表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/47

六年の残滓、復讐の胎動

数刻の静寂ののち。


ギーク「……がははははは! まんまと一本取られたぜ! 間違いねぇ、その通りだ!」

ギークが腹を抱えて爆笑し、沈黙を破った。

ルシウス「なるほど……。逆転の発想というわけだね」

メーガス「……ちょっと、どういう意味かしら? 私にはまだ理解が追いつかないんだけど」

それぞれが異なる反応を見せていた。

野性的な同意、軍師としての即座の理解、そして理論を重んじる魔導士ゆえの疑問。感情が渦巻く不思議な空間の中、リヒトは泰然として言葉を続けた。

リヒト「結界さえ止めてしまえば、こちらの戦力は後からいくらでも送り込める。ならば、最初の関門である武闘会に割く先行人員は、最小限で済ませられるはずだ」

ルシウス「理屈はわかるよ。でもリヒト、どうやってその『絶対』とされる結界を止めるつもりなんだい?」


リュド「……結界の止め方自体は、構造上は単純だ」

リヒトに代わり、リュドが淡々と解説を引き継いだ。

リュド「帝都の四隅に聳え立つあの魔石塔。その内部にある魔力循環機構を物理的、あるいは術理的に停止させればいい。……だが、各塔にはそれぞれ一軍に匹敵する警備と、何より強力な守護者が配置されている。そこへ到達し、なおかつ装置を破壊すること自体が、本来は不可能な難問なのだ」

リュドはあえて「不可能」という言葉を強調し、リヒトに再考を促すように視線を投げた。だが、リヒトの表情に微塵の揺らぎもなかった。


続くリヒトの言葉は、まるで揺るぎない「真理」を述べているかのようだった。

リヒト「要は、そこを突破しさえすれば文句はないのだろう? それに……訳あって俺は帝国の構造を熟知している。あの魔石塔の心臓部へと直結する、いにしえの隠し通路もな」

その言葉に、影の主であるリュドの眉が微かに動いた。帝国の諜報を網羅しているはずの彼でさえ、容易には口にしない禁忌のルート。

リュド「……正気か。あそこは、生身の人間が通ることを想定されていない、呪われた泥濘ぬかるみのような過酷な通路だぞ?」

リヒト「わかっている。だからこそ、そこを使うのは俺と――リュド、お前だけだ」

リュド「……ほう」

互いの実力と覚悟が、言葉を超えて噛み合った。リュドはそれ以上何も言わず、深い沈黙の中にその身を沈めた。


だが、作戦の全貌が見えない他のメンバーたちは、依然として疑問符を浮かべたままリヒトを見つめている。思考の迷宮から真っ先に抜け出したルシウスが、口を開いた。

ルシウス「なるほどね。……リヒトとリュドが最難関の『隠密潜入』を担当するのは確定だとして、他はどう配置するのかな? その作戦を成立させるなら、結界が解けた瞬間に軍勢を送り込むメーガスは、外で待機していなければならない。そうなると、残りの戦力は……僕、ジャック、ギーク。そして――」

ルシウスの指先が、最後にベッドから身を起こしたばかりの少女、飛鳥へと向けられた。だが、そこでルシウスは僅かに言い淀む。実戦経験のなさ、そして昨夜の暴走。彼女を「戦力」として数えることへの、彼なりの躊躇いだった。


飛鳥「――舐めないでください」


静かだが、鋼のように鋭い語気が広間の空気を震わせた。

飛鳥はルシウスの指先を真っ向から見据え、一歩も退かずに食ってかかる。

飛鳥「武闘会でも潜入でも、言われたことは何でもやります。……私を、除け者にしないで」

その瞳に宿っているのは、数刻前までの自己嫌悪に震えていた少女の影ではない。仲間を、そして自分を信じてくれたリヒトに応えたいという、凛烈たる闘志。

彼女が纏う雰囲気は、今やジャッカルの「怪物」たちの中に混じっても見劣りしないほど、鋭く研ぎ澄まされていた。


ルシウス「……失礼したよ。それなら、君のことも一人の立派な『戦力』として数えさせてもらおう」

飛鳥の射抜くような視線を受け、ルシウスは自身の非を認めるように肩をすくめた。

その様子を傍らで見ていたリヒトは、誰にも悟られぬよう、わずかに口角を上げた。それは、殻を破り、雛が自らの足で立ち上がる瞬間を目の当たりにした親鳥のような、静かな悦びだった。

リヒト「配置を決める。……武闘会に出場するのは、ギークとジャックの二名だ。ルシウス、飛鳥、メーガス。お前たちは城外の死角にて機を待て。結界の消失を確認しだい、メーガスの転移で一斉に王城前へ強襲をかける」


澱みのない指示が飛び、一同がそれぞれの役割を脳内に刻み込む。しかし、ただ一人、納得のいかない表情で鼻を鳴らす者がいた。

ギーク「あぁ!? なんで俺が『武闘会』なんてお行儀のいい場所に出なきゃならねぇんだよ、あぁ!?」

難しい理屈を並べられた挙句、自分に割り振られたのは「見世物小屋」のような闘技大会。暴れ狂うには不向きな、四角い檻の中に閉じ込められるような役回りだ。武を振るうこと、そして破壊することに無上の悦びを感じるギークにとって、それは到底受け入れがたい退屈な任務に思えた。

だが、その不満を、リュドの淡々とした一言が瞬時に塗り替えた。


リュド「……ああ、そうだ。言い忘れていたが。その大会、優勝した暁には特典があるらしい。帝国最強と謳われる剣聖第一席――【ルーグ・ファー・オーガスト】が、直々に一戦、手合わせを願えるとか何とか……」


その名が出た瞬間、ギークの顔つきが劇的に変貌した。

ギーク「おいおい……! そういう大事なことは早く言えよ! だったら話は別だ。出場枠は俺が一人占めしたいくらいだぜ、おいッ!」

もはや自分が優勝することに一分の疑いも持たぬ、傲岸不遜な咆哮。その顔には、真の強者と命を削り合える悦びが全面に溢れ出し、凶悪なまでの無邪気さを孕んでいた。

リヒト「……ただし条件がある。ギーク、お前は決勝まで『槍』を使うな」

ギーク「ったりめぇだろ! ……って、はぁっ!?」

勢いよく頷きかけたギークが、二の句を継げずに固まる。

リヒト「お前自身の武器は隠しておけ。そこらで調達した適当な刀か、闘技場に転がっている安物の槍でも使っていろ。さもなければ、お前の身元は即座に割れる。……まあ、借り物の武器では決勝まで勝ち進めないというほど、お前の武が『道具頼み』だと言うなら話は別だがな」


リヒトから投げかけられた、最高級に無慈悲な煽り。

ギークは、この手の「乗せ」には滅っぽう弱かった。


ギーク「……あぁ!? 抜かしやがったなリヒト! いいぜ、槍なんざ無くたって、素手でも勝ってやるよ! その条件、完璧に守り通して優勝してやるから見てろッ!」

闘志に火がついたギークの咆哮がアジトに響き渡る。

その光景を眺めていたリヒトの口角が、挑戦的な弧を描いた。周囲の喧騒をよそに、彼の思考はすでに数手先の盤面へと飛んでいる。

リヒト「……面白い。リュド、武闘会の開催はいつだ」

唐突に投げかけられた問いに、リュドは事も無げに応じる。

リュド「開催まで二月といったところだ。大陸全土に触れを出し、腕に覚えのある猛者どもを募るとなれば、それなりの準備期間は必要だろうからな」

リヒト「二ヶ月か。ならばそれまでは準備と潜伏の期間になるな。俺とリュドは先んじて帝国へ発つ。現地の空気を吸っておく必要がある」

リヒトの言葉に、ルシウスが肩をすくめて続けた。


ルシウス「妥当な判断だね。それなら、僕らは頃合いを見て合流するとしよう。あまり大所帯で動くと目立つからね」

ジャック「ギークさんは僕と一緒にいきましょ!」

弾んだ声で提案するジャックに対し、ギークは心底嫌そうな顔を隠そうともしない。

ギーク「あぁん? 一人で行けよ。なんでお前とセットなんだよ、暑苦しい」

メーガス「飛鳥、貴女はそれまで私と特訓ね。あの力を制御できないようじゃ、お話にならないわ」

メーガスが有無を言わさぬ口調で告げると、飛鳥は表情を引き締め、深く頭を下げた。

飛鳥「……はい。お願いします」


各々が己の役割を理解し、動き出そうとしたその時。リュドがふと思い出したように、指を顎に添えた。

リュド「ギーク、ジャック……お前たちの偽装身分を用意せねばならんな。ジャックは帝国にそこまで顔が割れていないはずだが、念には念をだ。隠密としての偽装を――」

ギーク「――おい、逆にそいつぁいらねぇんじゃねぇのか?」


遮ったのは、意外にもギークだった。

鼻を鳴らし、退屈そうに天井を見上げる。

ギーク「あいつらも馬鹿じゃねえんだろ。これだけデカい大会を開いて、俺たちが一人も来ないなんて本気で思ってんのかよ。コソコソ隠れる方が、かえって『裏があります』って言ってるようなもんだぜ」

部屋に一瞬の沈黙が流れた。

ルシウスが静かにギークを見つめ言う

ルシウス「……ふふ。たまに君が恐ろしく感じるよ。確かにその通りだ。僕たちが一人も正面切って現れないのは、不自然極まりない。あえて『囮』として堂々と入る駒が必要かもしれないね」

ルシウスの視線がリヒトとリュドへと向けられる。リュドは腕を組み、しばし黙考した。


リュド「ふむ……。一理あるな。敵の警戒網を逆手に取るか。良かろう、その辺りは一度現地で探ってみる。必要があれば偽装身分をこちらで用意するが、開催三週間前までに連絡がなければ、正面から堂々と帝都へ乗り込んでくれ」

そう言い残すと、リュドの姿は陽炎のように揺らぎ、音もなく影の中へと溶けて消えた。


ルシウス「というわけだ。しばらくは各自、様子見だね」

ギーク「わかったぜ」

ジャック「了解!」

ギークとジャックは部屋を後にした。

いつの間にかメーガスと飛鳥の気配も消えている。

喧騒が去った後の部屋に残されたのは、リヒトとルシウスの二人だけだった。

ルシウス 「予定とは違うけど……まずは第一歩……かな……?」

先ほどまでの快活な軍師の仮面を脱ぎ捨てたルシウスの声は、静かで、それでいてどこか物憂げな響きを帯びていた。リヒトへ向ける視線には、戦友としての信頼と、拭いきれない一抹の不安が混じり合っている。

リヒト 「……ああ。そうだな」


リヒトもまた、短く、地を這うような低い声で応じた。

窓の外を眺めるその瞳は、遥か彼方、仇敵が待ち構える帝都の空を射抜いている。

彼ら二人にとって、帝都への進撃は単なる組織としての版図拡大ではない。それは「ジャッカル」という名の下に集まった群狼の牙を剥く行為以上に、個人的で、あまりに重く深い因縁に根ざしたものだった。

ルシウス 「君と歩みを共にして、もう六年になるのかな……。最初に君の構想を聞いた時は、馬鹿げている、できるわけがないと思っていたけれど。まさか……こんな形で悲願の一歩に近づけるとは、当時は思いもしなかったよ」

ルシウスは自嘲気味に口角を上げた。かつては夢物語に過ぎなかった復讐、あるいは変革という名の野望が、今や現実の輪郭を持って眼前に迫っている。

リヒト 「ああ……。だからこそ、この作戦に失敗は許されない。ジャッカルの、戦える戦力を総動員する」


リヒトの言葉には、退路を断った者の覚悟が宿っていた。失うことを恐れず、しかし勝利だけを貪欲に欲する、冷徹なまでの決意。

ルシウス 「そうだね。中立国に潜伏させている戦闘員を、可能な限り集結させておこう。裏工作と手配は僕の方で動く。君は君自身の役割に、その牙を研ぐことに集中してくれて構わない」

リヒト 「助かる。それと……ルシウス。万が一に備えて、一つ頼んでおきたいことがある」

リヒトが声を一段と低め、ルシウスへ向き直る。

その内容は、二人にしか共有されない密約。

ジャッカルの創始者であり、最古参の二人による細かな打ち合わせは、静まり返った部屋の中でそれからもしばらく続いた。

開け放たれた窓から吹き込む風が、机上の地図を小さく揺らす。


彼らの野望を飲み込むように、空を赤く染め上げていた太陽はゆっくりと地平線の彼方へ姿を消し、世界に深い夜の帳が降りようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ