無念を喰らう刃 ―暗がりの契り―
ーー数刻後
静寂が支配する塔の地下
死体の山が築かれた暗がりの一角で、物言わぬ肉塊と化していたはずの影が、不自然に指先を震わせた。
ノウス「……かはぁっ……! はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
肺に溜まった血を吐き出し、ノウスは泥濘から這い上がるようにして意識を浮上させる。
剣聖のヴェルロザリアによる貫通、自由落下の衝撃、そしてドルネの全体重を乗せた踏みつけ。
常人であれば数回は命を落としているはずの惨状にあって、彼が繋ぎ止めた細い命の糸――それは、主であるリュドより授かりし禁忌の術式によるものだった。
【禁陣・仮死魂】
ヴェルロザリアの刃が背に触れる寸前、死を予期した彼は己の魂を一時的に「黄泉」へと放り出した。
肉体から魂を切り離し、魔力回路を完全に停止させる。寿命を削るという手痛い代償はあるが、これによって彼は「完全なる死体」を演じきったのだ。心音はなく、体温は下がり、魔力の揺らぎさえ消滅する。
痛覚という概念すら遮断された抜け殻の状態であったからこそ、身体を貫かれようが衝撃で骨が砕けようが、彼は一言の呻きも漏らさず、死神の目を欺いてみせた。
ノウス(……身体のあちこちが、まともに動かない。骨も、臓器も、何箇所かイカれているか……)
意識が戻ると同時に、凄絶な痛みの奔流が彼を襲う。だが、幼少期より隠密として飼い慣らされた彼は、その激痛さえも無機質なデータとして処理してみせた。
叫ばない。動かない。
ただ、闇に溶けたまま、最小限の魔力で壊れた己の「部品」を繋ぎ合わせていく。
ノウス(癒陣・百日創)
彼が紡いだのは、零遺衆の幹部のみに許された独自の自己治癒魔法。
メーガスが操る神の奇跡のような、瞬時に傷を癒す魔法ではない。それは、細胞を強引に活性化させ、本来なら百日を要する治癒のプロセスを数刻に凝縮する、肉体への負荷を顧みない「修復」の術。
骨が軋み、筋肉が蠢き、内臓の破裂箇所が熱を持って繋がっていく。
人知を外れたその光景は、美しさとは無縁の、生存への醜悪なまでの執着。
「百日創」による急造の修復を終えてもなお、ノウスはピクリとも動かず、冷たい石畳に身を横たえたまま思考の海に沈んでいた。
一刻も早く、掴んだ情報をリュド様へ届けねばならない。だが、焦燥に駆られて今この場で動き出せば、塔のどこかに潜む「あの怪物」の耳目が再び彼を捉えるだろう。禁術『仮死魂』の代償は重い。数刻もの間、魂を黄泉の濁流に浸し続けた代償として、彼の命の灯火は確実に削り取られている。
ノウス(……参ったね。次は、もう戻って来れる保証はない。ここで博打を打つのは、私達のやり方じゃない……)
リスクを最小限に抑え、確実な勝機を待つ。
その判断は、驚くほど正確だった。
塔の上層では、ドルネが依然として鋭い感覚を研ぎ澄ませていたからだ。もしノウスが「生還」を確信して地を蹴っていれば、その微かな魔力の脈動を彼女は見逃さず、地獄の果てまで追い縋って今度こそ彼を塵に帰していただろう。
ノウス(私が戻らなければ、組織は即座に次動を送る。……その時だ。救援の到着に合わせ、あの女の意識が逸れた一瞬を突くしかない)
零遺衆は、どこまでも合理的だ。
一班が沈黙すれば、それは「異常事態」の証明であり、次なる調査員が投入される。仲間が来る。その確信だけが、孤独な闇の中で彼を支えていた。
そして、逃走の鍵は、今は亡き最年少の部下が遺してくれていた。
ノウス(……ヒョウの魔法陣に、助けられそうだね)
ヒョウが道中に設置していた、緊急脱出用の転移魔法陣。
「一本取られた」と笑ったあの時の布石が、今、ノウスにとって唯一の福音となっていた。塔の外にさえ抜ければ、ヒョウの術式が自分を迷宮の深淵へと瞬時に飛ばしてくれる。
ノウスは暗闇の中、静かに、そして執念深く呼吸を殺した。
仲間の亡骸が転がるこの地獄の底で、彼は亡き友の遺産を思い浮かべ、反撃の、あるいは脱出の好機をじっと待ち続けるのだった。
〜〜〜〜〜
リヒト「なるほど……。それであの死体の山に紛れていたのか……」
ノウスの語る凄絶な報告を聞き終え、リヒトは短く息を吐いた。あの地獄のような光景の中で、たった一人、魂を削りながら死を偽装し続けていた男の執念。
その重みに、改めて胸が締め付けられる思いだった。
リュド「ジン……ライカ……ヒョウ……」
主であるリュドは、失われた三人の精鋭の名を、まるでその魂を掌に掬い上げるように静かに唱えた。一度に三人の「牙」を失った事実は、零遺衆の頭領として、そして共に死地を潜り抜けてきた戦友として、筆舌に尽くしがたい痛みであったはずだ。
だが、彼はその動揺を鉄の理性の下に封じ込め、表面には一切出さなかった。
リヒトもまた、沈黙の中にいた。精鋭と呼ばれた彼らが、抗う術もなく殺害されたという事実。
剣聖ドルネ・アシュリーという存在の異質さと、帝国の闇の深さを改めて認識させられ、言葉を失っていた。
リュド「……とにかく、あと一週間だ」
ノウス「やはり、それだけ経過していたのですね」
リヒト「地下は感覚が狂う……。いや、あの魔石塔そのものが、侵入者の時間を狂わせていたのか……?」
リュド「ああ、その可能性は高い。いずれにせよ、残された時間は少ない。既に零遺衆には、東と西の各塔を同時襲撃するよう命じている。西の指揮はおれが執る。東は……ノウス、頼めるか?」
友を失い、自身も満身創痍。
酷な命令であることは百も承知で、リュドは信頼を込めて問いかけた。
ノウス「……お任せください。ですが、主殿。一つ……リヒト様、私のささやかな願いを聞き届けてはくださいませぬか」
ノウスはリュドの命令を受領しつつも、その主君であるリヒトに対し、深々と頭を下げた。これまでの彼からは想像もつかないほど、その声には震えるような感情が滲んでいた。
リヒト「……なんだ?」
ノウス「私が弱く、無能であったゆえに、部下を死なせたことはまごうことなき事実です。……ですが、この身では、逆立ちしても彼らの仇を討つことは叶わない。筋違いは百も承知でございますが……何卒、彼らの無念を、その手で晴らしてはいただけませぬか。彼らも組織のために命を落とせたことは本望でしょうが……あのような散り際、あまりにも報われない……!」
絞り出すような言葉。普段、感情を「無」にして任務に徹するノウスが、初めて見せた一人の人間としての慟哭だった。彼らにとって、死は覚悟の上。だが、ゴミのように蹴り飛ばされ、実験動物のように使い潰された仲間の最期を、彼はどうしても許せなかったのだ。
その想いの丈は、痛いほどリヒトに伝わっていた。
リヒトは、震えるノウスの肩に、静かに、しかし力強く手を添えた。
リヒト「……任せろ」
短く、重い、確かな約束。
その一言に、ノウスの止まっていた時間が、ようやく一歩だけ報われたように静かに動き出した。
いつも読んでくださりありがとうございます!
この度、ユニークアクセスが240名を超えました!
無名で、初めて投稿してる私の作品に付き合ってくださってる方々がたくさんいること、本当にありがとうございます。
さて、今回の更新、いつもより文字数が少なくて読み応え、ないですよね…。すみません。
次回更新(筆が進めば24時間以内)からさらに物語が動いていきます。
武闘会に向けて、踏まなければならないエピソードは全て消化できたので後1万文字ほどで武闘会に入るでしょう!(まだそんなにあるの…)
と、いうわけで今後ともみなさまよろしくお願いしますね!
拙い文章かもしれませんが、評価などもしていただけるとすごくモチベーションに繋がります。
今後もエグい構成を考えてるのでお付き合いお願いしますね!




