ひとつ屋根の下――8
昼食のあとは、望愛の要望で再び俺の部屋で過ごすことになった。
部屋に戻ってきた望愛が、本棚をまじまじと眺める。
「読みたいマンガでもあるのか?」
「ねえ、ノリくん? 卒業アルバムはないの?」
くるりと振り返って、望愛が聞き返してきた。どうやら望愛の目的は、マンガではなく俺の卒業アルバムらしい。
「あるけど、しまってるんだ」
「よかったら見せてほしいな。離ればなれになってるあいだ、ノリくんがどんなふうに過ごしていたか、知りたいの」
「……しかたねぇな」
ポリポリと頬を掻いて、望愛のおねだりを聞き入れる。
正直、むかしの写真を見られるのは少々恥ずかしい。それでも応じたのは、望愛の気持ちがわかるからだ。
俺も望愛と同じで、別れてから再会するまでのあいだ、望愛がどんなふうに過ごしていたのか、気になるもんなあ。
立ち上がった俺は、クローゼットから小学校・中学校の卒業アルバムを引っ張りだし、望愛に手渡した。
「ほれ」
「わぁ! ありがとう!」
二冊のアルバムを嬉々として受け取った望愛は、小学校のほうから眺めはじめる。
「これが小六のときのノリくんかぁ。あどけない感じで可愛いね♪」
「そりゃあ、四年前だからな。いまよりも子供なのは当然だろ」
「これは運動会の写真かな? 一生懸命走ってるね♪ 可愛いね♪」
「あんまり可愛いって言うなよ。恥ずかしいだろ」
「でも、可愛いんだもん。可愛いものは可愛いんだから、しかたないよ」
「ああ、もう! やめろっての!」
望愛は褒めてるつもりなんだろうけど、可愛いと連呼されるのは男として複雑だ。嬉しさよりも照れくささのほうが大きい。
顔が熱くなるのを感じながら、望愛の手からアルバムを取り上げる。
「もういいだろ、小学校のやつは!?」
「えー。もうちょっと見せてよー」
「ダメだダメだ! 中学校のやつでも見てなさい!」
「ノリくんのケチー」
唇を尖らせる望愛に、中学校のアルバムを押し付ける。不満そうではあったが抵抗はせず、望愛が中学校のアルバムを開いた。
隣で写真を指さしながら、望愛に説明する。
「これは文化祭のときの写真。こっちは、修学旅行のやつだな」
「……どっちも遊々子ちゃんと一緒に写ってる」
「あいつとは同じクラスだったし、中学時代から仲が良かったからな」
「むぅ……まあ、いまは協力してくれてるし、いいか」
「協力してくれてる?」
「こ、こっちの話だから! ノリくんは気にしなくていいから!」
不可解な発言に首を傾げると、アタフタしながら望愛がはぐらかす。
なんで慌てるのか気にはなるけど……無理に問い詰めないほうがいいよな。触れてほしくないみたいだし。
「うむ」とひとつ頷いて、写真の説明を再開した。
「これも修学旅行の写真だな」
「どこに行ってきたの?」
「俺たちのときは――」
アルバムを眺めながら、中学時代のエピソードを望愛に語る。望愛は俺の話をはしゃいで聞いていたが、次第に口数が減っていった。
どことなく気落ちしているように見えて、俺は望愛を気遣う。
「大丈夫か、望愛? なんか、元気がなさそうだけど」
「あ、ごめんね。心配かけちゃって」
望愛が苦笑して、そっとアルバムに触れた。
「ここにある写真には、あたしが写っていないでしょ? 中学時代のノリくんとのあいだには、一個も思い出がないんだなあって考えたら……なんだか、寂しくなっちゃったんだ」
アルバムを見つめる望愛の横顔は、ひどく切なく、痛ましかった。哀愁と羨望が色濃く滲んでいた。
寂しげな望愛の横顔に、胸が締め付けられる。
そんな顔をしてほしくないと、笑顔でいてほしいと、強く思った。
自然と俺の口が動く。
「どう足掻いたって、どれだけ悔いたって、過去には戻れない。けど、俺たちにはこれからがあるだろ」
「これから?」
アルバムから顔を上げて、望愛がこちらを見た。
これから口にするのはクサい言葉だ。正直、抵抗がある。
それでも、望愛を励ませるのならば、恥ずかしくたって構わない。
望愛を見つめ返して、告げる。
「離ればなれでいた時間がどうでもよくなるくらい、これから一緒に思い出を作っていけばいいじゃねぇか」
琥珀色の瞳が見開かれた。
「ずっと? 高校を卒業してからも?」
「同じ大学に行けるかは定かじゃないけど、いつだって、どこへだって会いにいく。もちろん、社会人になっても変わらない。望愛の側にいるよ」
「……そっか」
望愛が再びアルバムに視線を落とす。
「じゃあ、ここにあたしがいなくても、いっか」
穏やかな微笑みを浮かべる望愛。その横顔に、哀愁や羨望はもうなかった。
望愛を元気づけられて、俺は安堵の息をつく。
やっぱり、望愛には笑顔が似合うな。クサいことを言った甲斐があったよ。




