≒デート――2
俺たちが最初に向かったのは、現代アートの美術館だ。俺たちの地元の有名スポットで、この美術館を目当てに訪れる観光客もいる。
ちなみに、今回のお出かけで向かう場所は、あらかじめ望愛と相談して決めている。この美術館は、望愛が希望したものだ。
あまりにもオシャレなスポットを提案してきたので、『やっぱり望愛は、このお出かけをデートだと思ってるんじゃないか?』と勘ぐってしまった。
美術館に入館した俺たちは、まず屋外エリアから散策することにした。
「不思議なかたちのオブジェだね。これもアートなのかな?」
ぶらぶらと歩くなか、望愛がとあるアートに興味を示す。
例えるならば、ひとの頭がすっぽり入るくらい巨大化した、金管楽器の音の出口。それがふたつ、地面から花みたいに生えている。
「どうして、こんな変わったかたちなんだろう?」
「えーと……アートを通じて会話できるみたいだ。そのための造りなんじゃないか?」
「会話?」
近くにあった説明書きを読むと、望愛が目をパチクリさせた。
「ああ」と相槌を打って、ふたつのオブジェを指さす。
「これらのオブジェは地中で繋がっているそうで、片方からもう片方に声を届けられるみたいなんだ」
「なにそれ!? 面白そう! やってみようよ!」
「そうだな。試してみるか」
解説を聞いた望愛が、ワクワクした様子で誘ってくる。そのはしゃぎっぷりに笑みをこぼしつつ、俺は頷きを返した。
俺と望愛は、隣り合うオブジェにそれぞれ移動する。
スタンバイが完了したところで、花の蜜を採取するミツバチみたいに、望愛がオブジェに顔を近づけた。
「あー、あー。ノリくん、聞こえますかー?」
「……いや。聞こえないな」
俺は眉をひそめる。
正確に言うと、望愛の声は聞こえる。ただ、それは望愛が近くにいるから届いたのであり、オブジェからは聞こえてこなかったのだ。
俺と同じく不思議に思ったようで、望愛が小首を傾げる。
「なんでだろ? 壊れてるのかな?」
「ひょっとすると、ハズレだったのかもな」
顔を上げて、遠くに目を向ける。
俺の視線の先にあるのは、金管楽器の音の出口みたいなオブジェ。
そう。このアートはここにあるものだけでなく、屋外エリアにいくつも散在しているのだ。
「『地中で繋がっている』からといって、『隣にあるもの同士』とは限らないのかもしれない」
「な、なるほど! まんまと騙されちゃった!」
「ああ。大抵、隣同士が繋がっていると考えがちだしな」
「それなら、正解を探し出しちゃおう!」
「むんっ」と両手をグーにした望愛が、離れた場所にあるオブジェ目指して駆けだした。その様子は、飼い主が投げたボールを取りにいく、犬を連想させる。
俺が眺めるなか、オブジェに到着した望愛が音の出口をのぞき込む。おそらく話しかけているのだろうけど、俺のもとに望愛の声は届かない。今回もハズレのようだ。
続いて、その隣にあるオブジェに移動する望愛。しかし、またしてもハズレ。
それでも負けじと、望愛はさらに遠くにあるオブジェへと向かった。
四回目のチャレンジ。望愛がオブジェに顔を近づける。
『ノリくん、聞こえるー?』
「おお! 聞こえるぞ! アタリみたいだ!」
『やったーっ♪』
正解を見つけ出した望愛が、こちらにブンブンと手を振ってきた。離れているので表情はわからないが、きっと満面の笑みを浮かべていることだろう。
子供みたいなはしゃぎっぷりを微笑ましく思いながら、俺は手を振り返す。
応じるようにピョンピョンと飛び跳ねて、再び望愛が話しかけてきた。
『あたしの声って、ノリくんにしか聞こえてないんだよね?』
「だろうな。説明書きにそうあったし」
『じゃ、じゃあ、大丈夫だよね』
「大丈夫って?」
言葉の意味がわからず眉を揺らしていると――
『きょ、今日あたしが穿いてるのは、黒い紐パンです』
「ごふっ!?」
望愛がとんでもないことを伝えてきて、思わず咳き込んでしまった。
「な、なんつぅこと口走ってんだよ!?」
『き、気になってるかなって思って』
「なってねぇわ!」
あまりにも失礼な濡れ衣を着せられた俺は、怒鳴るようにツッコむ。
「どうして、俺が望愛の下着を知りたがってるみたいになってんだよ! んなわけねぇだろうが!」
『またまたー。遠慮しちゃってー』
「一〇〇パーセント本心なんだが!? てか、公衆の場で、自分がどんなパンツを穿いてるかなんて、口にするんじゃねぇよ!」
『けど、ノリくんにしか聞こえてないんでしょ?』
「万一があるだろ!」
『おやおやー? それも独占欲ですかー?』
「ぐ……っ」
望愛に指摘されて、俺は言葉に詰まる。
俺が注意したのは、望愛の悪ふざけを止めるためだ。しかし、『自分以外のやつに望愛の下着を知られたくない』という気持ちも、たしかにある。だからこそ、望愛の指摘を否定できなかった。
望愛のやつ、からかいやがって……こんなことなら、待ち合わせ場所での一幕で『独占欲なんかじゃない』って言っとけばよかった!
渋い顔で黙りこくっていると、音の出口から望愛のクスクス笑いが聞こえてくる。
『大丈夫だよ。あたしにとって、特別なのはノリくんだけだから』
「っ! ……そ、そうかよ」
真っ直ぐな好意が込められた言葉に、顔面が発熱した。こっぱずかしくて、俺の返事は素っ気ないものになってしまう。
望愛が離れた場所にいてよかった。真っ赤になっているだろう顔を、見られずに済むから。




