乱戦のセレナーデ ―剥き出しの剣聖と偽りの敗北―
実況『それじゃあ、準備はいいかな!?戦士諸君!?第一回戦、生存を賭けたデスサバイバル!!カウントダウン、かもぉぉおおん!!』
実況の絶叫が引き金となり、闘技場中央の空間に、燃え盛るような魔力の数字が次々と浮かび上がった。それと同時に、数万の観客たちが一斉に席を立ち、地響きのような合唱となってカウントダウンの声を叩きつける。
観客「5!!」
観客「4!!」
観客「3!!」
その声が重なるたび、白砂の舞台に充満する殺気が、肌を切り裂くような鋭さを増していく。218名の戦士たちは一様に得物を構え、あるいは魔力を練り上げ、獲物を屠るために重心を深く、低く沈めていく。
実況『2!!!』
その狂乱の渦中で、ギークとジャックもまた、背中合わせの陣を敷いていた。ギークの目はすでに、獲物の動向を冷徹に捉える獣のそれへと変貌し、ジャックの拳には、いつでも爆発させられるだけの純粋な力が凝縮されている。
実況『1!!!』
刹那、闘技場を包んでいた全ての喧騒が吸い込まれたかのような、心臓の鼓動さえ聞こえるほどの静寂が訪れた。全ての時が止まったかと思えるほどの空白。
そしてーーー。
実況『試合開始ぃいいい!!!!』
爆音のような開戦の合図と共に、218名の殺意が一気に解放された。
帝国の歴史を塗り替える、血と狂乱の武闘会がいま、幕を上げた。
〜〜〜〜〜〜
実況『試合開始ぃいいい!!!!』
開戦の咆哮が響き渡ると同時に、闘技場は一瞬にして鉄と血が混じり合う混沌の渦へと叩き落とされた。その喧騒の中、一人で佇む女を目掛け、手柄を焦った屈強な戦士が咆哮を上げながら斬りかかる。
戦士「まずはお前だ女ぁ!!!」
眼前に迫る鋭利な刃。しかし、狙われた女は眉ひとつ動かさず、退屈そうに深く吐息を漏らした。
女「はぁ……これだから相手との差を見切れないバカは嫌いなのよね……」
紙一重。
いや、それすらも過剰な回避だった。女は流れるような動作で太刀筋をやり過ごすと、すれ違いざまに男の急所へ拳を叩き込む。
常人の目には、たった一度だけ腕が霞んだようにしか映らない。だが実際には、一瞬の交差の間に、鎧の隙間を縫うような緻密で重い衝撃が数度、男の体内を粉砕していた。
戦士「……ぐっ……うぉ……」
言葉にならない断末魔を漏らし、男は糸の切れた人形のように白砂の上へ崩れ落ちる。
その鮮やかすぎる幕引きに、周囲にいた他の戦士たちが足を止めた。だが、彼らの瞳に宿ったのは警戒ではなく、増長した侮りだった。
女「あんたたち、悪いことは言わないから他の相手のところに行きなさい……。私、いまかなり機嫌悪いから……」
理不尽とも言える通告で、女は獲物たちを追い払おうとする。しかし、血の気が引いたこの死地において、その忠告は火に油を注ぐ結果にしかならなかった。
戦士「馬鹿か?女ぁっ! ここは生存をかけたコロシアムだ! 弱そうなやつから消していくのが当たり前なんだよ!」
戦士「そうだぜ、それに見たところあんた、一人だろ? ひゃひゃ、こりゃあ格好の獲物だぜ!」
下卑た笑いと共に、四人の戦士が四方から女を囲い込む。
その瞬間、ぴくり、と女の眉が不快げに跳ねた。
女「誰が……弱そうな女ですって……?」
言葉が終わるか否か。
観客席からは、まるで映像が飛び越したかのように見えたことだろう。取り囲んでいた四人の巨躯が、一斉に、そして同時に宙を舞い、地面に叩きつけられるのと同時に意識を消失させた。女が一息に、文字通り一瞬で彼らを制圧したのだ。
その苛烈な身のこなしの最中、深く被っていた装束のフードが、激しい風に煽られてはだけ落ちた。露わになったその素顔、そして凛とした佇まいに、実況席と観客席が別の意味で凍りつく。
そこにいたのは、帝国が誇る「剣聖」の一人、ドルネ・アシュリーであった。
実況『おおおっとおおお!!??なんとコロシアムに剣聖の一人!ドルネ様がおられるではないかああっっ!』
めざとい実況の絶叫が、広大な闘技場の隅々にまで爆音で叩きつけられた。その瞬間、戦場の一角で起きた「四人の戦士の同時沈黙」という不可解な現象に、明確な理由が与えられる。観客たちは瞬時に事態を理解し、その驚きは濁流のような熱を帯びた歓声へと塗り替えられていった。
観客「まじかよ!!」
観客「ドルネ様まで出てんのかよ!」
観客「この祭り、エグいぞ!」
地鳴りのような呼び声が降り注ぐ中、渦中のドルネは隠すこともなく不快そうに舌打ちを漏らした。
彼女にとって、この状況は予定外という言葉ですら生ぬるい屈辱だった。
本来であれば、自身は二回戦のシード枠から優雅に登場するはずだったのである。
だが、あの冷酷な第一席――ルーグ・ファー・オーガストの独断により、直前になってその算段は無慈悲に書き換えられた。理由も告げられず、有象無象がひしめく血生臭いサバイバル戦へと放り出されたのだ。
プライドの高い彼女の機嫌が、底知れぬほど悪化するのも当然の帰結であった。
ドルネ「あああ……もう……。ちっ、ほんっとに最悪っ!」
半ば八つ当たりとも取れる吐き捨てた言葉と共に、ドルネの身体が再び霞む。その苛立ちをぶつけるかのように、近くで機を窺っていた戦士数人の顎を、目にも止まらぬ速さで殴り飛ばした。まともな抵抗すら許されず、意識を刈り取られた男たちが砂地を転がっていく。その美しくも残酷な蹂躙劇に、観客は恐怖を忘れ、ただ狂ったような喝采を送るばかりだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
実況『おおおっとおおお!!??なんとコロシアムに剣聖の一人!ドルネ様がおられるではないかああっっ!』
その絶叫を耳にしたロックもまた、目前に迫った戦士の意識を一撃で刈り取ったところだった。
ロック「はっは! ドルネ殿も出ておったか……! これは愉快愉快! 願わくば本戦で拳を交えたいものよなぁ!」
豪快な笑声を響かせながら、襲いかかってきた戦士の剣筋を造作もなく片手であしらい、吸い込まれるような打撃で沈めていく。
その立ち回りは、荒々しい戦場の真ん中にありながら、まるで愛読書を片手に厨房に立つ老練なシェフのごとき優雅さと、一切の無駄を排した美しさを湛えていた。
ロック「だがしかし、なぜドルネ殿もこの殺し合いに出ておるのかのう……。ルーグ殿の意向はやはり測りかねるな」
独りごちながら、背後から無策に突っ込んできた戦士を最小限の足蹴で返り討ちにする。その超然とした振る舞いは、あまりにも周囲の「凡夫」たちから浮き上がっていた。
実況『おおっと……! 中央にもなかなか気合の入った拳闘家がいる模様!! すでに何人倒したんだぁ!?』
ついに、鋭い選球眼を持つ実況の目が、ロックの変幻自在な演武を捉えた。魔法の視線が彼に固定され、その一挙手一投足が観客席の巨大スクリーンに映し出されようとする。
ロック「むぅ……? 目立ちすぎたか……。ここは一つ派手に倒れねば目を離してはくれなかろう……。やむを得んな」
正体が露見すれば、計画が台無しになる。もし「剣聖が二人も予選に混ざっている」などと知れ渡れば、戦意を喪失した出場者が続出し、本戦の質そのものが損なわれかねない。それはルーグの、そして自分たちの望む展開ではないのだ。
そう判断したロックは、次に無鉄砲な斧振りが襲いかかってきた刹那、その威力を巧みに「利用」した。凄まじい衝撃を受けたかのように見せかけ、自ら大きく後方へと吹き飛ぶ。乱戦の最中、砂埃の向こう側へと吸い込まれるようにして、その存在感を消し去ったのだ。
武の極致に至ったロックだからこそ成せる、完璧な「敗北の演技」。
しかし、動体視力の追いつかない素人目には、名もなき戦士の一撃によってあえなく撃沈したようにしか見えなかった。
実況『おぉっと……! 健闘虚しくここでダウンだ〜! 残念!』
実況の無慈悲なコールが響き、カメラの追尾が外れる。その喧騒の影で、ロックは低く身を沈め、再び「その他大勢」の一人として獲物を待つ獣の眼光を光らせていた。
ギークとジャックは、背中を預け合う距離を保ったまま、次々と襲いかかる無名の戦士たちを相手に、適度な力加減で立ち回っていた。
目立ちすぎれば不必要な警戒を買い、計画に支障が出る。かといって、あまりに存在感を消しすぎれば、かえってこの異常な戦場では不自然に浮き彫りになってしまう。その繊細なバランス調整は、本能のままに暴れることを好むギークにとって、皮膚の下で虫が這い回るような苛立ちを募らせる状況だった。
ギーク「ちっ……。鬱陶しいな〜。あとどんだけ残ってやがんだぁ?」
ジャック「さて……っ、ねっ!!」
向かってきた男の顎を、最短距離の拳で打ち抜きながらジャックが応じる。
その無駄のない身のこなしは、およそ年相応の少年が持ち得るものではなかったが、幸いにも周囲に充満する狂気と砂埃が、その異常な練度を「その他大勢」の乱戦の中に埋もれさせていた。
実況『おぉっと……! 健闘虚しくここでダウンだ〜! 残念!』
戦場に響き渡る実況の的外れな叫び。
ロックが「派手に」吹き飛ばされた様を真に受けたその声を、ギークは鼻で笑い飛ばした。
ギーク「けっ……。見る目のねぇことだ……」
ジャック「そうですね……あの人、かなりの手練だ。僕が行って、少し遊んできましょうか?」
ギーク「やめとけ。いまはそん時じゃねぇよ。それに……」
ギークは野性の直感で、この殺し合いが終焉に向かっていることを悟っていた。
視線の先では、不機嫌を全身から撒き散らすドルネが、もはや「選別」ではなく「駆除」に近い速度で戦士たちを間引いている。
嵐のような彼女の八つ当たりを目の当たりにした実力者たちは、正面からぶつかる愚を避け、音もなく距離を取ることで「生き残ること」に意識をシフトさせていた。
ギーク(剣聖の女に、あの老いぼれ……それから俺とジャック。それらを除けば、残すべき目ぼしい珠はあと数人ってところか)
ギークは眼光を鋭くし、砂塵に紛れて息を潜める「本物」たちの気配を数え始めた。この茶番の終わりは、すぐそこまで迫っている。
だが、その時――。
狂乱の渦中を裂く、異常なまでの速度でこちらへ突撃してくる影があった。
ギークは野性的な直感でその影を捉え、反射的に腕を交差させて迎撃の構えを取る。
しかし、ぶつかり合った衝撃は想像を絶していた。受け身こそ取ったものの、ギークの巨躯は木の葉のように弾き飛ばされ、闘技場の分厚い外壁に背中から激突する。轟音と共に、背後の石壁に亀裂が走り、もうもうとした砂塵が視界を遮った。
ギーク「ってぇなぁあ! おいっ!?」
低く唸りながら、ギークは砂塵を振り払って立ち上がる。それと同時に、身体に染み付いた反撃の理が発動した。突っ込んできた影の制動を許さず、渾身の拳を叩き込む。空気が爆ぜるような音を立て、その一撃は相手を捉えた。まともに受けた影は、闘技場の反対側の壁まで一直線に吹き飛ばされ、石礫を撒き散らしながら沈んだ。
ジャック「大丈夫ですか!?」
相棒の危機にジャックがすぐさま駆け寄ろうとするが、その進路を遮る別の影が音もなく割り込む。
???「お前は俺と遊べ」
冷徹な声と共に放たれた鋭い一撃。ジャックはやむなく拳を交わしながら、猛烈な攻防の末にギークから遠い場所へと引き剥がされていった。
その間、わずか数秒の出来事。
そして、そのわずかな時間のうちに、ギークの前には先ほど吹き飛ばしたはずの男が、何事もなかったかのように戻ってきていた。
ギーク「てめぇ……ただもんじゃねぇなあ?」
口端に溜まった血を親指で拭い、ギークはニヤリと凶悪な笑みを浮かべて問いかける。対峙する男の構えには、一分の隙もなかった。
男「そうだな。【閃光のギーク】。……槍はどうした?」
男の言葉に、ギークの眉がわずかに跳ねる。
その二つ名を知り、さらには本来の獲物である「槍」の不在を指摘する。
それは、この男が自分を執拗に調査していたか、あるいは過去に因縁があることの証左だった。
ギーク「はぁん……その呼び名ぁ……知ってるってこたぁ……なんだ、てめぇ。俺に恨みでもあるやつかなんかかぁ?」
挑発まがいの言葉を投げかけながらも、ギークの脳裏に該当する顔は浮かばない。
彼にとって、興味のない存在や、自分より弱い者の記憶は、砂地にこぼれた水のように価値のないものだったからだ。
ガルナ「俺はウェスタリア国のガルナだ。名前、本当に覚えがないか?」
男はあえて自らの名を明かし、射抜くような視線でギークの反応を伺った。だが、当のギークは記憶の糸を辿る素振りすら見せず、退屈そうに首を鳴らすだけだった。
ギーク「わりぃな……俺は名前を覚える価値があると思ったやつしか覚えねぇ。……俺が覚えてねぇってことは、つまりはそういうことだろ?」
それは計算された挑発ですらない、純粋なまでの断絶。ギークにとって、記憶に残らない者は路傍の石と同義だった。
悪気の一片もないその言葉は、ガルナという男のプライドを逆撫でするには、あまりにも十分すぎる毒を孕んでいた。
ガルナ「なら……思い出させてやる!!」
刹那、先ほどと同様、死角から重く鈍い衝撃がギークの脇腹を抉った。
ギーク「なっ!?」
一撃を貰った事実と、その初動に反応すらできなかったこと。二つの驚愕が重なり、ギークの口から呻きが漏れ出る。いくら愛槍を手にせず、動きに制約がかかっているとはいえ、ここまで一方的に先手を許すなど、普段の彼からすれば有り得ない屈辱だった。
速さに特化した一撃ゆえに、威力そのものは致命傷には至らない。ギークは瞬時に足を踏ん張り、力任せにその衝撃を殺して耐えてみせた。
しかし、その反射的な「踏ん張り」こそが、ガルナの狙い通りだった。
かくん、と。
唐突に重力が反転したかのように、ギークの視界が真下へと落ちた。
次の瞬間、ギークの下顎を、意識を強制的に刈り取るほどの衝撃が突き上げた。踏ん張った足の重心移動、そのわずかな力の流れを巧みに利用され、完璧にバランスを崩されたところへの、正真正銘、渾身のアッパーが炸裂したのである。
ギーク「ぐっ……」
脳髄を直接揺さぶられるような衝撃に、視界が白濁する。ギークは辛うじて残った本能に従い、追撃を避けるべく後方へと大きく跳躍した。
空中で体勢を立て直し、着地と同時に反撃に転じる
――その算段を、ガルナの冷徹な追撃が上回る。
どこに隠し持っていたのか、ガルナの手にはいつの間にか、吸い込まれるような深緑の光を放つ翡翠の槍が握られていた。
逃げるギークの着地地点を完全に見切り、逃げ場のない、完璧な殺しの間合いで鋭い突きを放とうとしている。
ギーク(やべえ……この間合い、このタイミング……かわせねぇ……!)
思考を限界まで加速させ、空中で身をよじる。だが、接地した瞬間に襲いくるであろう猛攻を回避する術は、この体勢のどこを探しても見当たらない。背筋を凍りつくような悪寒が走り、ギークの焦燥はピークに達していた。
ガルナ「俺を侮ったこと……あの世で悔いながら死ね!!」
確信に満ちた咆哮。
放たれたのは、一切の無駄を削ぎ落とした渾身の突きだ。
必中。そして必勝。
ガルナが疑うことなく突き出したその翡翠の穂先は、ギークの無防備な胴体を、肉も骨もろとも無慈悲に貫く
――はずだった。
ギーク「あぶねえ……いまのは本気でやばかったぜ」
そこには、深々と突き出された槍の穂先を、あろうことか「素手」で掴み取って止めているギークの姿があった。
ガルナ「なっ……!? なに……っ!?」
ガルナの顔が驚愕に歪む。確実にとったはずだった。タイミングも、間合いも、回避不可能な死の檻だったはずだ。だが、目の前の男はそれを事もなげに防いでみせた。
どうやったのか、その理屈がわからない。
魔法で消えたわけでも、物理的に躱したわけでもない。そもそも、この男が魔法の類を不得手としていることは調査済みだ。理解を超えた事象を前に、ガルナの思考は一瞬、硬直した。
ギーク「いまの一連の流れは悪くなかった……だが、やっぱりその程度じゃだめだぜ」
ガルナ「ぐっ……!?」
思考が硬直した、わずかコンマ数秒。その隙を見逃すほどギークは甘くない。
いつの間にかゼロ距離まで間合いを詰められていたガルナは、回避不能のタイミングで放たれたカウンターをその身にまともに食らっていた。
先ほどまでの攻防とは比較にならないほどの衝撃。ガルナの身体は、目にも止まらぬ弾丸と化して闘技場の外壁へと吹き飛ばされ、分厚い石壁を粉砕しながら深くめり込んだ。




