ひとつ屋根の下――11
風呂から上がり、少し談笑をしてから、俺たちは床につくことにした。
「ノリくん、一緒に寝よう?」
などと望愛がとんでもないことを言ってきたが、もちろん許可するわけがない。ふたつ隣にある、母さんの部屋を使ってもらうことにした。
「まったく。誘惑することさえなければ、もっと居心地がいいんだけどな」
ひとつぼやいて、部屋の灯りを消す。
ベッドに横になるが、浴室での出来事の影響で目が冴えてしまい、なかなか寝付けない。
目をつむり、交感神経をなだめすかそうと、深呼吸を繰り返す。
一時間くらい経って、ようやくうとうとしてきた。
やっと眠れそうだな。
ぼんやりとそう思いながら、眠気に身を委ねていく。
カチャ
「……ん?」
その折り、なにやら物音が聞こえた。
なんの音か確かめようと、重たいまぶたを上げる。
ベッドサイドに望愛が立っていた。
「んなっ!? 」
眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
仰天する俺を、望愛はトロンとした目で眺めていた。ネグリジェ姿であることも相まって、匂い立つような色気を感じる。思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。
……って、見とれてる場合じゃないだろ!
惚けそうになっていた自分を叱咤して、望愛に詰問する。
「なんで俺の部屋に来てるんだよ!? 望愛には母さんの部屋を宛がっただろ!?」
「夜這いしに来たの」
「はあ!?」
「ノリくんとずっと一緒にいたいから、既成事実を作らないと」
「なんでそうなる!?」
とんでない答えに、愕然とせずにいられない。
酸素を求める金魚みたいに口をパクパクさせていると、望愛がおもむろにベッドに上がってきた。
「わ、悪ふざけはやめろよ、望愛」
「…………」
戸惑う俺を、望愛は無言で見つめている。いつもとは明らかに異なる望愛の雰囲気に、俺もまた、なにも言えなくなってしまった。
鼓動が激しく鳴り響くなか、望愛とただ見つめ合う。
しばしの沈黙ののち、望愛が動いた。ゆっくりと身をかがめ、顔を近づけてきたのだ。
「お、おい、本気か?」
「…………」
「なんとか言ってくれよ!」
動揺する俺に構わず、望愛がさらに顔を寄せてくる。
望愛を止めなければいけない。そう頭では思っているのに、体が言うことを聞いてくれない。まるで、望愛に魅入られてしまったかのように。
呼吸すら忘れそうになるなか、望愛が間近まで顔を近づけて――俺の胸元に、ポテッと倒れた。
「……ん?」
パチパチと目をしばたたかせて、そろそろと視線を下ろす。
「の、望愛?」
「……すぅ」
「いや、寝てるんかい!」
安らかに寝息を立てる望愛の姿に、思わずツッコミを入れてしまった。
どうやら望愛は寝ぼけていたらしい。目がトロンとしていたのは、そのためだろう。俺の部屋に来たのは、『トイレの帰りに部屋を間違えた』といったところだろうか?
『夜這い』とか『既成事実を作らないと』とかも、寝ぼけて言ったことなんだろうな……そうだよな? そうであってくれ。きっとそうだ。
「人騒がせなやつだよ、本当に」
はぁ、と溜息をついて、望愛の体を脇にどける。
ベッドは望愛に貸して、俺は母さんの部屋で寝るか。
そう思い、ベッドから下りようとして――できなかった。
望愛が、俺のパジャマをギュッと握ってきたからだ。
「……嘘だろ?」
呆然としながら、望愛の拘束を解こうとパジャマを引っぱる。しかし、離さないとばかりに、望愛は手に力を込めてきた。
「は、離してくれよ、望愛(小声)」
「んぅ……」
「頼むって(小声)」
「やぁー……」
いくら引っぱっても望愛は離してくれない。小さな手からは想像できないほどの力で、俺のパジャマを握りしめている。
拘束から逃れるには、望愛を起こすほかになさそうだ。しかし、眠っているところを起こすのは可哀想だし、起こしたら本当に夜這いされるかもしれない。
かと言って、ほかに方法は思いつかない。悩んだ末、俺は溜息をついた。
「やむを得ないか」
腹を括り、望愛と並ぶようにベッドに横たわる。
伝わってくる温もりと、漂ってくる甘い匂いに、せっかく抑えた交感神経がガンガンに昂ぶっていた。眠気なんてちっとも来ない。
徹夜を覚悟したほうがいいかもな、これは。
「……うゅ」
再び溜息をついたとき、寝返りを打つようにして、望愛が俺にすり寄ってきた。
ドキッとしたが、その緊張はすぐさま別の感情に包み込まれる。
懐かしさだ。
「むかし一緒に眠ったときも、こんなふうにすり寄ってきたっけな」
自然と頬が緩む。
懐かしさが興奮を鎮めてくれたのか、急速に眠気が訪れた。
まぶたが重くなり、意識が沈んでいく。
「……俺だって、ずっと一緒にいたいと、思ってるよ」
眠りに落ちる直前、自分がなにか口走ったような気がした。




