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義と狂気の決別 ―剣聖の間、崩落の真実―

その日、王城の兵士たちが震えていたのは、単なる「強い騎士」が集まったからではない。

帝国の武の象徴、歩く天災とも称される「四人の剣聖」が、一人の欠けもなく一つの部屋に揃ったという、建国以来の異常事態に直面していたからだ。


兵士「……おい、見たか。さっき、ロック様が食堂からあっちへ向かわれたぞ」

兵士「ドルネ様も北の塔から呼び戻されたらしい。宗一郎様も、ルーグ様も……全員だ」


兵士たちの間に走る戦慄。

一人一人が一国を滅ぼしうる「個」の頂点。彼らが一箇所に集まるなど、大規模な戦争の勃発か、あるいは世界の終わりでも予感させるほど不吉で、圧倒的な光景だった。


ーー剣聖の間

かつてルーグと宗一郎の激突によって屋根が吹き飛び、いまだ修復されぬまま陽光を覗かせている異様な空間。そこには、四つの隔絶した魔力が渦巻いていた。

ロック「……それで? 」

巨大な椅子を軋ませ、退屈そうに鼻を鳴らすロック。その体躯から漏れ出す闘気だけで、並の兵士なら呼吸困難に陥るだろう。

宗一郎「……」

対照的に、宗一郎は微動だにせず、ただ静かに目を閉じている。その静寂は、抜身の刀が首筋に触れているかのような鋭利な殺気を孕んでいた。

ドルネ「はぁ……。つまんないわねぇ。せっかく北の塔で『鼠捕り』を楽しんでいたのに……呼び戻すからには、相応の理由があるんでしょうね?」

優雅に髪を弄りながら、欠伸混じりに呟くドルネ。その指先には、ノウスたちを屠ったばかりの冷酷な余韻が、いまだに纏わりついているかのようだった。

三人の猛者が放つ異質なプレッシャーが火花を散らす中、中央に立つ男がゆっくりと口を開いた。


ルーグ「……よく集まってくれたね」


その声が響いた瞬間、バラバラに漂っていた殺気が、磁石に引き寄せられる鉄屑のように一点へと収束する。


「剣聖」が全員、そこにいた


ルーグ、宗一郎、ロック、ドルネ。

帝国の武を支える四つの頂点が、数日後に控えた武闘会を前にその牙がこの場に集った。


帝国の武の頂点に君臨する四人

——彼らはそれぞれが一個の軍隊に匹敵する多忙の身である。

各地の紛争鎮圧、重要拠点の守護、あるいは己の研鑽。それゆえ、こうして一堂に会すること自体が、建国以来数えるほどしかない異例中の異例であった。

部屋を支配するのは、混ざり合うことのない四つの強大な魔力。

その中心で、ルーグが穏やかに、しかし重みのある声を響かせた。

ルーグ「武闘会まで、残り数日となった。帝都の民も、軍の者も、祭りの気配に浮き足立ち始める頃だね」

ロック「がはは! 楽しみだなぁ! 今度はどんな豪傑がワシを楽しませてくれるものか……」

岩を砕くような豪放な笑い声を上げるロック。その瞳には、純粋な闘争への渇望が宿っている。

ルーグ「ははは。残念ながら、私たちはあくまで『見守る側』だからね。直接手合わせできないのは退屈だろうけれど、そこは理解してくれよ?」

ロック「ふんっ。分かっておるわ。若造どもの死に物狂いの様を眺めるだけでも、十分に酒の肴にはなるというものよ」

二人の軽妙なやり取りが続く。だが、ルーグの瞳の奥に宿る怜悧な光が、ふと鋭さを増した。彼は椅子の背にもたれ、窓の外に広がる帝都を見下ろしながら、本題を切り出す。


ルーグ「さて、そんな武闘会だが……。予定通り、『ジャッカル』の連中が潜り込んできているようだね。……既に接触した者も、いるんじゃないかな?」

その一言が放たれた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

ルーグは試すように、他の三人の顔をゆっくりと順番に眺めていく。

ロック「……? 鼠のことならワシの領分ではないな。そんな奴らに会った覚えはないが?」

本気で心当たりがないのか、ロックは太い眉を寄せて首を傾げる。対照的に、北の塔でノウスを追い詰め、あまつさえ逃走を許したドルネは、不愉快さを隠そうともしなかった。

ドルネ「……ちっ」

短く、刺すような舌打ち。彼女のプライドにとって、侵入者を仕留め損ねた事実は、この場に引きずり出されたこと以上に屈辱的であった。

宗一郎「……さて。何のことやら、某には見当もつきませぬな」

古風な言い回しで煙に巻く宗一郎。だが、その閉じられた瞼の奥には、ルーグの意図を探るような鋭い知性が光っている。

三者三様の反応。

実際、遭遇すらしていないロックからすれば寝耳に水の話であったが、ルーグにとって個人の事情など二の次であった。

「剣聖が、ジャッカルと接触しながら取りこぼしている」——その冷徹な事実こそが、来たるべき決戦における重大な「予兆」であることを、彼は誰よりも深く理解していたのだ。

ルーグは組んでいた足を解き、窓から差し込む陽光を背に受けてゆっくりと立ち上がった。その穏やかな微笑みは、かえって周囲の温度を数度下げるような、底知れぬ圧力を孕んでいる。


ルーグ「……取りこぼしたこと自体、私たち剣聖という立場からすれば、あってはならない汚点だ。……けれど、この際それは不問にしよう。君たちが本気で剣を振るえば、武闘会が始まる前にこの帝都そのものが瓦礫の山に変わってしまうからね」

皮肉とも慈悲とも取れる言葉。だが、その視線は蛇のように鋭く、逃れようのない真実を射抜いている。

ドルネ「……一体、何が言いたいのかしら?」

我慢の限界だとばかりに、ドルネが刺々しい声を上げた。

先ほどから続くルーグの口ぶり——それは遠回しに、しかし確実に彼女の「北の塔での失態」を指していた。完璧に処理したはずの鼠を仕留め損ない、あまつさえその生存を許した事実。それが第一席の耳に届いているという確信が、彼女のプライドを逆撫でし、不機嫌を極めさせていた。

ルーグ「そこで……だ。その失態をそそいでもらうために、君たちの中から志願者を募ろうと思う。……武闘会に、出場してみないかな?」

さらりと、ルーグは平穏な口調でとんでもない毒を吐いてみせた。

ロック「……ああん? ワシらが出場だと?」

宗一郎「…………」

ざわめく室内。だが、ルーグの言葉には冷徹な「条件」が付け加えられる。


ルーグ「もちろん、正体は隠してもらうよ。身分を偽り、能力にも厳重な制限をかける。……そうでなければ、君たちの『格』は隠しきれないからね」

その提案の真意を悟った瞬間、ドルネの背筋に冷たいものが走った。

剣聖が身分を隠して出場し、もし勝ち進めばどうなるか。決勝の先で待ち構えているのは、主催者たる第一席、ルーグ本人だ。

公にできない不祥事や規律違反を、武闘会という「公式の場」での手合わせに擬似ぎじし、自らの手で直接叩き伏せ、処断を下す——。

それは、帝国最強の牙を飼い慣らすための、最も合理的で、最も残酷な「お仕置き」であった。

ドルネ(……はぁ。だから、バレるのは嫌だったのよね……)

ドルネは内心で深く溜息をつき、自身の甘さを呪った。

逃げ場はない。

重苦しい沈黙が流れる中、ドルネはあえて視線を伏せ、自ら名乗りを上げることはしなかった。

彼女は確信していたのだ。この場に、己の武を示す「好機」と聞けば、前後の見境なく食いつく猛り狂った獣がいることを。

その予測通り、爆ぜるような声が静寂を粉砕した。


ロック「――ならば、ワシが出よう!」


立ち上がったのは、剣聖の中でも最年長にして「武の結晶」と称される老将、ロック・ハクライであった。椅子が悲鳴を上げ、彼の放つ圧倒的な熱量が室内の空気を膨張させる。

ルーグ「……いや、ロック。君ではなく、不祥事の当人であるドルネに出てもらおうかと思っていたんだがね」

ルーグは困ったように眉を寄せ、軌道修正を試みる。だが、一度火がついた老将を止める術を、彼は持たなかった。

ロック「がははは! 何を言うかルーグ殿! 帝国の威信を知らしめるというのなら、小娘の細剣ではいささか迫力に欠けるというものよ!」

ルーグ「……そんなこともないと思うが」

ロック「ワシが出る! この拳のみで並み居る有象無象を叩き伏せ、正々と勝ち進もうぞ! そして決勝の舞台で、久方ぶりにルーグ殿と手合わせ願いたいものだな! はっはっは!」


周囲の思惑などどこ吹く風。ロックは自身の武を世に知らしめるという純粋すぎる欲望のために、即座に出場を決定してしまった。

その様子を横目で見ていた宗一郎とドルネは、何も言わずに沈黙を守る。それは、この暴走する巨岩を止める無意味さを知っているがゆえの、消極的な肯定であった。

ドルネは内心、快哉を叫んでいた。

ドルネ(……しめたわ。あの筋肉じじいがしゃしゃり出てくれたおかげで、私の処断おしおきは立ち消えね)

大衆の面前で第一席に叩き伏せられるという、最悪の屈辱。それを回避できた安堵感から、彼女の頬には微かな余裕すら戻りかけていた。

だが、第一席ルーグが、これしきの誤算で折れる男ではないことを、彼女は失念していた。

ルーグ「……ふむ。ならば、ロックには予定通り武闘会に出場してもらうとして。……ドルネ、君も共に出てもらおうか」

ドルネ「……っえ!?」

想定外の追い打ちに、ドルネの喉から無様な驚きが漏れ出た。勝利を確信した瞬間の、あまりにも唐突な転落。

ルーグ「君には制限をつけない。その代わり、武闘会に直接紛れ込んでくるであろうジャッカルの『ギーク・フォン・アルケミスト』を、真っ先に相手取ってもらうよ」

その名を聞いた瞬間、ドルネの顔は再び不愉快そうな、歪んだ仮面へと戻った。

隠密の鼠を捕り逃した落とし前は、正面切っての「暗殺者の殲滅」で付けてもらう。ルーグの瞳には、逃げ道をすべて塞いだ狩人の冷徹な光が宿っていた。

ドルネは喉元まで出かかった反論を、かろうじて言葉に変えた。その端正な顔には、隠しきれない困惑と、微かな恐怖の色が混じっている。

ドルネ「ちょっと……。剣聖が三人も大会に絡むというの? 正気とは思えないわね……」

彼女の指摘は、帝国の常識からすれば至極真っ当なものだった。


民にとって、この武闘会は帝国の威信を知らしめる絢爛豪華な「祭り」に過ぎない。しかし、その舞台に第一席ルーグのみならず、三席ロック、四席ドルネまでもが投入される。それはもはや祭事の枠を逸脱し、一国を平らげるための「軍事侵攻」と同義であった。

しかし、ルーグが描く盤面は、彼女たちの想像を遥かに超える深淵へと続いていた。


ルーグ「くくく……。私はね、この武闘会……はなから『奴ら』にしか焦点を合わせていないんだよ」


ルーグの喉から、低く、湿った笑い声が漏れる。

彼はゆっくりと歩みを進め、修復されぬままの天井から差し込む陽光を浴びた。

ルーグ「父上はこの武闘会を、単なる祭事……せいぜい『ジャッカル』の戦力を削ぐための罠とお考えだろう。……だが、そんな優しいものじゃない」

ここで一度、彼は言葉を切った。

その場の空気が凍りついたように静まり返る。ルーグは徐に壊れた壁から見える帝都の街並みに手を伸ばし、その掌で包み込み、そして握り潰すように指を曲げた。


ルーグ「――この武闘会で、『ジャッカル』の息の根を止める」


その言葉と共にルーグが振り返った時、彼が浮かべていた表情は、もはや王位継承権第一位の気品ある青年のものではなかった。

それは、獲物の断末魔を待ち望む捕食者の歪みであり、秩序のために全てを焼き尽くすことを厭わない「破壊者」のそうであった。

ロック「……むぅ」

ドルネ「……」

宗一郎「……なんと」

その凄まじい「負」の圧力を前に、三人の剣聖は揃って言葉を失った。

戦場を、そして死線を幾度も潜り抜けてきた彼らでさえ、目の前の男が今、この一瞬で見せた「深淵」に本能的な戦慄を覚えたのだ。

ルーグの掲げる「正義」の裏側に潜む、どす黒い執念。

武闘会という名の処刑場が、いま静かにその幕を上げようとしていた。


ドルネ「……そんなことに、私たちを使うというの?」

絞り出すようなドルネの反論は、もはや根拠を失い、微かに震えていた。

彼女の本音を言えば、武闘会への出場という屈辱を飲み込んででも、自身の失態による処断さえ免れればそれで良かったはずだ。だが、目の前の男——ルーグが描き出した盤面は、そんな個人の保身など塵芥のように吹き飛ばすほどに、常軌を逸していた。


なぜ、そこまで戦慄するのか。


それは、『ジャッカル』との正面衝突が、単なる組織間の抗争ではなく、事実上の全面戦争を意味するからだ。

ドルネ(……正気じゃないわ。あの連中と、よりによってこの帝都でやり合おうというの?)

組織の筆頭に名を連ねるリヒトを始めとした五人の幹部。彼らは、帝国最強を自負する剣聖たちとさえ互角以上に渡り合う、異形の武力を持っている。条件さえ整えば、剣聖である自分たちですら敗北の苦汁をなめる可能性は、決して低くない。

現に、彼らが戦場に姿を現した帝国の侵攻作戦は、ことごとく壊滅的な被害を受け、数多の有能な将たちが露と消えてきた。


そして、ジャッカルの真の恐怖は、その個の武力だけに留まらない。

中立諸国に深く根を張る彼らは、その気になれば、帝国に住処を奪われ、憎しみを募らせた民草を瞬時に扇動し、巨大な兵力へと変貌させる。その潜在的な戦力は、帝国の軍事学者ですら測定不能と断ずる未知数なのだ。

その化け物たちを、あえて逃げ場のない帝都のど真ん中へ誘い込む。

華やかな武闘会という舞台を血塗られた処刑場へと変え、一兵残らず殲滅すると、ルーグは断言してみせた。

万が一にも撃ち漏らせば、帝都は一夜にして焦土と化し、帝国の権威は失墜する。

ルーグの瞳に宿る不敵な光は、国家の命運を全賭け(オールイン)した、あまりにも美しく残酷な博打であった。


ルーグ「そうだね。……でも、それでいいのさ」

悪びれる様子もなく、むしろ深い確信に満ちた声でルーグが頷く。そのあまりに当然と言わんばかりの態度に、これまで沈黙を貫いていた宗一郎が静かに、しかし重みのある声を割り込ませた。


宗一郎「……少し、良いだろうか」

ルーグ「……何かな?」

先日の衝突の記憶が脳裏を掠めたのか、ルーグの眉が僅かに、不快感を示すように動く。

だが、彼はすぐにそれを消し去り、第一王子としての優雅な仮面を被り直した。


宗一郎「どのような状況になるかは見当もつかぬが……『ジャッカル』の御仁をすべて殲滅するとなれば、奴らも死に物狂いの抵抗を見せよう。……ともすれば、ロック殿もドルネ殿も、相応の力をもって応じねばなるまい。……その際、闘技場に集う民草への影響は、如何様にするつもりか?」


至極真っ当な、そして最も懸念すべき問いであった。

剣聖とジャッカルの幹部が全力を解放して激突すれば、その余波は闘技場という箱庭に収まるはずがない。衝撃波だけで客席は砕け散り、漏れ出した魔力の奔流は周囲の市街地をも呑み込むだろう。

最悪の場合、祭りを愉しみに集まった数万の観客が肉片と化し、帝都の半数の民が死に絶える――そんな地獄絵図さえも、容易に想定される事態なのだ。

宗一郎は、当然それに対する「防衛策」や「避難計画」があるものと考えていた。だが、ルーグの口から漏れたのは、そんな予想を根底から覆す、あまりにも無情な言霊だった。


ルーグ「……そんなもの、捨ておけばいい」


一切の揺らぎも、躊躇もない。

まるで路傍の石を片付けるかのように吐き捨てられたその一言に、宗一郎、ロック、そしてドルネの三人は、揃って声を失った。


宗一郎(……捨ておく、だと?)


救うべき対象であるはずの自国民を、作戦の「副産物」として、あるいは「不要なコスト」として切り捨てるというのか。

ルーグの瞳には、民を慈しむ王子の光などは欠片も存在しなかった。そこにあるのは、目的完遂のためなら自らの国さえも燃料にくべることを厭わない、底知れぬ漆黒の意志のみであった。


宗一郎「……貴様……ッ」

地を這うような、低く鋭い声。

宗一郎の全身から、それまでの静謐さを脱ぎ捨てた「殺気」が溢れ出した。呼応するようにルーグの瞳も凍てつき、二人の間に、目に見えるほどの魔力の歪みが生じる。

ルーグ「……なんだ?」


短く問い返すルーグの周囲で、大気が激しく振動した。かつての激突で砕け散った天井の砂塵が、二人の放つ圧倒的な「圧」に巻き上げられ、異様な渦を描いて舞い踊る。

静かな怒りと、それを遥かに凌駕する絶大な支配力。

宗一郎「……王位継承権を持ちながら……守るべき民を捨ておけと……。本気で、本気で申しておるのか……!」

ルーグ「……はぁ。何度も同じことを言わせるな、宗一郎」

溜息混じりに吐き捨てられた、拒絶の言霊。

その言葉の終わりと、宗一郎の身体が弾き飛ばされたのは、ほぼ同時であった。


宗一郎「!? ……ぐっ!」


何が起きたのか。術式の発動すら見えぬ不可視の衝撃。宗一郎は受け身を取る間もなく、背後の重厚な扉に向けて砲弾のように投げ飛ばされた。凄まじい衝撃音が響く寸前、横から飛び出した巨影が、その身体を強引に抱きかかえる。

ロック「……おっと! 大丈夫か、宗一郎!」

ロックがその剛腕で受け止めたため、壁への衝突という最悪の事態は免れた。だが、宗一郎の胸中を占めるのは、肉体の痛み以上に、目の前の男の「狂気」への戦慄であった。

ルーグ「……残念だよ、宗一郎。私の描く盤面に、君は『今』、必要ではなくなった」

ルーグは衣服の乱れ一つなく、冷徹に宣告する。

宗一郎「……どういう意味か……?」

ルーグ「真に帝国の繁栄を願うのであれば、民の命さえも盤上の掛け金とすべきだ。失う代償が大きければ大きいほど、それを乗り越えた帝国はより強固に、より巨大に発展する。……なぜ、その単純な真理がわからない?」

宗一郎「……犠牲の上に成り立つ国など、ただの偽物であろう……! 民を礎とする覇道に、真の幸せなどあるはずもなかろう!!」

宗一郎の叫びは、虚空へと消えた。

民を「守るべき宝」と説く武人と、民を「進化のための生贄」と断ずる支配者。

二人の間にある溝は、もはや言葉でも剣でも埋まらぬほどに深く、暗く、決定的となっていた。


ルーグ「……もういい。何も言うな」

冷淡な一言。それが引き金だった。

宗一郎が次なる反論を紡ごうとした刹那、不可視の魔力の鎖が彼の四肢を、そして魔力回路そのものを強引に圧壊させた。第一席ルーグによる、絶対的な**『拘束魔法』**である。

宗一郎「……某は……貴様を許さぬ……。どのような形になろうと……貴様を止めてみせる……。正しき帝国の未来のために……某は……某は、必ず……!」

脂汗を流し、激痛に耐えながらも、宗一郎は曇りなき瞳でルーグを射抜く。武士としての「義」を、帝国の「正道」を、彼は最期まで捨てなかった。

だが、その気高い誓いも、ルーグが指先を僅かに動かしただけで霧散する。精神を直接削り取るような魔力の奔流が、宗一郎の意識を闇へと突き落とした。

ルーグ「……。連れていけ」

静寂に満ちた部屋に、影が落ちる。どこからともなく現れた漆黒の装束に身を包んだ「影」たちが、糸の切れた人形のように崩れ落ちた宗一郎の体を支え、音もなく連れ去っていった。

その光景を、残された二人の剣聖は対照的な眼差しで見届けていた。

ドルネ(……逆らえばああなる、という見せしめね。……宗一郎、頭の固い男だったけれど、言っていることは間違っていなかったわ。でも……今は黙っているのが正解のようね)

ドルネは冷めた視線の裏で、本能的な恐怖を噛み締めていた。第一席の力は、もはや自分たちが束になっても届かぬ次元に達している。

ロック(……むぅ。ルーグ殿、これほどまでに過激な思想の持ち主であったか。……宗一郎の奴め、少しは『義』を曲げる術を覚えねば、この先やりづらかろうに……)

豪胆なロックでさえ、ルーグの変貌には戸惑いを隠せない。だが、彼は武人として「強き者に従う」ということわりを優先し、その場に踏み止まった。

二人がそれぞれの思惑を胸の奥底に沈め、ルーグの背中を見守る。

ルーグ「さて。方針は決まった。内なる『不純物』も無力化した」

ルーグは、まるで部屋を掃除した後のような軽やかさで振り返った。その瞳には、もはや宗一郎への未練も、民への慈悲も、塵ほども残っていない。

ルーグ「これ以上、我ら帝国を止める障害は『ジャッカル』を置いて他にない。……決戦は武闘会だ。二人とも、くれぐれもよろしく頼むよ」

その場に残された二人に下された、死の宣告にも似た命令。

第一王子という輝かしい肩書きを脱ぎ捨て、真の姿を露わにした『悪魔』は、冷酷なまでの微笑みを浮かべながら、血塗られた未来の幕を開けた。

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