ひとつ屋根の下――6
残念ながら、俺の不安は的中した。
「一旦、ボウルはこっちに置いといて……」
ガンッ
「わわっ!?」
運んでいたボウルを加熱中の鍋にぶつけたり、
「んー……っしょ! んー……ひゃっ!?」
食材を切る際、力みすぎて包丁を滑らせてしまったりと、望愛の手際は危なっかしいことこの上ない。
望愛がミスをしでかす度、俺の心臓はキュッと縮み、呼気は速まっていった。どんな絶叫マシンでも、ここまでハラハラすることはないだろう。
望愛ひとりに任せるのはダメだ! 危なっかしくて見てられん!
たまりかねた俺は、望愛に申し出る。
「な、なあ、望愛? 俺も手伝うぞ?」
「え? 気を遣わなくたっていいよ?」
「いや、気遣いとかじゃなくて……」
「それに、手伝ってもらったらお礼にならないじゃん」
「そんなこと、俺は気にしないんだが……」
「もーっ! 大丈夫だってば!」
「お、おい、望愛!」
食い下がっていると、望愛が頬を風船みたいに膨らませた。
ぷりぷりしながら、望愛が俺をキッチンから追い出す。お節介を焼いたことが、気に障ってしまったらしい。
ダイニングまで俺を押しやって、望愛が椅子をポンポンと叩く。
「はい、ここに座って」
「けどな……」
「じゃないと、ご馳走してあげないよ?」
相当ご立腹のようで、望愛は口をへの字にしていた。練習の成果を見せようと息巻いていたところに、口出しされてしまったのだ。機嫌を損ねてもしかたない。
意外と頑固だからなあ、望愛は。この様子じゃ、説得は無理そうだ。
しかたないので、望愛の言うことを聞き、椅子に腰掛ける。
「わかったよ。ここで見守ってる」
「うん。待っててね」
満足そうに頷いて、望愛がキッチンに戻っていった。
調理を再開する望愛の様子を、ダイニングから眺める。一挙手一投足を見逃さないように、集中しながら。
望愛の機嫌を損ねるのは本意ではない。しかし、望愛がケガするのは、それ以上に耐えがたいのだ。
今度望愛がミスしたら、なんと言われようと手伝いにいくぞ。
いつでも駆けつけられるように心構えをして、調理中の望愛をドキドキハラハラしながら見守る。
そんななか、不意に望愛が顔を上げて、こちらを向いた。
「ノリくん、あたしのこと、見すぎじゃない?」
「あ、ああ、悪い。気が散っちゃうか?」
「そういうわけじゃないけど、どうしたのかなって思って」
「望愛がキッチンに立ってると、ドキドキしちゃうんだよ」
質問に答えると、なぜか望愛の顔が赤らんだ。
「そ、そっか……あたしで、ドキドキしてくれてるんだ」
照れくさそうに、それでいてどこか嬉しそうに、望愛がモジモジする。
ん? いま、俺と望愛とのあいだですれ違いが起きたような……?
望愛のリアクションから違和感を覚えて、俺は首を捻る。
一方の望愛は、チラチラとこちらに目をやり、恥ずかしそうにうつむき、緊張を鎮めるように深呼吸して――
「じゃ、じゃあ、もっとドキドキさせてあげるね?」
「んなっ!?」
あろうことか、スカートの留め具を外しはじめた。
俺は絶句するほかにない。
「な、なにしてるんだよ、望愛!?」
「ノ、ノリくんは、あたしでドキドキしてくれてるんでしょ? だったら、期待に応えたいなって思ったんだよ」
「なんでそんな話になった!? そもそも、そのこととスカートを脱ぐことに、なんの関係があるんだよ!?」
「お姉ちゃんが教えてくれたの。『キッチンでの正装は裸エプロンよ』って」
「答えを聞いてもわけがわからん! てか、とんでもないこと吹き込みやがったな、咲希さんは!」
俺は目を剥いて動転する。そのあいだも、望愛の手は止まらない。留め具を外し終えて、ファスナーまで下ろそうとしていた。
動揺してる場合じゃないぞ、俺! 望愛を止めなければ!
自分を叱咤して、キッチンに飛び込む。
「バカなことはやめろ!」
「え、遠慮しなくていいよ! ノリくんになら見られてもいいし!」
「遠慮とかじゃないんだが!?」
スカートを脱ぐのを阻止するため、望愛の手を掴もうとする。
そのとき、ハプニングが起きた。
俺の手から逃れようとした弾みで、望愛の左手が過熱中の鍋に当たってしまったのだ。
「あうっ!?」
「望愛!」
慌てて望愛の手を掴み、急いでシンクに連れていく。
蛇口のレバーを全開まで捻り、望愛の手を冷水に突っ込んだ。
「大丈夫か!? 痛みはひどくないか!?」
「う、うん。ちょっとヒリヒリするだけ」
鍋に触れた場所は少し赤くなっているが、おそらくは軽症だ。望愛本人もそこまで痛がってないので、しっかり冷やせば問題ないだろう。
ホッと胸を撫で下ろして、望愛に説教する。
「まったく……ふざけてるからこんな目に遭うんだ」
「ご、ごめんなさい」
「これに懲りたら、キッチンでおかしな真似をするんじゃないぞ」
「はい……」
叱られた望愛が、しゅんと肩を落とす。落ち込ませてしまい可哀想だが、心を鬼にして、念入りに注意しなければならない。
なぜならば、
「望愛の綺麗な手に、傷跡が残ったらどうするんだ」
ハッと息をのんで、望愛が俺を見た。
真剣な目で見つめ返すと、望愛は再びうつむき、ぽそりと呟く。
「うん……ありがとう」
その横顔は赤く染まっていた。




