遠慮するなよ。――8
養護教諭の診断では、望愛のケガは軽い捻挫らしい。それでも念のため、近くの病院で看てもらうことになった。
先生たちが車を手配しているあいだに、アウトドアチェアに腰掛ける望愛の足元にかがんで、応急処置を施す。
冷感湿布を貼り、患部が動かないよう、しっかりとテーピングする。家事にはケガがつきものなので、応急処置はお手の物だ。
「よし。ひとまず、これでいいだろう」
処置を終えた俺は顔を上げて――ギョッとした。望愛の瞳が、涙でいっぱいになっていたからだ。
俺がうろたえているうちにも望愛の瞳はどんどん潤んでいき、ついにはボロボロと大粒の涙がこぼれだした。
「の、望愛!?」
「ごめんなさい……ちゃんとできなくて、迷惑かけて、ごめんなさいぃ……!」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、望愛が懺悔する。
アタフタしつつも隣に移動し、背中をさすって望愛をあやす。
そうしていると徐々に嗚咽が収まっていき、しばらく経ってから望愛は泣き止んでくれた。
「落ち着いたか?」
「うん……いきなり泣き出して、ごめんね?」
「気にするな」
申し訳なさそうに肩を落とす望愛。その背中を優しくポンポンしてから、俺は尋ねる。
「望愛の様子がおかしかったのは、迷惑をかけたくなかったからなのか?」
そう考えるのには根拠があった。
――だって、頼ってばかりだとノリくんに迷惑がかかっちゃうじゃん。そんなの、嫌だよ。
――ごめんなさい……ちゃんとできなくて、迷惑かけて、ごめんなさいぃ……!
薪置き場での一幕と、いま。二度にわたって、『迷惑』という単語を望愛が口にしていたからだ。頻繁に口にするということは、気にしている証拠だろう。
俺の推測は当たっていたらしく、望愛は弱々しく頷き、ずっと隠していた事情をようやく明かしてくれた。
「この前、一緒にお出かけしたとき、あたしがナンパに遭って、ノリくんが乱暴されそうになったでしょ? あのとき、『望愛はなにも悪くない』ってノリくんは言ってくれたけど、やっぱり、あたしのせいだと思うんだ。あたしの格好が原因で、ナンパに遭ったんだから」
『違う。望愛は悪くない』――そう口を挟みたかったのだが、それでは話が進まない。辛抱して、望愛の言うことに耳を傾ける。
「あのあと、思ったの。ノリくんと離ればなれになった日、あたしは泣いてばかりで、ノリくんを困らせちゃった。むかしもいまも、あたしはノリくんに迷惑をかけてばかりだなって」
スン、と望愛が鼻を鳴らす。
「だから、もうノリくんに迷惑をかけたくないって思って、ひとりでもちゃんとできるようにならないとって思って……けど、そんなあたしの考えが、またノリくんを困らせちゃったんだね。本当、あたしってダメだな……」
「なるほどな」
望愛の事情は理解した。そのうえで、ハッキリさせておかなければならないことが、ひとつある。
「望愛。お前は勘違いしているぞ」
「勘違い?」
「俺は、望愛に迷惑をかけられたなんて、思ってない」
「え?」
望愛がキョトンとした。
誘惑されたときや、からかわれたときに、イラッとしてしまうことはある。それでも、望愛に対して嫌悪感や忌避感を抱いたことは、ただの一度もないのだ。
「頼られるのは結構気分がいいものなんだぞ? 俺が嫌がるようなことを望愛はしないし、お返しもしてくれるじゃないか。家に泊まりに来たとき、昼飯を作ってくれただろ?」
「それはそうだけど……」
「だから、遠慮するな。いくらでも頼れ」
「……ダメだよ、ノリくん」
「なにがだ?」
「そんなこと言われたら、あたし、また甘えちゃうじゃん」
「いいんだよ、甘えても」
切なげに眉を寝かせる望愛に、俺は言い切った。
「望愛はさ? 甘えることに対して、マイナスなイメージを持ってないか?」
「違うの?」
「たしかに、甘えられることを嫌がるひとはいる。けど、少なくとも俺は、嫌だなんて思わない。むしろ、嬉しいよ。『甘えてくれる』のは、『信頼されている証』なんだから」
ハッと息をのみ、望愛が俺を見上げる。
望愛に微笑みを返して、続けた。
「さっきも言ったけど、変わろうとするのは悪いことじゃない。ただ、無理はしてほしくないんだ。望愛には元気でいてほしいんだ。だからさ? 頼ってくれよ。ほかでもない、俺がそう望んでいるんだから」
「……うん」
頷く望愛の瞳が、またしても潤みだす。しかし、その涙の意味は、先ほどとは異なるものだろう。
「相変わらず、泣き虫だな。望愛は」
苦笑して、ぐすぐすとすすり泣く望愛の頭に、そっと手を置く。
優しく頭を撫でながら、俺は望愛に寄り添い続けていた。




