遠慮するなよ。――5
午後の部での追い上げによって、俺たちの班は見事一位になり、景品である黒毛和牛サーロインステーキを獲得できた。
しかしながら、ステーキを堪能することは俺にはできなかった。望愛の異変に関する問題が解決していないのに、舌鼓を打つ余裕なんてあるはずがないのだ。
夕食後、自由時間を挟んでから入浴となった。
風呂から上がった俺は、部屋に戻る道すがら、物思いにふける。考える内容は、もちろん望愛についてのことだ。
おそらく、望愛は変わろうとしているのだと思う。
俺に頼らず、自分で物事を成し遂げようとしているのは、自立心の芽生えと捉えられる。
誘惑をやめたことは、望愛を更生させるという俺の目的と一致している。
望愛の変化、それ自体は好ましいことだ。
それでも――
「んあぁ~~……」
「ん?」
思いを巡らせながら歩いていると、溶けていくバターを連想させる、気の抜けた声が聞こえてきた。
眉を揺らして、意識を思考から現実に戻す。
声のしたほうを見ると、前方にあるマッサージチェアに遊々子が腰掛けていた。
「気持ちいいぃ~~……」
全身を揉みほぐされる遊々子は、温泉に浸かるカピバラみたいな顔をしていた。腹が立つほど呑気な光景だ。
なにしてるんだ、あいつは。ひとが悩んでるときに間抜けな面しやがって。
ついイラッとしてしまうが、遊々子に罪はない。これではただの八つ当たりだ。
突っかからないよう深呼吸して苛立ちを鎮め、俺は遊々子に話しかける。
「随分とお疲れみたいだな」
「お~? やっと来たねぇ~」
俺の姿を目にした遊々子が、マッサージチェアのスイッチを切って立ち上がった。
「マッサージしてたのはついでさ。ボクはきみを待ってたんだよ、紀樹」
「俺を?」
「そうそう。紀樹に頼み事があってねぇ」
頷く遊々子が、彼女にしては珍しいほど真剣な顔つきになる。
「今日の望愛ちゃん、なんだかおかしくない?」
「お前もそう思うか!?」
「うん。無理してるっていうか、危なっかしいっていうか、とにかく放っておけない感じだよねぇ」
俺に同意して、眉間に皺を寄せる遊々子。
「ただ、なにがあったのか望愛ちゃんに尋ねてみても、『大丈夫』の一点張りで打ち明けてくれないんだよぉ」
遊々子も遊々子で、解決のために動いてくれていたらしい。それでも、俺が相手のときと同じで、望愛の態度は頑ななようだ。
その話を聞いて、遊々子が言う『頼み事』の内容を俺は察した。自分だけでは事態を解決できないので、俺に協力してほしいのだろう。
予想したとおりのことを、遊々子が口にする。
「だからさ? 紀樹のほうからも、望愛ちゃんに訊いて――」
「わかってる」
被せるようにして、遊々子の頼みに応じた。
俺の即答具合に面食らったのか、遊々子が目をパチクリさせる。
俺に頼らず、自分で物事を成し遂げようとしているのは、自立心の芽生えと捉えられる。
誘惑をやめたことは、望愛を更生させるという俺の目的と一致している。
望愛の変化、それ自体は好ましいことだ。
それでも、望愛が無理をしているのなら、見過ごせない。
宣誓するかのごとく、遊々子に伝える。
「任せとけ。困ってる望愛を助けるのは、これまでもこれからも、俺の役目だ」
遊々子が目を見開き、ふぅ、と息をつく。
「いらぬお節介だったみたいだねぇ。頼んだよ、紀樹」
その顔には、安堵したような笑みが浮かんでいた。




