表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/65

遠慮するなよ。――5

 午後の部での追い上げによって、俺たちの班は見事一位になり、景品である黒毛和牛サーロインステーキを獲得できた。


 しかしながら、ステーキを堪能することは俺にはできなかった。望愛の異変に関する問題が解決していないのに、舌鼓を打つ余裕なんてあるはずがないのだ。




 夕食後、自由時間を挟んでから入浴となった。


 風呂から上がった俺は、部屋に戻る道すがら、物思いにふける。考える内容は、もちろん望愛についてのことだ。


 おそらく、望愛は変わろうとしているのだと思う。


 俺に頼らず、自分で物事を成し遂げようとしているのは、自立心の芽生えと捉えられる。


 誘惑をやめたことは、望愛を更生させるという俺の目的と一致している。


 望愛の変化、それ自体は好ましいことだ。


 それでも――


「んあぁ~~……」

「ん?」


 思いを巡らせながら歩いていると、溶けていくバターを連想させる、気の抜けた声が聞こえてきた。


 眉を揺らして、意識を思考から現実に戻す。


 声のしたほうを見ると、前方にあるマッサージチェアに遊々子が腰掛けていた。


「気持ちいいぃ~~……」


 全身を揉みほぐされる遊々子は、温泉に浸かるカピバラみたいな顔をしていた。腹が立つほど呑気な光景だ。


 なにしてるんだ、あいつは。ひとが悩んでるときに間抜けな(つら)しやがって。


 ついイラッとしてしまうが、遊々子に罪はない。これではただの八つ当たりだ。


 突っかからないよう深呼吸して苛立ちを鎮め、俺は遊々子に話しかける。


「随分とお疲れみたいだな」

「お~? やっと来たねぇ~」


 俺の姿を目にした遊々子が、マッサージチェアのスイッチを切って立ち上がった。


「マッサージしてたのはついでさ。ボクはきみを待ってたんだよ、紀樹」

「俺を?」

「そうそう。紀樹に頼み事があってねぇ」


 頷く遊々子が、彼女にしては珍しいほど真剣な顔つきになる。


「今日の望愛ちゃん、なんだかおかしくない?」

「お前もそう思うか!?」

「うん。無理してるっていうか、危なっかしいっていうか、とにかく放っておけない感じだよねぇ」


 俺に同意して、眉間に皺を寄せる遊々子。


「ただ、なにがあったのか望愛ちゃんに尋ねてみても、『大丈夫』の一点張りで打ち明けてくれないんだよぉ」


 遊々子も遊々子で、解決のために動いてくれていたらしい。それでも、俺が相手のときと同じで、望愛の態度は(かたく)ななようだ。


 その話を聞いて、遊々子が言う『頼み事』の内容を俺は察した。自分だけでは事態を解決できないので、俺に協力してほしいのだろう。


 予想したとおりのことを、遊々子が口にする。


「だからさ? 紀樹のほうからも、望愛ちゃんに訊いて――」

「わかってる」


 被せるようにして、遊々子の頼みに応じた。


 俺の即答具合に面食らったのか、遊々子が目をパチクリさせる。


 俺に頼らず、自分で物事を成し遂げようとしているのは、自立心の芽生えと捉えられる。


 誘惑をやめたことは、望愛を更生させるという俺の目的と一致している。


 望愛の変化、それ自体は好ましいことだ。


 それでも、望愛が無理をしているのなら、見過ごせない。


 宣誓するかのごとく、遊々子に伝える。


「任せとけ。困ってる望愛を助けるのは、これまでもこれからも、俺の役目だ」


 遊々子が目を見開き、ふぅ、と息をつく。


「いらぬお節介だったみたいだねぇ。頼んだよ、紀樹」


 その顔には、安堵したような笑みが浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ