ひとつ屋根の下――10
湯船から上がった俺は、腰にタオルを巻き、バスチェアに腰掛けていた。
背後では、鼻歌を奏でる望愛が、スポンジでボディーソープを泡立てている。ラブコメ作品でしか起こりえないような状況だ。
バスタオル姿の女の子に背中を流してもらうなんて、とんでもないことになってしまったな……というか、バスタオルの下には、なにかしら身につけてるよな? まさか、真っ裸じゃないよな? いや、痴女の望愛なら、そのまさかが起こりえるかも……。
緊張と焦燥と高揚が入り混じった、言いようのないソワソワ感。
俺が悶々とするなか、準備ができたのか、望愛が「よし!」と声を上げる。
「じゃあ、はじめるね」
ヌルン
「おふぅ!?」
背中に伝わる滑った感触に、思わず仰け反ってしまった。望愛はスポンジを使わず、素手で洗ってきたのだ。
「な、なんで手で洗ってるんだよ!?」
「このほうが肌に優しいからだよ?」
「肌よりもシチュエーションに配慮してくれねぇかな!? スポンジを使ってくれよ、頼むからさ!」
「ダメだよ。肌は摩擦に弱いんだから」
「スキンケアとか別にいいから! 俺、男だし!」
「スキンケアに性別は関係ないよ、ノリくん。むしろ、男性のほうこそ気をつけないといけないんだよ? 肌に無頓着になりがちだから」
いくら訴えても、望愛は取り合ってくれない。なおも素手で洗ってくる。
望愛の手が背中を這い回る感触に、尾てい骨から首筋へとゾクゾクが走った。理性で抑えつけていた劣情が、鎌首をもたげていくのを感じる。
ま、まさか、これも望愛の誘惑なのか!?
ハッとした俺は、望愛からの性的アプローチに備え、身構える。
「んしょ……んしょ……」
だが、望愛がそれ以上のアクションを起こすことはなく、献身的に俺の背中を洗い続けていた。
どうやら、俺の早とちりだったみたいだな。望愛を疑いすぎていたみたいだ。
安堵の息をつく俺に、望愛が尋ねてくる。
「どう、ノリくん? 気持ちいい?」
「ああ。くすぐったいけど、いい感じだ」
「そっか。よかった」
望愛が嬉しそうに声を弾ませて――
「じゃあ、前のほうも洗うね?」
「ちょっ!?」
抱きしめるような体勢で、両手を俺の体の前に回してきた。再び訪れたセクシャルハプニングに、半ばパニック状態に陥ってしまう。
背中を這い回っていた望愛の手が、今度は胸元や腹部をなで回す。
それだけでも刺激的すぎるのに、たわわな胸が背中に押し付けられるのだから、堪ったものじゃない。
ふわふわもちもちの特大まんじゅうが、俺の背中をむにむにとマッサージする。望愛の胸があまりにも大きいので、背中の半分以上が覆われていた。
もはやこれは、ラブコメを通り超してエロコメだ。
湯船に浸かっているときよりも体が熱い。心拍数は、きっと過去最高を記録しているだろう。
堪らず、望愛に注意する。
「お、おい、望愛! 妙な真似はしない約束だろ!?」
「妙な真似?」
血相を変える俺を、望愛はキョトンとした顔で眺めていた。まるで、なぜ慌てているのかわからないかのように。
も、もしかして、自分が危ういことをしてるって、望愛は気づいてないのか? 胸を押し付けているのは無意識なのか? 誘惑するつもりはないのか?
だとしたら、望愛が胸を押し付けていることを指摘するのはマズい。自分がエッチなアプローチをしていると気づいた望愛が、その流れで俺を襲ってくるかもしれないからだ。
け、けど、胸を押し付けているのに気づかないなんて、そんなことがあるのか? 気づかないフリをしているんじゃないか? わざとやってるんじゃないか? ……わからねぇ! どっちなんだよ!?
気づいているのかいないのか。わざとなのかそうじゃないのか。
図りかねた俺は、黙り込むしかない。どうするのが正解かわからず、素手による洗体と柔胸マッサージを、受け入れるほかにない。
ヌルヌルとむにむにのコンビネーションは、さながら焦らしプレイだ。拷問じみた性感刺激を、悶々としながらひたすら耐える。
そんな俺をあざ笑うかのように、状況がさらに悪化した。
「後ろからじゃ洗いにくいなぁ……ノリくん、こっち向いてもらえる?」
「なん、だと……!?」
俺の頬を冷や汗が伝った。自分の声が震えているのがわかる。
望愛のお願いを聞くわけにはいかなかった。
理性的であろうと努めてはいるものの、俺とて男だ。女の子の手で全身をなで回され、豊満な胸を押し付けられて、雄の本能が黙っているはずがない。反応してしまっているのだ。どことは言わないが、下のほうが。
いま体の向きを変えると、反応していることが望愛にバレてしまう。更生させようとしている立場上、誘惑が効いてることに気づかれるのはよくない。
なにより、反応しているところを望愛に見られるのは致死量の恥辱だ。なんとしても避けなければならない。
「どうしたの、ノリくん? こっち向いて?」
「い、いや、いまはできないというか、マズいというか……」
「そうなの? じゃあ、あたしがそっちに行くね?」
「っ!?」
なんとか誤魔化そうと試みるも、そうは問屋が卸さない。俺が振り向かないならば自分が動けばいいと思ったらしく、望愛が回り込もうとしている。
残された猶予は、もうわずか。
こ、こうなったら、勢いで押し切るほかにない!
迷っている暇などないと悟った俺は、咄嗟の思いつきで、シャワーカランのレバーを最大まで捻った。
「ひゃっ!?」
勢いよく吹き出したシャワーに驚いて、望愛が動きを止める。
いまだ!
一縷の望みを見出した俺は、全速力で体の泡を落とす。
「洗ってくれてありがとう、望愛! もう充分だから、俺は先にあがるぞ!」
「えっ? あ、うん」
ボディーソープを洗い流し、望愛の困惑が冷めないうちに、急いで浴室を飛び出した。
浴室のドアを閉めて、ぜー、はー、と肩で息をする。
「あ、危なかった。マジで終わるところだった」
ギリギリでピンチを乗り切った俺は、大きく溜息をついた。
「素手で洗ったり、胸を押し付けてきたり……本当に勘弁してくれよ」
濡れた髪をガシガシと掻きながら、浴室での出来事を思い返してぼやく。
鮮明に思い起こせる、望愛の手が這い回る感触と、押し付けられた胸の柔らかさ。いまだに俺の心臓は、かんしゃくを起こしたように跳ね暴れていた。
「こんなことが続いたら、耐えきる自信はないぞ……」
目元を覆い、へたり込む。
徐々に、しかし、確実に、俺は望愛の誘惑に揺らいできていた。




