慈悲な嘲笑として響き、その神経を烈火のごとく逆撫でしたのである。
ガルナ「貴様……バカにするのも……大概にしろ……!!」
咆哮と共に、ガルナの全身から凄まじい密度の魔力が迸る。翡翠の槍が共鳴するように共震し、周囲の空気が重く、鋭く変質していく。
ガルナ「貴様に……辛酸を舐めさせられた……あの日、あの時より……俺は……! お前に、敗北を味わわせるために生きてきたんだ!!」
ギーク「ちっ……いつだよ……それ……」
記憶にない「過去」を突きつけられ、ギークの表情に露骨な苛立ちが戻る。一度力でねじ伏せ、格の差を見せつけたはずなのに、泥沼に引きずり込むような執念で食い下がってくる。ギークにとって、この手の「折れない弱者」ほど面倒な存在はなかった。
もちろん、背中を預けるジャックのように、格下であっても驚異的な成長を見せる例外は認めている。だが、過去の因縁を盾に目の前の現実を見ようとしない手合いは、彼の性分に本気で合わなかったのだ…。
〜〜〜〜〜
???「お前は俺と遊べ」
その低く冷徹な宣告と同時に、視界が歪むほどの超速で拳が突き出された。
ジャック「ちょっ……!? だれ……!?」
反射的に腕を交差させて防ぐが、一撃一撃が重く、鋭い。応戦しながらも、ジャックは自身の身体がじりじりと後退させられていることに気づく。
隙を見つけてはギークの元へ戻ろうとステップを踏むが、対峙する男の動きはあまりに巧妙だった。退路を断つような足運びと、絶え間なく繰り出される牽制の拳。
数合、数十合と拳を打ち合わせるうちに、二人の距離はすでに二十メートル以上も引き離されていた。
乱戦の喧騒が壁となり、もはやギークの加勢に回るには絶望的な距離だ。ジャックはその幼い顔立ちに、隠しきれない苛立ちを滲ませながら、目の前の男を真っ向から見据えた。
ジャック「それで……誰……? 僕とギークさんを離して、どうするつもり?」
ソウエン「俺はソウエン。向こうにいるのはガルナさんだ」
男は感情を排した声で自らを名乗った。その佇まいは、戦いを楽しんでいるギークたちとは対照的に、冷徹な機械を思わせる。
ジャック「ふーん。どうでもいいけど、なんで僕たちを分断するの……かなっ……!」
問いかけの語尾を鋭い踏み込みへと変え、ジャックの拳が空気を切り裂く。挨拶代わりの一撃。
だが、その小さな拳には練り上げられた魔力が凝縮されており、並の戦士であれば掠めただけで意識を刈り取られるほどの威力を秘めている。
しかし、ソウエンは微動だにせず、最小限の動きでその拳をいなしてみせた。それどころか、流れるような動作で同等の出力を込めたカウンターを突き返してくる。
ソウエン「お前に興味はない。ガルナさんが目的を果たすまでお前を足止めする。それが俺に課せられた任務だ」
淡々と、だが拒絶するように目的を明かすソウエン。彼は倒すことではなく、あくまで「足止め」という任務に徹していた。互いに様子見の域を出ない攻防が、一進一退のまま火花を散らす。激しい連撃の応酬が続いているにもかかわらず、双方ともに呼吸一つ乱れていない。
ジャック「ちっ……お互い興味ないなら、早く終わらせたいんだけどなぁ……」
ソウエン「なら、お前が倒れたらどうだ?」
ジャック「はぁ? なにそれ? あんたが倒れたらいいじゃん!」
ソウエン「そういうわけにはいかなくてね!」
刹那、空気が爆ぜた。
言葉の応酬を切り裂くように、互いの拳の威力と速度が一段階、跳ね上がる。
鋼がぶつかり合うような鈍い衝撃音が連続して響くが、どちらの拳も決定打には至らない。
いや、互いが互いの攻撃軌道をミリ単位で逸らし、致命傷を「打たせていない」のだ。
ソウエンにとって、この均衡は望むところだった。時間を稼ぎ、ジャックをこの場に釘付けにすることこそが任務の本質。それ以上のリスクを冒す必要はなく、淡々と防御と牽制を繰り返す。
だが、この停滞した状況の中で、ジャックの胸中には「ギークの元に戻る」という本来の目的を塗り潰すほどの色濃い感情が芽生え始めていた。
ジャック(なんだ……こいつ……そう簡単には壊せなさそう?)
それは、無垢な少年が新しい玩具を見つけた時のような、純粋で残酷な好奇心。
ジャックは自身の内側で魔力をさらに練り上げ、身体強化の出力を引き上げた。先ほどと変わらぬ単調な連撃を繰り出していると見せかけ、その一撃の威力だけを一気に三倍へと跳ね上げる。
すると、予想通りというべきか。
ソウエンが防御に回す魔力の出力も、鏡合わせのように同程度まで引き上げられた。今度は逆に、出力と速度を極限まで落としてみる。すると、ソウエンもまた同様に呼応し、最適解の出力へと下げてくる。
その精密な「対応力」を目の当たりにしたジャックは、獲物を前にした獣のようにペロリと舌先で唇を濡らした。
次の瞬間、ジャックは大地を爆破するかのような本気の踏み込みを見せた。
全力の拳がソウエンの顔面を捉える――と見せかけた刹那、鋭いフェイントを挟んで身体を翻す。追撃を許さぬ身軽さで、ソウエンとの間に一気に距離を空けた。
ジャック「わかった!なら、本気で遊ぼう!!」
戦場に咲いたその満面の笑みは、凄惨な殺し合いの最中にあって、背筋が凍るほどに無垢で異質だった。発せられた言葉は、死線を超える者たちが交わす鉄の響きとは程遠く、休日の広場で友人を変に誘うような、純粋な「遊び」の誘い。
ソウエン「……なに?」
自身が経験してきたあらゆる実戦、あらゆるシチュエーションにおいて、これほど状況から乖離した言葉を投げかけてきた者はいなかった。反射的に生じた困惑。だが、その思考が形を成すより早く、ソウエンの視界から「現実」が掻き消された。
目は離していなかった。
瞬きすらしていなかったはずだ。
それだというのに、ソウエンはジャックの姿を完全に見失っていた。
直後、左脇腹を内臓ごと握り潰されるような強烈な鈍痛が襲い、ソウエンの身体を木の葉のように吹き飛ばす。常時、魔力による緻密な身体強化を施し、金剛石のごとき防御を固めていたはずの肉体。
しかし、ジャックの放った一撃は、その理を嘲笑うかのように、速度と威力の絶対的な暴力でソウエンの防御膜を易々と貫通していた。
ソウエン(……速すぎる、防ぎきれなかった……!?)
吹き飛ばされながらも、ソウエンは空中で無理やり受け身を取り、着地と同時に展開されるであろう次の一手に備える。だが、そこで彼は己の目を疑った。
目の前に……いた。
吹き飛ばされている以上、物理的な距離は開いているはずだ。しかし、視界の真正面には、吹き飛ぶ自分と同じ速度で並走し、ピッタリと張り付いている少年の顔があった。
空中。接地するまで残りコンマ数秒。
その空白の時間は、いかなる技術者であっても制御不能な「完全な無防備」を意味する。
すなわち――。
ジャック「ははっ! せぇのっ!!!」
無邪気な掛け声と共に、再びソウエンの視界が爆ぜる。ジャックの追撃が、無防備な身体をさらに遠くへと、砲弾のごとき勢いで叩き飛ばした。
ソウエン「ぐっ……くそっ……!」
受け身を取る暇さえ与えられぬ、容赦のない追撃。強烈な衝撃に内臓を揺さぶられながら、ソウエンは吹き飛ぶ体勢のまま全力で魔力を練り上げた。
もはや回避など不可能。来るべき次の一撃に対し、全魔力を防御へと変換し、肉体の強度を極限まで引き上げることで、致命的な損壊を免れる道を選んだのだ。
だが、その覚悟すら、ジャックの「遊び」の前ではあまりに手ぬるかった。
次にくるべき衝撃は――尚も、目の前にあった。
ジャック「へへっ! いいよ! しぶといねぇ!」
純真無垢な笑顔。そこには敵意も憎しみもなく、ただ頑丈な玩具を愛でるような純粋な喜びだけが宿っていた。ジャックの身体が、物理法則を嘲笑う神速の先回りで、吹き飛ぶソウエンの軌道上に割り込む。
刹那、ジャックの細い脚から放たれた渾身の回し蹴りが、ソウエンの腕越しに炸裂した。
ズドーーーン!!!!
およそ人間が壁に激突したとは思えない、巨大な質量兵器が直撃したかのような轟音が闘技場内に響き渡る。ソウエンの身体は砲弾と化して闘技場の外壁へとのめり込み、背後の石壁を広範囲にわたって粉砕しながら、もうもうと立ち昇る砂塵の底へと深く沈んでいった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
投稿のストックがなかなかに貯まらず昨日はお休みしました…。
武闘会、序盤も序盤です。
ここから二面作戦とか帝都襲撃とか色々ややこしく絡んでくるところではあるので飽くことなくお付き合いお願いします!
今後ともどうぞよろしくお願いします!




